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瘴気に侵された辰夫が咆哮を上げながら、再び突進してきた。
「言葉じゃダメか……なら!」
私は逃げない。真正面から辰夫の突進を迎え撃つ。
鉱物化した右拳と、辰夫の巨大な爪が激しくぶつかり合った。
──ギィンッ!
火花が飛び散り、衝撃で腕の芯まで痺れる。
だが、今度は一歩も退かない。
「誰が主人だったか、思い出させてやる!」
【スキル:《怪力》──『コンビニで酒買ったら年齢確認されなかった時』(致命傷)】発動。
ある日、コンビニで大好きなハイボールを買った。
レジでバーコードが鳴る。
ピッ。
『20歳以上ですか?』
私は『はい』を押した。
店員が私を見て、何も言わずに頷いた。
──その時、私の中で何かが壊れた。
(……いや、疑えよ)
「……なんでだよ」
拳が震えた。視界が滲む。
「若返れ私ィィィ!!」
──ゴッ!!
辰夫の顔面に、鉱物化した拳がめり込む。
──ジュウウウッ……
「……は?」
殴った箇所から、薄っすらと煙が上がった。
それは焦げ痕のように、じわじわと広がる。
辰夫の鱗が──焼け焦げていく。
「え……ちょ……なにそれ」
熱は止まらない。
拳の跡から、火傷みたいに広がっていく。
辰夫の動きが、明らかに怯む。
反射的に、自分の拳を見ると、黒く硬化した拳が──
内側から赤く発光している。
「……いや」
ゆっくり指を動かす。
感覚が、熱い。焼けるように。明らかに。
「私も熱ッ!?自爆!?」
思わず声が裏返る。
握るたびに、ジュウジュウと肉が焼けるような違和感。
辰夫が低く唸り、その鱗から焦げた匂いが立ち昇る。
……焦げた?
「……は?」
……だけじゃない。
私の腕からも、焦げた匂いが立ち込めていた。
「めちゃくちゃ熱い……なにこれ……」
《天の声:……は?》
「……え、な、何?」
《天の声:……いや、なんでもない》
「なんでもないって何!?」
状況が理解できないまま、私はもう一度、拳を握った。
熱を持ったままの拳を。
「……て、今はそれどころじゃない!」
鉱物化を解除し、動きの鈍った辰夫の巨大な尻尾を両手でガッチリと掴む。
そのまま辰夫の巨体を自分の方へと引き寄せる。
硬い鱗の感触が手のひらに食い込み、辰夫の熱い体温が直に伝わってくる。
「ふんッ……!!」
辰夫が体勢を崩した隙に、私はその巨大な顔面に向け──
全体重を乗せた頭突きを見舞う。
──ドガッ!
硬い鱗に額がぶつかり、私の脳天にも鈍い痛みが走る。
上野文
9,610
#魔法
こはる
409
植まどか
484
31
「いい加減にしろ! お前の主人は私だ!」
「ぐぉぉおおお!!」
辰夫が苦悶の叫びをあげる。
だが、湧き上がる瘴気が再び辰夫を包み込み、さらに凶暴に暴れ回る。
私は全身を鉱物化させ、辰夫のすべての攻撃を身体で受け止め、跳ね返す。
「お前が死んだかと思った……! 私を守るために、死んだかと思った……!!」
炎と爪の合間を縫って、私は辰夫の胸元に飛び込んだ。
そして、その耳元で腹の底から叫ぶ。
「でも! 生きてた! 辰夫が生きてた!!
……こんなに嬉しいことは無いッ!!」
辰夫の動きが、ピタリと一瞬だけ止まった。
赤黒く濁った瞳に、再びほんの僅かな光が戻ったような気がした。
「こ、この声……知っている……大切な……誰かの……?」
「そうだ! 思い出せ!
……お前は私の、家族だ!!」
しかし、無情にも瘴気がその記憶を押し流そうとする。
辰夫が再び激しく咆哮をあげ、黒い霧が彼の身体を包み込んで暴走を加速させる。
巨大な翼が大きく羽ばたき、突風と共に私を振り落とそうとした。
「仕方ない! まずはこれだ!」
私は辰夫の尻尾を、両手でより深く掴み直す。
太く力強い尻尾が、私の手の中で暴れまわる。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
足を踏ん張り、腰に極限まで力を入れ、
尻尾を掴んだまま辰夫の巨体を強引に振り回し始める。
一回転、二回転──!
凄まじい遠心力で、ドラゴンである辰夫の巨体がふわりと浮き上がる。
「行くぞ!!“辰夫ロケット”!!」
渾身の力で手を離す。
辰夫が空中で一回転し、勢いよく石の地面に叩きつけられた。
──ドカン!!
「思い出したか!?」
地面に放射状の亀裂が走り、天井から小石がぱらぱらと落ちてくる。
しかし辰夫は、瘴気の力で痛みを消しているのか、
すぐに立ち上がり、まだ正気を取り戻さない。
「ふん! まだダメか!
……なら、最初にお前を倒した時のヤツ行くぞ!いてーぞ?」
私は壁を蹴り、立ち上がろうとする辰夫の足元に回り込む。
「辰夫! これが私とお前の上下関係を決めた技だ!!」
辰夫の太い足首を、両手でしっかりと抱え込むように掴む。
──そして。頭にムダ様の声が響く。
『迷ったら筋肉。悩んでも筋肉。最後は筋肉。──殴れ。』
「行くぞ!私の筋肉!」
私の腕に青筋が浮き上がり、
鉱物化した筋肉がミシミシと悲鳴を上げる。
「おおぉ!!──ドラゴォン・スクリュゥゥゥーーッ!!!」
腰を深く落とし、全身の力をバネにして回転を開始する。
圧倒的な遠心力で、私の髪が逆立つ。
辰夫の翼が風を切り裂き、
硬い鱗が洞窟の薄緑の光を反射してきらめく。
その巨体が錐揉み状に高速回転しながら、
奈落の地面へと真っ逆さまに落下していく──
──ズドォオオオオオン!!!
地面が大きく砕け、岩の破片が四方八方に飛び散る。
洞窟全体が地震のように震動し、
天井から大量の砂埃が降り注ぐ。
辰夫が地面に叩きつけられると同時に、
彼を覆っていたどす黒い瘴気が、
衝撃で弾かれたように激しく噴き出した。
「ぐぁぁあああ!!」
霧散していく瘴気の中、
辰夫が再び立ち上がろうと身体を震わせる。
だが、その瞳に「はっきりとした正気の光」が戻り始めているのを、私は見逃さなかった。
私は駆け寄り、辰夫の目の前で、再び黒く硬い拳を構える。
「お前を元に戻すまで、何度でもやるぞ?」
辰夫は苦しげに呻きながら、上半身を起こそうとする。
「……サ、サクラ殿……我は……我は、何を……?」
その声は、ひどく震えていた。
私は辰夫の目を、まっすぐに見つめ返す。
「お前は私を守った!
だから今度は私の番だ!
命令だ、戻ってこい!!」
辰夫の瞳が大きく揺れ動く。
瞳の奥で、暴走する瘴気と──
彼自身の強靭な記憶がせめぎ合っている。
『あの日……投げ飛ばされた衝撃。
あの小さな鬼が、我を上回った瞬間。
あの時、我は確かに思ったのだ。
この方に従おう、と。』
瘴気が再び黒い霧となり、辰夫を覆う。
「……ユズリハ殿の時みたいな後悔は……」
瘴気が最後の抵抗とばかりに辰夫を襲い、
彼は激しく頭を振り回した。
「ぐぁぁぁ……! 我は……我は……!」
その様子を見て──
私は辰夫の顔を両手でガシリと挟み込み、至近距離で叫んだ。
「思い出せ! 私がお前を仲間にした日のことを! お前が私に忠誠を誓った日のことを!!」
辰夫の目に一瞬、最も明確な記憶が閃光のようによぎるのがわかった。
「……サクラ殿……」
辰夫が呟いたその名を確かな絆として受け取り、私は力強く頷いた。
「そうだ! あの時、お前は私を主人として認めた!」
辰夫の身体から、ドロドロとした瘴気がゆっくりと霧散し、消え始めていた。
「……そうだ……あの技を喰らった瞬間……我はサクラ殿を認めた……サクラ殿を……主として……」
瘴気が完全に薄れ、辰夫の巨大な瞳に、いつもの落ち着いた茶色が戻った。
「……辰夫?」
辰夫は穏やかな笑みを浮かべるように目を細め、ゆっくりと私を見つめた。
「……サクラ殿……ただいま……戻りました……」
私は、フイッと背中を向けた。
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、視界が歪むのを悟られたくなかった。
「……手間かけさせるなよ。デカトカゲ」
震える声をごまかすように呟き、そして、深く息を吸って。
「……ありがとう」
静寂が洞窟に流れる。
辰夫の温かい、とても懐かしい気配が……
私の背中に確かに感じられる。
「……おかえり」
「ただいま戻りました……サクラ殿」
辰夫は、主人に向かって深く、深く頭を下げた。
「あいよ。
……地上戻ったらパン買って来い。美味いやつな。」
*
──数時間後。
穏やかな空気が流れて、二人で奈落の通路を歩いていた。
……その時だった。
辰夫の身体が、突然ビクンッと震え出した。
「ぐぉお! こ、これは……再び瘴気が……!」
「またかよっ!?──絆のドラゴン・スクリュー!!」
──ドゴン☆
「ぎゃッ!!」
*
──さらに数時間後。
穏やかな空気が流れて、二人で歩いていたその時だった。
辰夫の身体が、再びビクンッと震え出した。
「サクラ殿……そろそろ……瘴気モードが……」
「はいお疲れー」
私は首と指をポキポキと鳴らしながら、無表情で近づく。
「絆いくよ」
──ドゴン☆
「ぎゃッ!!」
*
──さらに数時間後。
穏やかな空気が流れ(略)
辰夫の身体が再び(略)
「ぐっ……今度こそ……自分で……制御を……!」
「おっ、頑張ってるじゃん!」
「だめです……サクラ殿、殴る以外の別の方法は……」
「絆!」
「雑!!」
私は満面の笑顔で、右腕をぶんぶんと回しながら言った。
辰夫が危険を察知し、横に跳んで回避を試みる。
でも、私はそれを見越して先回りする。
「ドラゴン・スクリュー零式!」
通常の倍の回転数を乗せたプロレス技が、容赦なく辰夫に炸裂する。
──ドスン☆
「ぐえッ!!……な、なんで笑ってるんですか!」
「ふふ。私とお前って、いつもこうだろ?」
(嬉しいんだよ)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『迷ったら筋肉。悩んでも筋肉。最後は筋肉。──殴れ。』
解説:
この世の悩みの9割は筋肉で解決できる。
まず筋肉を信じろ。何も考えずに筋肉だ。
考えると遅い。だが筋肉は早い。
迷いは脳が作るが、解決はだいたい身体がやる。
なお残り1割も、だいたい勢いでどうにかなる。
だから迷うな。殴れ。