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それから翌日。熱は引き、頭痛も体のだるさも、喉の痛みも気にならないほどに収まった体に制服を身に着け、もう1日休めというイザナくんの反対を押し切って学校へと足を進める。
このままずっと休み続けたら学校へ行く気が伏せてしまう。逃げ出してしまいたいという本心が強くなってしまう。そうなってしまったらきっともう、後戻りなんてできない。
そんな不安による緊張で体が電気に触れたように小さく震える。
『お…おはようございます。』
何かの余韻を持つようにガタガタと震える情けない自分の声を必死に紡いで、教室の扉を開いた瞬間、登校中と比べ物にならないほどの体の奥深くに染み渡るような緊張感が私を襲う。
そんな私の声に気づいたクラスメイトたちの会話は波が引くように止まり、視線が私の方へと向く。体に突き刺さって来るその視線と重苦しい空気に緊張と不安で手に汗を感じる。
本当は今にも逃げ出してしまいたかったが、金縛りにでもかかったように足は一向に動こうとしない。ただただ冷や汗だけがゆっくりと背筋を伝っていく。
そうしている間にもクラスメイトたちの視線は逸らされることなく私に注がれており、会話も止まったまま。時折校庭から聞こえる鳥の鳴き声や雑音すらもが騒音に聞こえるほどの静かさに見えないものに常に監視されているような圧迫感を感じる。
どうしよう。何か言った方がいいのかな。動いた方がいいのかな。
グルグルと考えが脳内を巡るが体は言う事を聞かない。ただただ突っ立たまま時間だけがダラダラと過ぎていく。
そんな海の底にいるような沈黙が体を重く圧している中、ようやく一人の女子生徒がゆっくりと口を開けた。
何か言われると察知した瞬間、反射的に目をグッと瞑る。
「おはよう○○ちゃん。」
だけど、想像していたものとは違う言葉と声色に強張っていた体の力が拍子抜けしたように抜けていく。恐怖心からくる汗とは違う冷や汗が、滝のように身体を流れ落ちた。
「昨日休んでたけど風邪とか?」
「大丈夫?」
一人がそう言えば、周りのみんなも便乗するように優しい言葉を私にかけてくる。
『……ぇ?』
私はぽとりと雫のような、呟くような声色で困惑の言葉を落とす。
視界にはニコニコと人柄のよさそうな柔らかい笑みを浮かべるクラスメイト達が私に労いの言葉を投げかけてくる姿が映っている。その笑みに不自然さは感じられない。
困惑する気持ちのまま恐る恐る頬を親指と人差し指で軽く抓ると案の定、神経が痛みを伝えるピリリとした衝撃が訪れた。
夢じゃない。
『な、なんで……?』
いつも教室に入った瞬間に突き刺さってくるクラスメイト達のあの冷たい視線と罵詈雑言の嵐はいつまで経っても訪れない。ただただ優しい、普通のクラスメイトとの会話が私の鼓膜を包み込むだけ。
こんなこと、いじめが始まってから初めてで「え」とも「あ」ともつかない曖昧な困惑の息が口から洩れ、疑惑が閃光のように頭を掠める。
「なんで…って、私たち友達じゃん!」
子供のようにあどけなく笑いそう告げる女子生徒の声が接着剤でも塗ったようにピッタリと違和感なく耳の中にくっつく。
『とも、だち…?』
胸の奥で大切な暗号をつぶやくようにその言葉を繰り返す。
無意識に鞄の持ち手を握る力を強めた瞬間、固い布の生地が手のひらに食い込んで痛みを作った。だけどそんなもの気づけないほど意識はクラスメイトの言葉へと縫い付けられる。
『…私が?』
疑心の渦がひたひたと広がる自身の心に蓋をして、紙の破けるような掠れた声で問う。
自分が零したその問いかけを聞き届けたその瞬間、もしもここで否定されたらどうしよう。という果てしない不安に、蓋をした心が一本の糸のように痩せていく。
「あったりまえじゃん!○○ちゃんは私たちの大事な友達だよ。」
明るく弾んだ声でそう言われると、指を絡められ、手を握られる。
今まで私を殴っていた手とは思えないほど優しい手つきだった。
「…今までずっと酷いことしてごめんね。」
私のノートや教科書を切り刻んだクラスメイトが一段と柔らかい口調で謝罪を口にする。
「本当に反省してる。」
私を蹴り上げたクラスメイトが申し訳なさそうに視線を落とし、目じりに涙を浮かべる。
「これからは普通の友達として○○ちゃんと仲良くなりたい。」
私の髪を引っ張ったクラスメイトが壊れ物に触れるような優しい力で私を抱きしめる。
「…出来るかな?」
私のことをゴミと呼び嘲笑ったクラスメイトが上目遣いで私を見つめてくる。
その様子に抱いていた恐怖心が煙のように消失していき、代わりに心の中で歓声が雪崩のように高まる。ほのかに笑いを含んだ目尻に糸くずほどの皺を刻む。
『…うん、ありがとう。』
その言葉とともに、私は幸福感に全身が浮かび上がっているような微笑を浮かべた。
続きます→♡1000