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「一週間くらい前? 体調はどうだって」
「そうなの?」
「ん」
「けど――」と私が言いかけた時、ピロンとさなえのスマホが鳴った。
一斉にさなえのスマホを覗き込む。
『それ、浮気じゃないよ』
「相手が自分だとは言わねーんだな。本気でさなえが俺の浮気を疑ってたらどうすんだよ」
さなえが返信を入力する。
『どうしてわかるの? 妻の妊娠中に旦那が浮気するとか、あるあるじゃない!』
「ないから!」と、大和さんがスマホに突っ込む。
「大和は黙ってて!」と、さなえ。
大和さんは、しゅん、として口を閉じた。
そこに、インターホンが鳴り、来訪者を知らせた。さなえは見向きもせず、大和さんが立つ。
「お邪魔しま――」と、駆け付けた麻衣が私たちを見てぎょっとした。
鶴本くんも一緒。
「どうしたの?」
大和さんが二人に経緯を伝える。
麻衣もスマホを覗き込む。
「今なら、電話したら出てくれそうじゃない?」
「確かに! さなえ――」
「――その前に! 一応言っとくけど、千尋、多分妊娠してる」
さなえの言葉に、一斉にさなえを見た。
「へっ!?」
「妊娠!?」
「マジでっ?!」
「多分、ね。私の体調もそうだけど、妊娠中のこととか、『子供産むのって怖くない?』とか聞いて来るの。大斗の時はそんなことなかったし、千尋らしくないでしょ」
確かに、そうだ。
「けど、恋人と別れて引っ越しまでしてるとなると、ひとりで産むつもりか、産まないつもりか」
千尋はもともと、結婚願望もなければ子供を持つ気もない。それが、不倫相手の子供を妊娠し、しかも別れた。
それでも――――。
「ひとりで産むつもりなのよ」
私は、確信をもって言った。
「千尋は、本気で有川さんを好きだもの」
千尋と有川さんの事情を詳しくは知らないけれど、それだけは自信をもって言える。
「なら、尚更、早く居場所を突き止めなきゃ!」と、麻衣が言った。
麻衣の背後には鶴本くんが、少し戸惑い気味に座っている。
私は陸さんの顔が見れなかった。
麻衣と鶴本くんが上手くいったらいいと思っていたけれど、陸さんの失恋を喜べるはずもない。
仮に、陸さんの離婚がもう少し早くて、麻衣と鶴本くんが付き合うのがもう少し遅かったら、私は麻衣と陸さんの恋を応援していただろうから。
大切なのは……タイミングよね。
そんなことを考えている間に、さなえのスマホは千尋を呼び出していた。スピーカーにしてあるから、呼び出し音が部屋に響く。
プルルルル……プルルルル…………
四回目の呼出し音が途中で止まった。
『もしもし?』
全員が顔を見合わせる。
「千尋?」
『うん』
彼女のいつもと変わらない声にホッとする。
「今、平気?」と、さなえ。
『うん。どうした?』
「直接話したくて」
『あ、さっきのメッセだけど、大和は浮気なんか――』
「――それはどうでもいいの」
さなえの言葉に、大和さんが『えっ!?』って表情で妻を見る。さなえはそれに気づいてか気づかずか、完全スルー。
「千尋、どうしたの?」
『……なにが?』
「どうして誰にも何も言わずにいなくなっちゃうのよ」
みんなが唾を飲む音が聞こえそうだ。
電話を切られませんようにと祈る思い。
『聞いちゃった?』
「うん。大和が最近連絡してたのって、千尋だったんでしょ?」
『うん』
「みんな、心配してるよ?」
『……うん』
「どこにいるの?」
『……』
「千尋!」
『お願い。しばらく考えたいことがあるの。ちゃんと……帰るから』
「子供が生まれたら? それとも、処分したら?」
さなえの言葉に、ひゅっと息を吸い込んだ。
『処分する』なんて言い方、さなえらしくない。だから、わざとそう言って、千尋を思い留めようとしているとわかる。わかるけれど、胸が痛んだ。
「帰って来て」と、さなえが言った。
お願いというよりは、命令に近い口調で。
『しばらくしたら――』
「――しばらくっていつよ!?」
思いっきり無意識に、言ってしまった。
みんなの、責める眼差しが痛い。
『あきら? そこにいるの?』
「いるわよ」
『もしかして、みんなも?』
「おう、いるぞ」と、大和さん。
「当たり前だろ」と、陸さん。
「千尋、元気?」と、麻衣。
「どこにいるんだよ?」と、龍也。
『大袈裟なのよ! 言っとくけど! 死のうなんて考えてないわよ?』
「わかってるわよ! それでも、いきなり連絡が取れなくなったら心配するに決まってるでしょ!? 何やってんのよ!」
私たちの心配をよそに、あっけらかんと『死』なんて口にされて、ムッとした。
『だから! 大袈裟なの!! お正月に顔を出せなかったから、休み取って実家に来ただけよ』
「会社を辞めて、でしょ! この期に及んで嘘つく気!?」
『なんで知ってんのよ!』
「何だっていいでしょ!? とにかく、早く帰って来い! 有川さんのこととか、子供のこととか、何でも聞くから!」
『偉そうなこと言わないでよ! 私の心配より、龍也とのことを心配しなさいよ! この期に及んで龍也から逃げ回ってる臆病者のクセに!!』
完全に、売り言葉に買い言葉で、私も千尋も声が大きくなる。
「臆病者は千尋でしょ!? 有川さんから逃げ回って!」
『あきらにだけは言われたくないわよ!! いつまでも勿体ぶってたら龍也に愛想尽かされるんじゃない? いつまでもうじうじしてないで、さっさとまとまんなさいよ!』
「大きなお――」
「――だったら!」と、龍也が私と千尋の声を遮った。
「俺とあきらがまとまったら、帰って来い」
『は?』
「あきらが覚悟を決めて俺を受け入れたら、千尋も覚悟を決めて帰って来い」
なるほど、と思った。
千尋の性格からするに、挑発に乗ってくるのは間違いない。そして、私は既に龍也と付き合っているのだから、千尋は帰って来るしかない。
『なに、それ。なんで――』
「千尋、借りを返せ」
『はっ? 借りって――』
借り……?
全員が、何のことだろうと龍也を見る。
龍也は、私たちには何のリアクションもせず、スマホから目を離さない。
『――わかったわよ』と言った千尋の声は、声だけでもわかるほど不満げ。
『あきらが龍也のプロポーズを受けたら、帰るわ』
「ぷ――っ?!」
プロポーズ!?
今度は、みんなの視線が私に集まる。
「決まりだ。あきら、俺と結婚しよう」
「はっ!? いや、えっ!? なんでいきなり結婚なのよ!?」
千尋に帰って来るように説得していたはずが、どうして龍也にプロポーズされているのか。展開について行けない。
「結婚しなくてもいいじゃない! 千尋! 私、龍也と付き合うことにしたの。それで十分――」
「――俺、四月から釧路に転勤する」
「えっ!?」
釧路……?
「俺と結婚して、一緒に釧路で暮らして欲しい」
「ちょ、待っ――」
一瞬で、思考がフル回転の上にショート気味。
龍也が転勤!?
結婚して釧路……って、えっ!?
私の仕事は?
四月って、あと二か月なんだけど――。