テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
午前1時。俺はセーフハウスに仮置きしていたシズちゃんの荷物を、自分の手で運び入れていた。
以前彼女が「ポータブルコンロのようなもの」と説明してくれた、あの重い『風炉』や、厳重に梱包された茶器の入った箱だ。
天利「(……これだけは、他の野郎に触らせたくないな)」
彼女が点てる茶は、彼女の聖域だ。
たとえ身内であっても、無粋な手垢をつけさせるわけにはいかない。
俺は、1番静かな和室の隅に、それらを慎重に下ろした。
その1時間後、午前2時。
草木も眠る丑三つ時、窓を真っ黒に塗った数台のハイエースが、まるで夜の闇に溶けるように新居の地下駐車場に滑り込んできた。
中から降りてきたのは、一言も発さず、灰色の作業着に身を包んだ男たち……俺の「掃除屋」の精鋭だ。
彼らにとって、この世から「消す」のも「生み出す」のも、やるべきことは同じだ。
痕跡を残さず、音を立てず、迅速に。
天利「……梱包を解く際、配置する際に指紋を残すなよ。
ミリ単位で図面通りに配置しろ」
俺の指示に、男たちが無言で頷く。
巨大なマホガニーのブックケースが、まるで重力がないかのように軽々と運び出されていく。
死体を詰めたドラム缶を運ぶのと同じ、一切の迷いがない足取り。
数時間後、最後のアンティークチェアがリビングの定位置に置かれた。
掃除屋のリーダー「……組長、作業終了です。
正直、仏さんを運ぶより緊張しましたよ。
傷ひとつで俺たちの首が飛ぶかと思いましたから」
天利「……お疲れさん。
特別手当を出しておくよ」
掃除屋リーダー「……あ、あの紋章入りの箱だけは、他の段ボールと『重み』が違ったんで
1番安全なテーブルの真ん中に置いときましたよ。
和室に放置されてましたけど、ありゃあ、相当な年代物でしょ?」
天利「え?あそこは入るなって言ってあったよね?」
掃除屋リーダー「そ、そうなんですけど、 間違えて入ったヤツが見つけて指示を仰いで来たので……」
天利「……そうか」
天利「(シズちゃんが間違えて置いた可能性もあるし、シズちゃんの大事なものなら、それが正解だな)」
掃除屋リーダー「……あの箱、中に『契約印』みたいなのが入ってるんですかね?
妙に冷気が漂ってる気がしましたよ」
(※シズカのオタク特有の執念が物理的な寒気として漏れ出していただけである)
男たちが去った後の静寂の中、俺は完璧に整えられたリビングを見渡し、各部屋を点検。
リビングや書斎に、先日選んだアンティークたちが息づいている。
猫脚のダイニングセット、巨大なブックケース、ドレッサーにロッキングチェア……。
ミリ単位の狂いもなく配置されたそれらは、まるで最初からこの部屋の主であったかのような顔で鎮座していた。
床の傷ひとつ、壁の擦れひとつない。
運び屋たちが、段ボールの中身まで完璧に推察して仕分けた結果、クローゼットやキッチンの前には整然と荷物が積み上がっている。
天利「(……いい仕事だ。
後でもう少し包んでやるか)」
ウォークインクローゼットに入ると、異質な存在感を放ちつつも堂々と鎮座する『手作りの桐箪笥』が目に入る。
天利「……これか。
シズちゃんが『これだけは他がどうなっても持って行く』と言い張ったのは」
集成材とシズちゃんの趣味とは、到底思えないほどいかつい装飾を組み合わせた、お世辞にも高級とは言えない桐箪笥。
だが、角は丁寧に面取りされ、使い込まれた艶がある。
天利「……いい腕だ。
きっと、娘が可愛くて仕方ないんだろうな……。
……でもこれ、どこの組の廃材だ?
金具のセンスがゴリゴリの武闘派なんだけど……」
「世界にひとつの、私の宝物ですわ」
そう誇らしげに笑った彼女が、俺には眩しかった。
俺は、両親の顔も知らず、育ての親である叔母との関係もあまり良いものではなく、とうの昔に縁が切れている。
俺には、宝物と呼べる物がなかった……。
だからこそ、シズちゃんを大切にしたいし、そんなシズちゃんを大切に育てたであろう、シズちゃんも大切に思っているであろうご両親には筋を通したい……。
天利「早めに挨拶したいな……」
俺はリビングに戻り、ダイニングテーブルの真ん中に置かれた「紋章入りの箱」を眺めた。
天利「(……盾に鳥が2羽……いや、双頭の鳥なのか?
それに王冠とリボン……?
何か書いてあるけど潰れて読めないな……。
どこか海外の組織との繋がりでもあるのか?
シズちゃん、意外と国際派のコネクションを隠しているんだな)」
俺が自力で運んだ茶道具の箱も重かったが、こいつにはまた別の、何か執念のような重みを感じる。
天利「(茶器よりも重い、この箱。
……中身はなんだ?
相当な密度の金か、あるいは門外不出の古文書か。
……シズちゃん、君は一体どんな『秘密』をこの城に持ち込んだんだい?)」
(※中身は単行本と関連書籍、映像ディスクだが、何重にも施された緩衝材と厳重な梱包から来る威圧感とシズカの執念で心理的な重みが増してるだけ)
さぁ、あとは、主が来るのを待つだけだ。
─── ───
その日の夕方、仕事終わりのシズちゃんを連れて、完成した「城」へと足を踏み入れる。
玄関を開けた瞬間、彼女の喉から、掠れたような吐息が漏れた。
シズカ「……えっ?」
誇らしい気分で彼女を促そうとしたが、シズちゃんの視線がある一点で凍りついた。
リビングの主役、マホガニーのダイニングテーブル。
その真ん中にポツンと置かれた、あの「紋章入りの箱」だ。
シズカ「(……嘘でしょ、これ……!)」
彼女の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
掃除屋のリーダーが「重みが違った」と敬意を払い、あえて特等席に祀ったあの箱。
端に小さく描かれた、どこかの結社か貴族の家紋のような印を、彼女は食い入るように見つめている。
シズカ「(……ぎゃあああああ!
触られた! 運ばれた!
しかも祀られている!)」
心の中で悲鳴を上げているのだろう。
肩が小刻みに震えている。
そんなに驚くほど、大切なものだったのか。
俺には、その箱から何か異様な「執念」のような重みを感じ取ることができた。
アンティークの域を超えた、彼女の魂そのもののような重み。
天利「(……まさか、中身を見られたとでも思っているのか?
掃除屋を侮ってもらっちゃ困る。
連中は封印の1つすら傷つけずに運ぶのが仕事だ)」
だが、彼女は震えながら、まるで爆弾を扱うような手つきでその箱を抱え上げた。
その必死な様子に、俺は思わず圧倒される。
天利「(……やはり、あの中身は彼女にとっての『命』なんだな。
あれほど大切そうに抱えるとは。
……いつか、彼女が俺を信頼して、あの秘密を共有してくれる日が来るのだろうか)」
彼女は逃げるように、ブックケースのある書斎へと「箱」を運び込んでいく。
その背中を見送りながら、俺は満足げに目を細めた。
天利「(……あの紋章の箱、そしてあのいかつい箪笥。
やはり蓼原家は、表向きは堅気でも、裏では歴史を動かすような特殊な一族なのかもしれない……。
挨拶に行く時は、俺の組の家紋が入った1番いい手土産を持っていくべきか?)」
いつの日か、あの箱の中にある「歴史」や「誇り」について、彼女から聞ける日が楽しみで仕方なかった。
一方、書斎に逃げ込んだ彼女の、魂を削るような葛藤に、俺はまだ気づく由もない。
シズカ「(……もし中身を見られていたら、明日からどんな顔で天利さんに紅茶を淹れればいいの!?
いや、まだ淹れたことないけども!
『あくまで執事ですから』なんて冗談、口が裂けても言えない!)」
天利「(……どうしたんだろう?
書斎から全然出てこないし何かブツブツ言っているな。
感極まったんだろうか)」
シズカ「(……だいたい、リアルな極道のそばで『悪魔で執事』なんてギャグ、笑えない!
命がいくつあっても足りない!
……いや、私の場合、『あくまでメイドですから』?
……って!! 何がメイドだバカァ!!!!)」
天利「(……いい。すごくいい声が聞こえる。
喜んでもらえたようで何よりだ)」
俺は、彼女が抱えた「紋章」の重みを、自分の左腕にある蜘蛛の墨と同じ重さだと勝手に解釈し、幸せな予感に浸っていた。
天利「(……いつか、彼女の背負っているその『組織』の重みを、俺も半分背負ってやりたい
あの紋章、どこかで調べさせてみるか。
もしシズちゃんが国際的な係争に巻き込まれているなら、俺が盾になる)」