テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
役員解任を最終決定づける、 臨時株主総会当日
会場の空気は、まるで公開処刑場のような残酷な冷たさに満ちていた。
副社長派が勝ち誇った顔で居並ぶ中
私は京介の隣に立ち、あえて「氷室秘書」としての鎧を脱ぎ捨て
「妻」としての柔らかな曲線を描くドレスを身に纏っていた。
「青桐社長。契約書の存在が、動かぬ証拠として明るみに出た以上、もはや弁明の余地はないはずだ」
「さあ早く、見苦しい足掻きはやめて、その隣にいる女が単なるビジネスパートナー……いや、金で雇われた身代わりであることを認めろ!」
副社長の卑劣な糾弾に、会場内が波打つようにざわめく。
向けられる懐疑的な視線の数々に
私は震える指先を隠すように、京介の逞しい腕を強く、祈るように掴んだ。
すると、京介は余裕に満ちた優雅な動作で私の肩を抱き寄せ、マイクに向かって不敵に言い放った。
「確かに、始まりは一枚の契約書だった。……だが、その紙切れには到底記すことのできなかった『真実』が、今の俺たちにはある」
「はっ、何を馬鹿な……。往苦しいぞ、青桐!」
「愛のない偽装だと言い張るのなら、今この場で、その言葉がどれほど空虚なものか確かめてみるがいい」
京介が、ゆっくりと私の方を向いた。
何百人という衆人環視の中、彼は私の視界を守っていたシルバーフレームの眼鏡を静かに外し
自由になった私の顎を優しく、けれど逃がさない強さで掬い上げる。
ぼやけた視界の中で、彼の瞳だけが、異常なほどの熱を持って私を捉えていた。
「志乃。……愛している。心から」
吐息が触れるほどの距離で囁かれた言葉と共に、重なった唇。
それは、共に過ごしたどの夜よりも深く、切実で、そして狂おしいほど情熱的な口づけだった。
もしこれが仕事としての「演技」だというのなら
これほどまでに胸が締め付けられ、視界が涙で滲むはずがない。
唇からダイレクトに伝わってくる彼の速い鼓動が
彼自身の揺るぎない、剥き出しの愛を何よりも雄弁に物語っていた。
会場のあちこちから驚愕の溜息が漏れる。
副社長が顔を真っ赤にして絶句する中、京介はゆっくりと唇を離すと
私の左手を高く、誇らしげに掲げた。
「契約書は、志乃という唯一無二の存在を繋ぎ止めるための、俺の卑怯な執着の証だ。職務上の責任は取るが、この愛まで偽物だとは、誰にも言わせない」
その堂々とした宣言に、懐疑的だった株主たちの顔つきがみるみる変わっていく。
愛のために己の地位すら危うくするCEOの姿は
冷徹な独裁者よりもはるかに人間味に溢れ、真に信頼に値するリーダーとして彼らの目に映ったのだ。
「……京介、私……」
「終わったら、二人でゼロからやり直しだ。……お前の祖母にも、もう嘘をつく必要はない。胸を張って、本当のことを言いに行こう」
彼が私の耳元で、私だけに聞こえる声で優しく囁く。
一枚の嘘から始まった契約が、真実という名の運命へと書き換えられた、奇跡のような瞬間だった。
私たちは、人生最大の危機を「愛」という名の最も強力な武器で、誰よりも華麗に突破してみせたのだ。
#ワンナイトラブ