次に目覚めたときはもうお昼過ぎだった。
「…37.9度。がっつり熱だな。」
ピピピピピ、と甲高い電子音を放つ体温計を片手にイザナくんの口から告げられたその言葉に土の中に埋没していくような重みを心の内で感じる。ギリギリと痛む喉に詰まったものを吐き出すように誰にもバレないほどの小さいため息を何度も繰り返す。
『ごめんね、心配かけちゃって…』
意気消沈したような暗く重い声が自身の口から洩れる。
風邪の原因は、日頃のストレスのせいなのか。昨日、長時間海に居たせいなのか。それ以外の理由のせいなのか。思い当たる節が次々と頭の中に浮かび上がっては静かに消える。
「…いきなり倒れんなよ。」
その言葉とともにイザナくんの肩で私の肩を軽くぶつけられ、頬に苦笑を浮かべる。
よほど心配をかけてしまったのだろうか。目覚めたとき、1番最初に見たときのイザナ君は酷く切羽詰まったような表情を顔に刻んでいて、恐る恐る私に触れた手は汗ばんでいた。
イザナくんは私の肩に顔を埋めると、それっきり動かず、何の言葉も発しない。
ぷつんと会話が途切れ、気まずい沈黙が訪れる。固唾を飲みこむ音が普段よりも大きく聞こえてくる。
『が、学校行ってきてもよかったのに…』
掠れ気味の声に無理やり景気をつけているような不自然な力のこもらない声で慌てて言葉を紡ぎ、石のように固い沈黙を埋める。少しだけ静かだった空気が揺らいだ気がした。
「別に」
不愛想にそう告げるイザナくんの声と、自分が言った学校という単語に意識が今日見た夢へと引っ張られて、不協和音のように耳底に残っているあの冷たい言葉が鼓膜に蘇る。
─…「…オマエ、消えろよ。」
正夢になりそうなほどリアルな夢に思わず眉を歪めた瞬間、稲光が走るように突然、頭の深部がチカチカと激しく痛み出した。同時に現れた目眩に目がくらむ。
頭が熱いように痛い。急に身が落ち込んで行くような眩暈が止まない。
イザナくんに頼りっぱなしの私に対する罰なのか。そんな暗い考えが風邪で参っている思考を埋める。
イザナくんはいつも私のことを助けてくれるが本当は迷惑なのではないだろうか。
重荷になっているのではないだろうか。
─…本当は、イザナくんも私のことが嫌いなのかもしれない。
しばらくして頭痛や目眩は収まったが、嫌な思考だけがいつになってもとまらなかった。
胸に忍び寄る黒い雲に思考を揺すぶられ、恐怖に似た気持ちを含む心細さを感じる。
『…ねぇ、イザナくん。』
『私のこと、迷惑じゃない?』
気付いたらそんな問いを口にしていた。
直後、ハッとぼんやりとしていた意識が再編成される。
まずい。と思ったときにはもう遅く、その問いかけはしっかりとイザナくんの耳に届いてしまったのか、それまで肩に埋められていたイザナくんの顔が上がる。
「…迷惑ならそもそもオマエと関わんねぇよ。」
そんなイザナくんの声が一筋の風のように鼓膜の奥深くに響いてくる。
恐る恐るイザナくんの表情を覗き込むと、想像していためんどくさそうな表情は全く浮かんでおらずどこか嬉しそうな、恍惚感の滲んだ少し不自然な笑みを頬に添えていた。
「オレがやりてぇからやってんの。文句でもあんのか?」
『文句は別にない…けど、』
申し訳ないし、と言葉を綴ろうとした瞬間、イザナくんの瞳から発せられる見えない圧に押され口内に留まった言葉を飲みこむ。
「○○はずっとオレの守られるだけでいい。余計なこと考えんな。」
そう王から命令されればそれ以上は何も言えず、俯くように小さく頷く。
迷惑に思われていないなら良かった、と心の中でこっそりと安堵を零す。重かった心が少しだけ軽くなったような気がした。
イザナくんは言いたいことが言えてすっきりしたのか今度は私の背中にもたれ込んできた。
重さに耐え切れなくなった体が少しだけ横に傾き、わっ。とつい声が洩れる。
『風邪移っちゃうよ。』
ペシペシと白髪の髪を片方の手で軽く叩きながらそう言葉を落とす。
一向に動かず私の腕にくっつくイザナくんの姿につい無邪気な笑い声が口から零れ、喉の痛みが酷くなるのを無視して口の端を小さく上げる。体はまだだるさを残しているが、イザナくんが傍に居てくれるおかげか気分や体はいつもより比較的軽いような気がする。
「…笑ってる暇あんならさっさと寝ろ。」
『だってイザナくん邪魔なんだもん』
どいてよ。ともう一度だけ彼の髪を叩くが彼は呼吸をやめたかのように少しも身動きをしない。この体制でどうやって寝ろと言うのだろうか。
「このまま寝ろ」
『座った姿勢では寝られないかなぁ…』
そんな無茶を吐き捨てるとまたもや黙り込んだまま動かないイザナくんの姿を横目にふーっと肺に溜まり切った酸素を吐き出すように息をする。
明日、風邪が治ったあとの学校のこと考えると気が重くなる。
─…だけど学校のことも、クラスメイトたちのことも、きっとどうにかなるはず。
そう願うような考えを脳に留めたまま、私は目を閉じた。
続きます→♡1000
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