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自宅アパート


部屋を仕切る家具越しに、シズカは鏡の前で頭を抱えていた。


シズカ「……ない。

本当に、ろくな服がないわ」


​母「あんた、さっきから何をごそごそやってんの?」


母がニカッと笑いながら、煎茶の入った湯呑みを手にシズカの領域へ顔を出した。


​シズカ「ママ、聞いてよ!

今週末、和製ジョ○ーデップと新居の内見に行くの!

……なのに、着ていく服が1着も無いの!」


母「このあいだ付き合いだしたと思ったらもう同棲?

あんたねぇ……あんな風呂嫌いそうな色男のどこがいいんだか。

ジョ○デだかなんだか知らないけど、あんた、あの男に毒を盛られすぎて頭まで痺れたんじゃないの?」


​シズカ「毒を好んで飲んだのは私だし

文句なら本人に言って頂戴!

それに、おじさまはちゃんと清潔だし、いつも重厚で大人の香りがするんだから! 

ジョ○デのあれは演出! 

おじさまのあれは天然の色気なの!」


​母「はいはい。香水で加齢臭でも消してんじゃないの」


​シズカ「ちっがーう!!

……もう、ママとは話さない!」


母「あんた、毎日あんなにピシッとした格好で仕事行ってるじゃない。

あれでいいでしょ、十分可愛いわよ」


​シズカ「あれは仕事用の鎧!

休日のデートに仕事着で行くなんて、戦場に事務服で乗り込むようなもんじゃん!!

……それに先日、泊まり込んだ時にすっぴんを見せちゃったの!

あんな無防備な顔、一生に一度の事故でいいのよ! 

ありのままの私を見せるなんて、まだ5年……いや10年早い!」


母「男の家だかホテルだかに雪崩れ込んで湿気こんで朝帰りする方のがよっぽど失態でしょ?」


シズカ「ちょっと言い方!!」


​母「あんたねぇ……

そんな色男、すっぴんの1個や2個で逃げやしないよ

だいたい、あんたが編み物してる時みたいなボロを着てなきゃいいんでしょ」


​シズカ「それが1番の問題なの! 

私の私服、学生時代から止まってるような一昔前のトレンドか、パーカーか、お稽古用の着物しかないんだから!」


​母「……確かにそうね。

あんた、趣味には金かけるくせに自分を着飾るのには無頓着だもんね。

よし、明日会社の人にでも泣きついてきなさい。

あんたのそのキツいつり目を少しは和らげてくれる服、選んでもらうのよ」


シズカ「ママもつり目でしょ!!」


​翌日の昼休み。シズカは母の忠言通り、お弁当を食べながら同僚達に「相談」を持ちかけた。


シズカ「……というわけなの。 助けて! 

このままじゃ私、『怪僧ラスプーチンの横に並ぶジャージ姿の女』になっちゃう!」


​同僚A「……ちょっと待って。

そのラスプーチンって、昨日言ってた和製ジョ○デのことだよね? 

シズカの彼、キャラが渋滞しすぎじゃない?」


​社内の「鉄の女」に男がいた。


その事実だけでオフィスに激震が走る。


​同僚A「相手の私服は? それに合わせるのが1番よ」


​シズカ「それが、いつも仕事帰りに会うから、お互いの私服を知らないの」


​同僚B「和製ジョ○デにラスプーチン……。

それ、一般的に言うと『近寄っちゃいけないタイプ』じゃない? 

大丈夫なの、シズカ」


シズカ「大丈夫よ、中身は……その、不器用なだけだから。

中身はすごく……過保護なの」


​同僚A「でもシズカ、あんたのその凛とした雰囲気なら、モード系か、少し柔らかい大人カジュアルがいいと思う

……決まり! 今日、仕事上がりに新宿行くよ!」


​シズカ「恩に着る……!」


​​終業後、シズカは同僚たちに引きずられるようにショップを巡った。


同僚A「シズカ、身長145cmなんだから、丈感命よ!」


同僚B「いい、シズカ。ラスプーチンみたいな濃い男の隣に立つなら、あんたは『引き算』よ。

隙のない仕事着を脱いで、思わず指が沈み込むようなふわふわのニットを纏うの。

ギャップで落とすわよ!」


シズカ「……ラスプーチンって言わないで。

……でも、確かに手触りはいいよね」


普段の仕事着とは違う、柔らかい素材のロングスカートや、顔周りを明るく見せる春色の上質なニット。


​鏡の中に映る自分は、確かにいつもより少しだけ「毒」が抜けて、1人の恋する女性に見えた。


​同じ頃、天利はセーフハウスの静寂の中で、手慣れた手つきで私服を整えていた。


​天利「……ハクション!

 ……なんだ、風邪か? 

誰かが俺の不始末でも噂してなきゃいいが……」


俺は鼻をすすり、鏡の中の自分を睨む。


老けたな、と独り言ちる。


ホテルのガウンを脱ぎ、当日着る予定の上質なカシミアニットに袖を通してみる。鏡に映るのは、不吉な色気を漂わせつつも、どこか品のある大人の男。


​天利「これ、P活とかに間違われないかな……? 

……まあいいや。

シズちゃんは、きっと明日もあの完璧な仕事着で来るんだろうしな」


​まさか彼女が、今日1日「ラスプーチンの隣を歩くための戦闘服」を探して街を奔走していたとは露知らず。


俺は、内見で彼女が「ここが私たちの家だ」と笑ってくれる瞬間を、祈るように想像していた。

流される男の、ただ一つの執着

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