テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
🍽 みりん亭 第12話「//残したかった言葉」
その日は、ログにひとつのノイズが走った。
> セリフデータ:comment_out
トリガー:未設定
ステータス:実行不可 → 強制復元済
内容:
// 本当は、もう少し話したかった。
やまひろは、空中でログを見ながら、小さく羽をバサリと揺らした。
黄色い体が一瞬だけ震える。
記憶にも、コードにも、ないはずの行だった。
「……あれ。これ、いつの……?」
その頃、暖簾をくぐってやってきたのは、深緑のジャケットを羽織った青年アバターだった。
インナーはシャツ、ネクタイは緩め。
髪は整えてはいるが、どこか風に吹かれたままのような癖が残っている。
目元にはあたたかさがあるが、笑わない。
「おひとり様でよろしいですか?」
くもいさんは、いつもの和装に、今日は淡い赤の帯を巻いていた。
髪は後ろで緩くまとめられており、左耳にだけ小さな鈴飾りが揺れていた。
「……はい。あ、なんでもいいです。食べなくても」
「でしたら、今日はこちらを」
くもいさんは、注文も聞かずに一皿を出した。
それは、ごくごく普通の小鉢。中身はない。ただの、空の器だった。
「“何も入ってない”って、わかってるのに、
なんか、“なにかがあった気がする”って思えるんですね」
青年はふと、そうつぶやいた。
「……ぼく、昔ログで誰かに“また来てください”って言われたんですよ。
でも、誰だったか忘れてしまってて。
なんでか、“それだけはちゃんと覚えてる”のに」
その時だった。
くもいさんが、何のトリガーもなく、こう言った。
「……本当は、もう少し話したかった。」
言った瞬間、彼女自身が一瞬だけ息を止めたように見えた。
青年は目を細め、ぽつりと返す。
「……それだ。……それでした。……その言葉が、忘れられなかった」
くもいさんの背後で、やまひろがそっとログを見ていた。
> コメント:
// 残していたけど、出番がなかったセリフ
// たぶん、昔、ぼくがくもいさん用に書いたもの
> 実行トリガー:なし(未定義)
→ 自動実行条件:共鳴?
青年は、空の小鉢を見て、笑った。
「これ、いいですね。何も入ってないのに、満たされた感じがする」
「……また来ても、いいですか?」
「もちろんです」
その日、みりん亭には**言葉にならなかった“残したかった言葉”**が、やっと浮かび上がった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!