テラーノベル
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アークホテルのラウンジは、煌びやかなシャンデリアの光で満たされていた。
ピアノの生演奏が流れる中、私はつばの広い帽子を深く被り、優雅にエントランスを抜ける。
遠くの席に、必死に周囲を見渡している健一の姿が見えた。
テーブルの上には、小さなブランド物の紙袋。
……生活費を削ってまで用意した、ナオミへの「貢ぎ物」だ。
私はあえて彼と目を合わせず、少し離れた席に座る。
そして、ナオミとして彼にメッセージを送った。
『ナオミ:健一さん、後ろの席を見て。……私、恥ずかしくて顔が見られません』
健一が弾かれたように振り返る。
サングラスと帽子で顔を隠した、黒いドレスの女。
露出した背中の美しさに、健一の喉が鳴るのが遠目にもわかった。
「な、ナオミさん……?」
彼が震える声で立ち上がろうとした、そのとき
「健一ッ!! 何してるのよ、ここで!!」
静寂を切り裂くような金切り声。
そこには、怒りで髪を振り乱した里奈が立っていた。
彼女の目は血走っており
手にはプリントアウトされた「健一とナオミのやり取り」が握りしめられている。
「り、里奈!? なんでここに……」
「なんで!? 別の女とホテルで密会!?私をポイ捨てして、こんな……こんな女に乗り換えるつもり!?」
里奈は健一の胸ぐらを掴み、激しく揺さぶる。
ラウンジ中の客の視線が、一気に彼らに集まった。
健一は顔を真っ赤にし
「静かにしろ! 恥ずかしいだろうが!」と怒鳴り返すが、火に油を注ぐだけだ。
「恥ずかしい!? 恥をかかされたのは私よ!!会社の経費で私と遊んでたくせに、この女にはネックレス!? 全部会社にブチまけてやるわ!!」
「やめろ、里奈! 落ち着けって!」
二人の罵り合いが最高潮に達した時、私はゆっくりと席を立った。
そして、怯える「ナオミ」を演じながら、二人の間に割って入る。
「……あの、健一さん。この方は?」
私の「ナオミの声」に、健一がハッとして動きを止める。
里奈もまた、私を射抜くような視線で睨みつけた。
「あんたがナオミね!? 健一の何なの!? こいつ、家には枯れた奥さんがいて、外では私と遊んでた最低のクズなのよ! 知ってて付き合ってるの!?」
里奈の言葉に、周囲の客から「不倫かよ……」という軽蔑の囁きが漏れる。
健一はもはや、言い逃れできないほど追い詰められていた。
私は、サングラスの奥で冷徹に彼を見つめた。
そして、震える手で健一の袖を掴み、囁いた。
「……健一さん。私、信じていたのに。…悲しいです」
「ナ、ナオミさん! 違うんだ、これは全部こいつの言いがかりで……」
「もういいです。……さようなら」
私はそう言い残し、突き放すように彼の手を振り払った。
そして、わざとらしく涙を拭うフリをして、足早にラウンジを後にする。
「待って! ナオミさん!!」
健一が私を追いかけようとするが、里奈がそれを逃さない。
「行かせないわよ!逃げる気!?」
足首を掴まれ、健一はラウンジの床に派手に転倒した。
背後で聞こえる、怒号と悲鳴。
エントランスを出た瞬間、私はサングラスを外し、夜風を浴びた。
「……あはは」
乾いた笑いが漏れる。
今頃、健一は社会的信用と愛人の信頼
そして「理想の女神」を同時に失い、地獄の底にいる。
私はタクシーを拾い、自宅へと戻る。
そして、ナオミとしての服を脱ぎ捨て、再び「いつもの色褪せたエプロン」を身につけた。
◆◇◆◇
一時間後
服をボロボロにし、頬に引っ掻き傷を作った健一が、ゾンビのような足取りで帰宅した。
彼は、リビングで淡々とテレビを見ている私を見て、膝から崩れ落ちた。
「……奈緒、助けてくれ……俺、もうダメだ……」
私に縋り付こうとする汚れた手。
私はそれを冷たく見下ろし、心の中で呟いた。
(…健一さん、絶望するには早すぎるわ。地獄の本番は、これからなんだから)
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