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③
ー
病院の自動ドアが、電子音を立てて開いた。
辰哉は少し躊躇いながら足を踏み入れた。
あの日以来、まだ体調はすっきりしない。
頭の重さと、胸の奥に残る苦しさが
取れないまま数日が経っていた。
「深澤さん」
受付の女性がいつもの優しい声で呼ぶ。
「今日は、先生が急用でお休みなの。」
「でも、代わりに別の先生が
見てくれるから、 安心してね。」
深「…あ、はい。」
返事をしながらも、
辰哉の心の中には少しの不安が渦巻いた。
(初めての先生…どんな人だろ、)
ー
「深澤辰哉さん」
名前を呼ばれ、席を立つ。
そして、ゆっくりと診察室のドアを開けた。
「久しぶり。」
この声、
この瞳、
この人、
深「っ……岩本、さん、?」
岩「…うん。」
一瞬、呼吸が止まるような感じがした。
駅のホームで倒れる俺を 見つけた人が、
目の前に“医者”として座っているなんて、
信じられなかった。
岩「ここ、俺の勤務先。」
岩「辰哉くんが来るなんて、
思いもしなかったけどね、笑」
岩本は変わらぬ落ち着いた表情で言った。
深「…なんで、ここに…っ、?」
岩「そりゃ、医者だからね 笑」
ほんの少しも知らなかった人。
でも、あの夜、確かに支えてくれた人。
そして今また、自分の前に現れた。
岩本はカルテに目を通しながら言った。
岩「じゃあ、辰哉くん。」
岩「体調、どんな感じ?」
その一言に、辰哉の胸がじわっと熱くなった。
ー
聴診器を当てる手を引っ込めると、
岩本はカルテにさらさらと文字を走らせた。
静かな診察室
時計の針の音だけが、妙に耳に残る。
辰哉は、少しだけ目を伏せたまま、
迷ったように唇をかんだ。
そして、意を決したように、顔を上げる。
深「……あのっ、」
岩「…ん?」
深「この前、助けてくれた時…」
深「『辰哉くん』って、呼びましたよね、?」
岩「……」
深「あの時…俺、まだ名前言ってなかったと思うんですけど、っ…」
深「…なんで、名前知ってたんですか、?」
岩本のペンが止まる。
岩本はしばらく視線を落としたまま 、
口を開かなかった。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
岩「…驚かせてごめんね。」
岩「…俺、」
岩「…亮平の、義理の兄…なんだよね。」
ー
深「……え、?」
岩「辰哉くん、亮平と幼馴染だよね?」
岩「あいつ、よく喋るでしょ?」
岩「いつも…辰哉くんの話してた。」
深「……」
ー
阿「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
岩「なーに、亮平 笑」
阿「明日、辰哉と映画見に行くんだ〜!」
岩「…亮平さ、いっつも『辰哉』って
言ってるけど、どんな子なの?」
阿「ん〜?」
阿「優しくて、たまにふざけて、」
阿「怒りっぽい所もあるけど…」
阿「一緒に居て、凄い楽しい子だよ!」
岩「…そっか、」
阿「ほら!この、俺の隣の子が辰哉!」
そう言って、亮平はスマホの
待ち受け画面を 俺に差し出した。
亮平と辰哉くんが、肩を組んでいる写真。
岩「…楽しそうだね 笑」
阿「うんっ!!」
阿「言ったでしょ!?」
岩「…何が?」
阿「一緒に居て、凄い楽しい子だって!」
ー
深「っ…泣」
岩「…ありがとね。」
深「…えっ、?泣」
岩「亮平と、仲良くしてくれて。 」
岩本の口調は淡々としていたけれど、
どこか優しい響きが混ざっていた。
岩「亮平ね、喘息って言われてから、
ずっと元気無くってさ。」
岩「でも…」
岩「辰哉くんの話する時だけは、」
岩「表情が生き生きしてたって言うか…」
岩「……」
岩本さんの言葉が詰まった。
深「…岩本、さんっ…?泣」
顔を上げると、
岩「……ごめん、っ…泣」
涙を流していた。
岩「…なんか、感極まっちゃった、笑 泣」
深「、いい…お兄さんですねっ…笑」
岩「……えっ、?泣」
深「…弟思いで、、」
深「、かっこいいです。」
ー
その一言が、思いのほかまっすぐに刺さった。
別に照れてるわけじゃない。
けど、なんでか胸が妙にくすぐったい。
亮平のことなんて、ずっと心の中で
「守れなかった存在」として
引きずってるのに。
兄として大したこともしてやれなかった癖に。
辰哉くんの言葉には、嘘がなかった。
あのまっすぐな目。素直な声色。
(亮平に、似てるな。)
昔の事を思い出した。
ー
俺が医者になる事を決心した日。
阿「お兄ちゃーん!!」
岩「どしたー?」
阿「ここの問題_っ、ごほ”ッ…」
阿「っ、ひゅ”…はぁ”ッ、」
岩「…おいっ、大丈夫っ…??」
岩「呼吸器…」
岩「ほら、吸って…ゆっくり、」
阿「っ、す”ーッ、はぁ”…」
岩「落ち着いた?」
阿「うんっ、ありがとお兄ちゃんっ!」
岩「気を付けろよ、?笑 」
阿「はーいっ!!」
阿「なんか、お兄ちゃんってかっこいいね!」
岩「…えっ?」
阿「お医者さんになれるよっ!!」
岩「…医者、か。」
岩「お医者さんになったら、
亮平の事…診てあげる。笑」
阿「ほんとっ、!?」
岩「…うん、なれたら…ね?笑」
阿「頑張ってね!お兄ちゃんっ!」
そんな夢、叶わなかったけど。
ー
情けないお兄ちゃんだったけど。
亮平の代わりに、ちょっとくらい…
深「…岩本さんっ、?」
深「…あの、大丈夫…ですか?」
岩「…あ、ごめんっ。」
岩「ちょっと、考え事してた。」
守ってあげても、良いのかも。
ー
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コメント
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ねえ、、ちょ、あの、涙腺壊す気だよね、