テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「普通の苦しみ方ではなかったので、心配だったんです。あなたが社員になるなら、ケアの仕方を知っておいたほうがいいと思って」
「大丈夫です。お気にせず」
この優しい人に気遣わせては駄目だと思った私は、曖昧に微笑む。
けれど彼は引き下がらなかった。
「言いたがらないという事は、心因性のものですか? だとしたら余計に対処法を教えていただきたいです」
「……心因性の発作を抱えていても雇用するんですか?」
恐る恐る尋ねると、彼は微笑んだ。
「弊社は障碍のある人も雇用しています。就ける仕事は限られていますが、なるべく働ける機会を増やしたいと思っているんです。……でも、三峯さんは〝ゴールデン・ターナー〟で働いていたんですから、お客様の前に出る仕事でも問題ないと思っていますが、……それで大丈夫ですよね? 面接の時にもフロントを希望してしましたし」
「はい、問題ありません。即戦力でフロントに立てる自負があります」
「では、理由を教えてください。聞いたからといって、それを落とす理由にはしません」
私を見つめて言う副社長の目は、とてもまっすぐだ。
――彼は嘘を言っていない。
直感で理解した私は、溜め息をついてからポツポツと話し始めた。
「とても私的な事なのですが……」
前置きをしたあと、私は〝体調を崩して〟ゴールデン・ターナーを辞めて帰国したあと、父が発作で倒れて帰らぬ人となった事、そして父が巨額の負債を作っていた事を打ち明けた。
恥ずかしさもあるので彼の目を見て話せなかったけれど、副社長は黙って私の話を聞いてくれていた。
すべて話し終えたあと、彼は小さく息を吐いて労るように言った。
「……大変でしたね。それで、負債は幾らですか?」
知った時はにわかに信じられなかった額だったので、なかなか人様には言えない。
黙っていると、副社長は尋ねてくる。
「一千万円ぐらい?」
尋ねられ、私は首を左右に振る。
「三千万円? 五千万円?」
これだけ尋ねられて何も言わないのは悪いので、勇気を振り絞って打ち明けた。
「……に、……二億……」
白状すると、副社長は無言で目を見開いた。
(……そうですよね、信じられませんよね。私だって夢だと思いたい。……でもこれは変えようのない現実で……)
私は溜め息をつき、言い訳するように付け加える。
「……どうしたらいいのか分からないんです。渡米した事で家族に心配をかけていたのに、帰国して安心させられたと思ったら、父が亡くなってしまって……。母はパートを増やすと言っていますが、体を壊せば元も子もありません。弟は都内で働いていて、結婚を考えている彼女がいます。ですが借金があると知られたら、どれだけ愛し合っていても親御さんが許さないでしょう。……すべてを失う前に、時間が戻ればいいのに……」
話しているうちに感情の収拾が付かなくなり、私はポロポロと涙を零す。
「……すみません……。こんな女、雇いたくないですよね……。憧れのホテルですけど、諦めますから……っ」
(こんな格好いい人の前で、情けない姿を晒したくなかった)
誰より自分に失望しているのは、私自身だ。
私は自惚れた事に、自分を「偏差値のいい大学を出て海外に行った、行動力のある女性」と思っていた。
(ウィルにフラれるまでの私は、鼻持ちならない自信家だったかもしれない)
そんな自分が、恥ずかしくて堪らない。
――情けない。
頬に伝った涙を乱暴に拭った時、副社長が立ち上がり、ティッシュボックスを静かにテーブルの上に置いた。
「まず、涙を拭いて」
言われて私はティッシュで涙を拭き、鼻をかむ。
(シャンとしないと。この人に泣き言を言っても始まらない)
自分に言い聞かせた時、副社長は私を見つめて言った。
「一つ提案させてもらっていいでしょうか?」
「はい」
私の身の上話を聞いて、彼がどう思ったかは分からないけれど、敏腕副社長なら借金返済のアドバイスをくれるかもしれない。
――自分たちで何とかしていかなきゃ。
覚悟を決めて彼を見つめると、副社長は斜め上の事を言った。
「じゃあ、私が二億の負債を肩代わりしましょう」
「えっ!?」
あまりの驚きに、私は声を上げる。
コメント
2件
副社長が雇い主?既婚者? 冒頭の謎がいよいよ分かるのでしょうか? ワクワク💕
副社長の提案にびっくり仰天(゜o゜;!! はたして条件は…⁉️