テラーノベル
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嵐は、唐突に、そして最も残酷な形でやってきた。
緊急役員会議
窓の外を覆う分厚い雲のように重苦しい空気の中
京介の異母兄弟である副社長が、勝ち誇った顔で一枚の書類をデスクに叩きつけた。
「……これは、青桐京介と氷室志乃の間で交わされた『専属配偶者契約書』の写しだ。二人の結婚は、株主と役員を欺くための真っ赤な嘘……醜い偽装工作だ!」
頭から冷水を浴びせられたように、指先から血の気が引いていく。
なぜ、あのマンションの、厳重な金庫に保管していたはずの書類が、なぜあの手に?
視界が激しく歪み、膝の震えが止まらない。
けれど、私の隣に立つ京介だけは、眉一つ動かさずに副社長を冷徹に見据えていた。
「それがどうした。ビジネスにおいて、不測の事態に備えリスクヘッジのために契約を交わすのは当然のことだ。何ら恥じる点はない」
「強がるのもそこまでだ! 『愛のない偽装結婚』で身を固めたなどと世間に知れれば、青桐不動産のブランドは一瞬で失墜する。責任を取って、今すぐ社長職を辞任してもらおう」
解任
その二文字が、鋭い刃となって私の胸を深く刺した。
京介が人生のすべてを賭けて積み上げてきた地位も
信頼も、実績も。
私たちの、私のついた「嘘」のせいで、音を立てて崩れ去ろうとしている。
「……私の、せいです」
重苦しい会議室を出た直後、私は人気のない廊下で京介の腕に縋り付いた。
「私が……私が全部悪いんです。私があなたの秘書でさえなければ、こんな不実な契約なんて、結ぶ必要もなかった……っ」
「志乃、落ち着け。何を馬鹿なことを言ってる」
「でも、解任なんてことになったら……!あなたがこれまで守ってきた場所が……!」
京介は私の震える肩を強引に抱き寄せ、壁の死角に私を追い込むと、耳元に熱い唇を寄せた。
「いいか、よく聞け。あいつらは、俺たちが『愛し合っていないこと』を証明しようとしている。……なら、その逆を、言葉の入る余地もないほど鮮やかに証明すればいいだけの話だ」
至近距離で見つめる彼の瞳には、絶望の影など微塵もなかった。
そこにあるのは、獲物を確実に死地へと追い込むための冷徹な策略。
そして、私に対する狂気にも似た、異常なまでの執着心。
「志乃。……お前は、俺の隣で『完璧な妻』として、あいつらの浅薄な予想を完膚なきまでに裏切る覚悟はあるか?」
彼が私の左手を取り、薬指の指輪があるべき場所を、革手袋越しに壊れるほど強く握りしめる。
始まりは、ただのビジネスとしての契約だった。
けれど、今私の胸を焼き尽くしているのは
彼を救いたい、彼と共にいたいという、契約書には一文字も記されていない「本物」の情熱だった。
「…はい。何でもします。あなたを守るためなら、私は、何だって……」
「なら、今夜は一秒も寝かせないぞ。……俺たちの『真実』が何たるかを、その身体の奥底まで刻み込んでやる」
絶体絶命の窮地に追い詰められているはずなのに、彼は酷く不敵に、そして艶やかに笑った。
それは、最悪の絶望さえも愛の糧に変えてしまう、悪魔のような微笑みだった。
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