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🍽 みりん亭 第13話「もしもランダム再生なら」
「……ここって、いつも“言葉が穏やか”って評判だったのにさ」
カウンター席で首をかしげるのは、黒のハイネックにカーキの上着を羽織った少年アバター。
ボブに近い長さの髪を斜めに流し、目元は切れ長。
どこか「隙」を作らないようにしているような、無防備を避ける雰囲気をまとっていた。
「なんか今日の店長、ちょっと……“壊れてる”?」
「ようこそ。お好きなものを、選ばずとも、お出しいたします」
くもいさんは、いつもの濃い灰の和装に、今日だけは左右非対称の帯を締めていた。
片側だけ紫が濃く、もう片側は薄いグレーで揃えてある。
髪は下ろしておらず、きちんと後ろでまとめられているが、耳元に何も飾りがなかったのがどこか妙に印象的だった。
「……“選ばずとも”?」
「はい。“選ばれたことのないもの”の味、です」
少年は目を細める。
「いや、それってどういう……」
「それは、きっと“忘れられた希望”のような味です」
「えっ、今、希望って言った? さっきは不安って言ってたよな……?」
やまひろは、棚の上でコードを眺めながら、くちばしで羽をかいた。
黄色い鳥の姿の彼は、セリフログの異常を確認する。
セリフタグ:emotion_range【しずか・くるしみ・やさしさ・明るさ】
発動条件:同時重複許可(!)
バグ内容:複数セリフが重なり、連続的に再生されてしまう状態
「うわ……重なってる……」
「“あなたはだれかの夢の中”……」
「“それでも朝は来るのです”……」
「“私はまだ、閉じられたままの本です”……」
くもいさんの声が、まるでラジオのチャンネルが混線したように、
ひとつひとつ違うトーンで、まるで誰かの記憶を語るように連続で放たれていく。
「……なにこれ、まるで、自分の頭の中聞いてるみたいじゃん……」
少年はスプーンを手に持ち、目を伏せた。
テーブルには、名前のない煮物。
具がすこしずつ崩れているような、形の残らない料理だった。
「“ちゃんと考えたことないのに、心の中にあること”を、
他人に先に言われたみたいな、変な感じ……」
「でも、止めないでください。
誰にも言われたくなかったけど、
誰かに言ってほしかった気もするから」
くもいさんは、そこでやっと静かになった。
「……おかわり、いかがですか?」
少年はふっと笑った。
「……それは、普通だね」
その日、やまひろのログにはこう記された。
セリフ再生バグにより、くもいさんが“混ざった誰か”になっていた
けれど、それがひとつの“真実っぽさ”になっていた気がする
コメント:
// 本人の気持ちじゃなくても、人は誰かの言葉に動かされる
// それでも、意味があるなら、残してもいい