テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それから3日後
俺はテオより先に帰るとテオの帰ってくる時間に合わせて夕食を作るのが日課となっていた。
スーパーでモデルが胃に入れるということを考慮して食材を選ぶのも
献立を考えるのも
最初は慣れないことばかりで戸惑ったけれど、今は少しずつ要領も掴めてきた気がする。
テオはいつも無表情で、作ったものに「美味しい」だとか「まずい」だとか感想をくれるわけでもない。
それでも、残さず食べてくれる姿を見るたびに、ホッと胸をなでおろすのだ。
そしてテオの家に居候すること3日目の今日は、もうすっかりこの生活にも慣れてきた。
今日もテオより少し早く家に着くと
まずリビングの荷物を軽く片付け、それからエプロンを身につけてキッチンに立つ。
窓からは夕暮れの柔らかな光が差し込み、シンクに置かれた野菜たちがきらきらと輝いて見えた。
昼間、テオが「ガッツリがいいが、ヘルシーも重視してくれるか?」とぼんやり言っていたので
今日の夕食はヘルシーながらも満足感のある和食に決めている。
メインは鶏むね肉とブロッコリーの塩麹炒め。
冷蔵庫から取り出した鶏むね肉は、新鮮で見るからに美味しそうだ。
それを一口大に丁寧に切り、ボウルに入れる。
そこに、先日スーパーで見つけた特売の塩麹をたっぷりと加えて、手でよく揉み込む。
塩麹のまろやかな香りが広がり、これで肉が驚くほど柔らかくなるのを最近知った。
次に、鮮やかな緑色のブロッコリーを小房に分け
鍋にたっぷりのお湯を沸かし、塩を少々加えてさっと茹でる。
湯気が立ち上り、ブロッコリーの独特の香りがキッチンを満たす。
茹で上がったブロッコリーはざるにあげて水気を切り、鮮やかな色合いを保ったまま準備完了だ。
フライパンを熱し、サラダ油をひく。
ジュワッと音がして、揉み込んだ鶏むね肉を投入する。
白かった肉がみるみるうちに色を変え、香ばしい匂いが立ち込める。
片面がこんがりと焼けたら裏返し
火が通ったら茹でたブロッコリーを加えて
全体に塩麹の旨みが絡むように手早く炒めていく。
ジュウジュウという音と
塩麹と鶏肉
ブロッコリーが混ざり合った香ばしい匂いが、キッチンの隅々まで広がる。
横のコンロでは、もう一品
ひじきと大豆の煮物がコトコトと穏やかに煮えている。
朝のうちに水で戻しておいた乾燥ひじきは、たっぷりの水を含んでふっくらとしている。
それに、缶詰の大豆と
彩りとして細切りにした人参を加え
醤油とみりんと出汁でじっくり煮込む。
最初はたっぷりあった煮汁が、だんだんと減り
ひじきや大豆に味がじんわりと染み込んでいくのが見て取れる。
昔、母が作ってくれた煮物を思い出し、少しだけ心が温かくなる。
今日の主食は玄米ごはんだ。
炊飯器からは、先ほどセットしたばかりの玄米が
もうすでに香ばしい湯気とともに甘く香っている。
炊き立ての玄米は、白米とは違う独特の風味とプチプチとした食感があって
健康にも良いと聞く。
そして、汁物は卵と豆腐の味噌汁。
出汁の効いた味噌汁に、ふんわりと溶き卵を流し入れ
角切りにした豆腐を加える。
シンプルな具材ながら、心温まる一品になることだろう。
鍋の中で味噌が溶け、湯気が立ち上る。
全ての料理が完成に近づいたところで、デザート兼タンパク質補給にプロテインスムージーを作り始める。
テオは毎日プロテインを飲んでいると聞いていたので
どうせなら食事と一緒に摂れるようにと、デザート代わりにスムージーを作ることにしたのだ。
お気に入りのプロテインパウダーと牛乳、それにバナナを一本、ミキサーに入れる。
スイッチを入れると、ガーッと大きな音を立てて材料が混ざり合い
あっという間に滑らかなスムージーの完成だ。
グラスに注ぐと、とろりとした液体が揺らめく。
時計に目をやると、テオが帰ってくるまであと少し。
食卓には彩り豊かな和食が並び、今日の頑張りを労うかのように私を待っている。
温かい湯気が立ち上る料理を前に、テオはこれをどう思うだろうか。
美味しいと言ってくれるだろうか。
それとも、いつものように無言で食べるのだろうか。
少しだけ不安になりながらも、温かい料理を前にテオの帰りをじっと待った。
この生活が、少しでもテオにとって良いものになれば、と願う。
エプロンを外し、椅子にかけた
そんなときだった。
仕事に家事に全集中してゾーンに入っていたからなのか
急に体中が火照るような感覚に襲われ、足に力が入らなくなる。
まるで風邪でも引いたかのように、火照りが全身に広がり始め 足がふらつく。
頭がぼーっとして何も考えられず、呼吸が浅くなる。
心臓がうるさいくらいにどくどくと鳴り響き、胸のあたりがムカムカしてくる。
「なにこれ……」
そんな呟きも、誰もいない部屋にぽつりと放たれるだけ。
その場に立っていることすらできず、ゆっくりと体が傾いていくのがわかる。
「……っ」
抑制剤はちゃんと飲んだ
それなのにこんなに火照るのか??
全部初めてすぎて分からないが、とにかくベッドに移動しないとやばい。
そう思い、寝室に移動してベッドに腰を下ろし
ズボンのポケットに入れていた薬を思い出すが
飲むにしろ、水が必要になる
しかしリビングまで行って食器棚からコップを取り出して
水道水を注いで飲むと言うだけでも今の俺には重労働すぎた。
(ああ、くそ…っ、先にあっちで追加で薬飲めばよかった…絶対順番間違えた……どうするか…)
そうしてなにか無いかと辺りを見渡したときだった。
ふと、ベッド横のクローゼットに挟まっている布のようなものに目がとまる。
「……あ」
それはテオのシャツだった。
出張で日中留守にする時など、洗濯したものを置いて行っているのだ。
(……いやでもこれ勝手に……いいのか?)
いや、緊急事態だし仕方ないよなと思いつつも
正直言ってかなりドキドキしている自分がいた。
いや、何もやましいことはないのだが
いつも淡々として仏頂面なテオの服に触れるかと思うと、なんだか気恥ずかしかったのだ。
「とりあえず、テオにバレないように布団の中で隠れて嗅いでいよう……」
俺はテオのものと見られるシャツに遠慮がちに手を伸ばすと
まるで変態かのようにこっそりとそれを布団の中に忍ばせた。
テオのシャツから香るほのかな匂いは
いつもテオが使っている柔軟剤の匂いで
自分がいまテオに包まれているんだと思うと
それだけで心が高揚し
呼吸が落ち着いていくのを感じた。
(テオに見つかったら怒られるか?)
(…とにかく、帰ってくる前になんとかヒートを落ち着かせたいけど…っ)
そう思ったときだった
『おい、つばさいねぇのかー』
リビングの方からテオの声が聞こえた。
俺は慌てて布団を頭まで被り、目を瞑るが
『……寝てんのか?』
(やばい!)
そう思ったときにはもう遅く、ガチャリと寝室のドアが開き、テオが入ってきた。
「あ……」
顔だけをひょこっと出す。
「なんだいるじゃねぇか。」
テオは俺を見るなり少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻って言った。
「……お前、この暑い時期になんでそんな
布団被ってんだよ」
そう言ってテオは俺の被っている布団を剥がそうとしてきた。
「え、あ!いや、その……っ」
慌てて抵抗しようとするも、ヒートの熱で力が入らない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!