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300円のためらい
画面の一番下に、
小さな価格が並んでいる。
300円。
指で弾けば消えてしまいそうな数字。
高いものは、上にある。
桁の違う値段が、静かに並んでいる。
床に座り、
机に背を預ける。
モカ色のパーカーの裾は少し丸まり、
袖口から出た手首が細く見える。
指先は乾いていて、
何度も擦ったせいか、赤みが残っている。
安いから、
という理由は簡単だった。
失敗しても困らない。
変わらなくても、諦めがつく。
そう思ったはずなのに、
購入ボタンの前で、
動きが止まる。
ためらい。
文字にすると軽い。
元から自分の中にある言葉だ。
なくなっても困らない気がしていた。
レキシリーダを手に取る。
冷たくも、温かくもない。
いつもの重さ。
触れる。
言葉が、
一瞬だけ、引っ張られる。
何かが増えた感覚はない。
胸も、呼吸も変わらない。
ただ、次の動作までの間が、
少しだけ短くなる。
立ち上がる。
椅子を引く。
音が出る前に、体が動く。
たったそれだけ。
戻そうとして、
戻す場所がないことに気づく。
300円は、
もう、数字ではなかった。
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