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「あの女、随分遅いな……」
ソファーに寄り掛かりながら、缶ビールを片手に、拓人は、漆黒に包まれた空を見やった。
背もたれに投げ出した左手の指先が、忙しなくリズムを刻んでいる。
廉には、夕方までに優子を返すように、伝えていたはずだ。
だが、二十三時半を過ぎても、あの女が戻ってくる気配はない。
「戻って来たら、たっぷり可愛がろうと思ったのによ。何してんだ? あの女……」
ふと拓人は、我に返る。
(ってか…………何で俺、こんなにイラついてるんだ?)
思えば、優子が転がり込んでから、泊まりで外出するのは、これが初めて。
「に、しても。昨夜は…………やけに静かだったな……」
女が文句を放ちながら拓人に揶揄われ、彼が面白がる状態は、既に日常となっている。
それが三連休の土曜日と日曜日、優子がいないだけで、広々としたメインルームが、冷たく感じるほどの静けさを湛えていた。
女との言葉の戯れが懐かしく感じる事に、拓人は、気の迷いを隠せない。
ぼんやりと考え事をしていると、部屋のドアの開錠される音で、彼は弾かれたようにハッとする。
ソファーから立ち上がり、拓人はメインルームのドアを凝視した。
カチャリと音を小さく立てながら、扉が開かれ、優子が様子を伺うように部屋へ入ってきた。
彼女を見た瞬間、拓人は鋭い眼差しを僅かに見開かせる。
(……何か…………変わったか……?)
昨日、出かけた時と、今、ここにいる優子の雰囲気に、彼は違和感を覚えた。
(恋をしてる女……いや、愛されている女……って言えばいいのか……?)
艶めいた肌と、妙に色香を滲ませる女を見て、拓人は感じ取る。
「ゴメン……。夕方に戻る約束だったのに、こんな時間になっちゃった……」
前下がりのショートボブの髪が、サラリと揺れ、女は拓人と視線を合わせないまま、ソファーに荷物をぞんざいに置く。
分厚い封筒をトートバッグから取り出した優子が、拓人と向き合い、封筒を差し出したが、まつ毛を伏せたまま。
「これ……報酬……」
考え事をしているのか、女の声音は、どこか素っ気ない。
「ゴメン。先方の性欲が激しくてさ……。悪いけど、疲れたから先に休むわ」
「あ……ああ。お疲れ」
拓人を避けるように封筒を押し付けると、女は、そそくさとベッドルームへ消えていく。
(何か…………あったな……)
彼は封筒をローテーブルの上に放り投げると、ドカッとソファーに身体を沈み込ませる。
窓越しに映る夜景を漠然と見つめた後、拓人は立ち上がり、ベッドルームへ足を向けた。