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「度は入っていなさそうですが」
眼鏡がスッと戻されホッとしたヒナに「眼鏡がない方が可愛いですよ」とディーンは囁いた。
真面目な優等生タイプでもこんな破壊力!
恐るべし、狼族!
手を繋がれながらアレクサンドロの部屋からまた綺麗な廊下を歩いていく。
昨日とは違う道を曲がり、階段を降り、曲がり角、廊下、再び階段。
もう迷子決定だ。
中庭のテーブルの前でディーンはヒナの手をゆっくりと離し、静かに白い椅子を引いてくれた。
これは!
映画でよく見る男性がレストランで椅子を引く場面!
まさか体験する日がくるとは。
実はドッキリで、座ろうとしたら椅子がないとかそんなことにはならないよね?
「大丈夫ですよ。いたずらはしません」
ちゃんと椅子に座れてホッとするヒナをディーンがくすくす笑う。
バレてる!
ディーンはなぜかもうひとつの椅子をヒナの横にくっつけた。
「本を一緒に見たいので正面だと説明しにくくて。隣ですみません」
ヒナの疑問を察し、説明をしてくれるディーン。
考えがすべて読まれていそうで恥ずかしいとヒナは思った。
ディーンの説明はとても分かりやすかった。
この国はキャッシュレス決済、口座の開設には身分証が必要、身分証はギルドで作れる。
「今度一緒にギルドへ行きましょうか」
茶色の眼で優しく微笑まれたヒナはお願いしますと答えた。
ディーンは茶色の髪、茶色の眼。
狼になったら茶色なのだろうか?
「何か気になりますか?」
「い、いえ、すみません」
パッとヒナが目を逸らすと、ディーンは別の本を手に取り、パラパラと捲った。
「狼族の毛色は灰、黄、褐色、黒。目は、茶、グレー、緑、オレンジ、黄色といろいろです。一夫一婦制で一生連れ添います。愛情深く浮気はしません」
ときどき自由を愛する一頭狼がいますが、とディーンは付け加えると、ヒナの右手をそっと握り、顔を覗き込んだ。
「噛み癖やボディータッチは他の種族よりも多めですが一途です。おススメですがどうでしょうか?」
は? オススメされている?
いや、アリエナイでしょ。
イケメンだよ?
優等生イケメンが手を握って、自分をオススメって。
そうか!
狼族はきっと女性が少ないんだ!
だから残念な女でもとりあえず女認識なのかもしれない。
「ディーン様、あの、狼族は男性が多いのですか?」
「多少は多いですが、そこまで比率は傾いてはいませんよ?」
あれ? 違う?
あ! ディーン様は眼鏡をかけているけれど、それでもあまりよく見えていないのかもしれない。
「気に留めてもらえるようにがんばりますね」
少し困った顔をしながらそっと手を離すと、ディーンは一枚の紙を本の間から取り出した。
「次はこれを解いてみてください」
出された紙は、まるで学校のテスト。
「今後教えることの参考にするだけですので、わからないところは空白で大丈夫です」
一枚の紙に計算も歴史もなんでも混ざっている感じだ。
問題数は多くはないが、この世界の歴史やことわざなんて知らないし。
ヒナは計算のみ解いた。
計算は中学生? もしかしたら小学生レベル。
これなら解ける。
歴史は知らない。
国の名前も知らないのに名産品なんて無理。
ことわざ、熟語も無理。
花の名前?
こんな花は見たことがない。
せめて薔薇やチューリップにしてくれないと。
魔力の源は何か?
うーん、知りません。
神様の名前?
あぁ、無理だ。
全くわからない。
「……ディーン様、ごめんなさい。わかりません」
開始5分ほどでヒナはあっさりとテストを諦めた。
「大丈夫ですよ。お疲れさまでした」
ディーンはテストを受け取ると、まるで小さい子に接するようにヒナの頭を撫でる。
ボディータッチが他の種族よりも多めだと言っていたから、頭を撫でるのは彼らにとっては普通なのかもしれないが、免疫なしにはキツイ。
昨日はランディと魔力の練習。
今日はディーンとお金の勉強とテスト。
大学の授業に比べれば全然授業時間は短いけれど、全く知らないことばかりで疲れた。
慣れない環境のせいか、ふかふかお布団のせいか、ヒナはこの日もすぐに眠ってしまった。
「全然男として意識されてないね」
一緒のベッドに、狼の姿とはいえ男がいるのに。
ヒナの寝顔を見ながらランディは笑った。
「警戒心がなさすぎでは?」
ディーンもヒナを見ながら溜息をつく。
「30分も経たずに寝る」
アレクサンドロが苦笑すると、ランディとディーンはアレクサンドロが本当に全く意識されていないことに驚いた。
「情報を共有しましょう」
今日行ったテストを持ちながらユリウスはヒナが眠るベッドルームの扉を閉める。
リビングのソファーに座ったアレクサンドロは、人族のチェロヴェ国に聖女が三人呼ばれたこと、なぜかヒナだけ追い出されたこと、森で治癒が使えたこと、ヒナが一番知りたいことが自分で金を稼ぐ方法だったことをみんなに話した。
「追い出された? 自分で出てきたわけではなく?」
ディーンの質問にアレクサンドロが頷く。
騎士に腕を掴まれ、雨が降る城の外に突き飛ばされたそうだと答えると三人は、女性をそんな風に扱うなんて信じられないと眉間にシワを寄せた。
「計算はかなり優れていますが、子どもでも知っている常識をなにも知らないです。お金についても全く知識はありませんでした」
この世界ではないところから来たと言っていたのは本当かもしれない。
三歳くらいの子でも知っている世界中に咲くリーンワイスの花を知らず、お金の単位も価値も、物の値段もわからなかった。
素直に学ぶ姿勢があり、頭は悪くなかったとディーンは今日教えた内容と共にヒナの様子を伝えた。
「聖女の可能性が高いと思う」
「すごい魔力ですね。円を描くように吹き荒れる魔力なんて」
ディーンはランディが撮った映像に釘付けに。
「専属の護衛騎士をつけた方がよいのでは?」
「好みの騎士でも選ばせましょうか」
ユリウスの返事に、アレクサンドロの指が無意識に動いた。
「あの眼鏡は度が入っていないです。前髪も目を隠すように長いので彼女は人見知りというより対人恐怖症ではないでしょうか?」
「魔力を教えた時はパニックだったよ」
無理だと、ごめんなさいとずっと言っていたとランディが説明すると三人はもう一度映像を見返す。
この映像には音が入っていない。
今の技術ではこのコマ送りの映像が精一杯だが、立ち上がりランディから離れた瞬間に魔力の風が止んだ様子はしっかりと映っていた。
「ユリウス、男物の服を着せている理由は何ですか?」
「ドレスは窮屈だとしても、せめてワンピースを着せてほしいな」
ぶかぶかの男物のシャツに、折り曲げたズボン。
ずり落ちないようにベルトで止めているので、小柄な身体が余計に細く小さく見える。
男をエスコートしているみたいで騎士たちに変な目で見られたと、ランディとディーンが困った顔をすると、想像したアレクサンドロが吹き出した。
「準備しましたが着ないのです」
ユリウスが準備した水色のワンピースは、今、街で流行っているデザイン。
ワンピースを見たヒナは綺麗な服だと言ったが、着るそぶりはなかった。
「とりあえず、この国にとどまってもらえるようにできる限りのことをするつもりです」
ご協力お願いしますと言うユリウスにランディとディーンは頷いた。
◇
聖女召喚の儀を行ってから10日。
チェロヴェ国の宰相は追い出した男を探していた。
二人の聖女の魔力操作が思ったよりも進まず、国王が「追い出した男が聖人だったのではないのか?」と言いだしたからだ。
「一体どこへ……?」
黒髪を縛り、眼鏡をかけた小柄な男。
話せないのが演技だったとしても、街へ行けば見慣れない服装の男に誰かは気づくはず。
街ではない『死の草原』の方向へ歩いていっても食べるものもなく死ぬだけ。
死んだかどうか確かめたくても大事な騎士たちを『死の草原』へは派遣できない。
「もう少し遠くの街まで探してみるか」
宰相は捜索範囲を広げるように騎士団へ命令しながら盛大な溜息をついた。
コメント
1件
うわ、ディーン、優等生タイプなのに「眼鏡がない方が可愛い」とか囁いてくるんか…破壊力やばいですね(笑)。 狼族って一夫一婦制で愛情深いんや、っていう設定も良いなあ。ヒナが「狼族は女性が少ないのでは」って必死に理由を考えてるの、なんか可愛くてちょっと切ない。対人恐怖症っぽい描写も伏線っぽくて気になります。 そして最後のチェロヴェ国の宰相がヒナを探してる展開…「追い出した男が聖人だったのでは」って、もう後の祭り感がすごい。物語の世界観の広がりが感じられるエピソードでした!続きが楽しみです!
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