「なんだい? よしお、いや和尚様、説教でもしに来たのかい? それとも同情して慰めに来てくれたのかな? ははは」
「どちらでもないのでござる、寺のお蔵で見つけた物をお渡ししようと思ったのでござるよ、これを」
そう言って一枚の栞(しおり)、シロツメクサの花が押してある例の叔父、昼夜(ちゅうや)の遺品を差し出したのである。
「ん? こ、この筆跡(て)は! ちゅ、昼夜の?」
姿勢を起こして問うツミコに頷きを返す善悪はさらに言葉を続けた。
「シロツメクサの花言葉は『私を愛してください』でござろ? 叔父さんツミコさんのこと好きだったんだなって…… それだけ伝えて置きたかったのでござる」
善悪の言葉に答えることも無く、栞を見つめるツミコの肩は少し震えていて、表情も歪み掛け今にも泣き出すのでは無いかと見えた。
だが、ほんの数秒後には顔付きを引き締め、口元をギュっと結んだツミコは、はっきりとした声で善悪に答えたのである。
「善悪、それは違うんだよ、シロツメクサの花言葉にはもう一つあってね、この栞の意味はそっちだよ、『約束』、昼夜がアタシに伝えたかったのはその言葉なんだ」
「『約束』で、ござる、か? 」
「ああ、アンタやコユキと同じでアタシと昼夜も幼馴染でね、小さい頃から一緒に過ごしてきたんだよ、まあ例によって婆さんやアンタの爺さん、陰陽(かげはる)さんには良い顔されなかったけどね…… 子供の頃にね、地区の世話好きの叔父さんたちに連れられて山登りに行ったんだよ、その時にね、帰り道の途中で休憩している時に昼夜がリスを見つけてさ、森の中に追いかけて行ったんだけど出発の時になっても帰って来なかったんだよ、今考えれば大人の人に言わなきゃいけなかったんだけどね、馬鹿な子供だったアタシは一人で昼夜を探しに行っちゃってね、森の中を歩き回った結果、沢の岩場でしょんぼりしている昼夜を見つけたんだけど、その時にはすかっり迷っちゃっていて、二人でめそめそしていたんだ」
そこで一旦言葉を止めて善悪に向けて微笑んだツミコの顔は、思わずドキッとするほど優しくて美しくて善悪が息を飲む程であった。
「結局二時間後くらいに発見されて無事だったんだけどさ、気が付いた引率の人等(ら)が頼んだ近隣の人たちが総出で探してくれたんだけど、結構な大騒ぎになってね、アタシも怒られてペコペコ謝ってたんだけど、昼夜はアタシ以上にお説教されて真っ青になってガタガタ震えてたんだよ、お前のせいでこの娘も死ぬところだったんだぞ、なんて怒鳴られてね…… その日はそれで済んだんだけど、二、三日して昼夜が言って来たんだ、今後もし自分が危なくなってもツミちゃん、アタシは助けに来ちゃダメだってさ、僕もそうするからこれは二人の約束だぞっ、そう言ってシロツメクサを一輪渡してきてね」
「『約束』…… でござるか」
「ああ、そう勝手に言って本当にそうし始めたんだけどね、マラソン大会の途中で転んだアタシをチラチラ見ながらも置き去りにしたりね、子供のやる事だからピンチなんてそんな程度のもんしか無いだろ? でもさ、そう言う事があるといつも決まってシロツメクサの花や押し花をアタシの机の上に置いていったっけ、僕は見捨てたんじゃない、約束だからって言い訳でもしているつもりだったんだろうね、この最後の栞もきっと、約束だから助けに来るな、仇なんて取らなくていいぞって、たぶんそんな感じで念を押したんじゃないかな? あはは、成人してからはそんなやり取りも無くなって行ったんだけどね、三十過ぎて子持ちになってから思い出してるなんて、本当子供みたいな奴だったよ…… あはは」
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