TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


川原を見つけてホテルを出た私と蒼は、川原の身柄を充さんに預けた。

川原を監視し続けるには私たちでは人手が足りなかったし、元はと言えば充さんが川原に逃げられたところから話がややこしくなっていたのだから、そこから正すのがいいと判断した。

週明け。私は出勤を一時間早め、充さんと副社長室にいた。

「川原の証言は録画したし、こちらはいつでも取締役会を招集できるぞ」

充さんが、私がカフェで買ってきたコーヒーを一口飲んだ。蒼と違い、充さんは熱いものが平気だ。

「そうですか……。でも、取締役会は待ってください。内藤社長と城井坂マネジメントの狙いがはっきりしていないので……」

「金曜の伯父さんの慰労パーティーまでに、蒼はお嬢様の口を割らせられるか?」

「やってもらいます」

今夜も、蒼は城井坂麗花に会う。

「目的のためなら、蒼がお嬢様を抱いても構わない?」

充さんは明らかに私を試していた。

「私の気持ち以前に、それはないでしょう」

「どうかな? お嬢様を油断させるために、キスやお触りくらいは必要かも?」

私は充さんの挑発に乗るまいと、平静を装う。先週、醜態を晒したばかりだ。

「そうですね。それで情報が手に入るなら仕方ないですね」

「なんだ、つまんねー反応だな」

「ふざけないでください」

充さんといると、自分のペースを乱される。それを、嫌じゃないと思っていることに、少し罪悪感を覚える。

「川原は?」

「大人しいもんだよ。一応、監視はつけている」

「同じミスはしないでくださいよ?」と、私は充さんに冷ややかな視線を向けた。

「わかってる。で、取締役会は?」

「来週早々にでも」

「ふぅ……ん……」と、今度は充さんが私に物言いたげな視線で返した。

「蒼に言ってないだろ、お前がしようとしてること」

充さんが私の計画に気付いていることに、少し驚いた。


ハッタリ……?


「必要ないでしょう?」

「あんまり苛めるなよ」

「秘密って……そそられません?」

蒼は私と探り合いはしない。だから、充さんとの探り合いというか、駆け引きのような会話が楽しい。

「秘密ね……。それが咲のスイッチか」

「スイッチ?」

「そ。なんつーか……、お前が『女』から『メス』になるスイッチ?」

頭の奥で、警報が鳴った。

この人はダメだ。

「あいつがいなけりゃ俺が欲しかったよ、マジで」

「それは、残念」と、私は余裕の微笑みを作った。

「心にもないことを……」と、充さんが笑った。

部屋の外で社員が挨拶を交わす声が聞こえた。腕時計を見ると、始業時間の二十分前だ。

「さて、今日も仕事しますか」

充さんはコーヒーを飲み干した。私は空のカップを受け取ろうと、手を伸ばした。

「仕事の後、ドレスを買いに行くぞ」

充さんがカップを手渡しながら言った。

「可愛い咲ちゃんにプレゼントしてやるよ」

充さんの指が、私の指に触れる。

「贈ったドレスを脱がしたい、なんてベタなネタなら遠慮します」

充さんに触れられた指が、熱を帯びる。

「それは、残念」と、今度は充さんが言った。

「遠くない未来の義妹へのプレゼントだよ」

ポンッと、充さんが私の頭に手を置いた。

また、私の体温が少し上昇した。

「兄貴はどうする?」

自分でも驚くほどあっさりと、私の体温は平常に戻った。

「藤川が連絡をします」

「親父は?」

「そのことでお願いがあります」

充さんは私が『お願い』を言う前に、スマホを取り出した。


*****


「おはようございます、成瀬さん」

副社長室を出て、背後から名前を呼ばれて振り返ると、爽やかな笑顔を向けられていた。

宮内晃広。

「おはようございます、町さん」

私は軽く会釈をした。

「あなたはそちらの名前で呼んで下さるんですね?」

宮内が小声で、だけど私に聞こえるように言った。

週末、宮内に目立った動きはなかった。川原に逃げられたというのに。それが、私の仕業だということも知っているだろうに。

「成瀬さん、今夜食事でもいかがですか?」

「え……?」

「すみません、突然。でも、成瀬さんとゆっくりお話ししてみたいと思っていたんです。僕たち、共通の趣味もありますし、楽しめると思いませんか」

そう言って微笑む宮内の目は、明らかに私への敵意に満ちていた。


何を考えている……?


なぜか、私は迷いなくこう思った。


誘いにのってみるか……。


「そうで——」

「悪いが、彼女は今日は残業でね」

冷静で冷ややかな声が、私の言葉を遮った。

「副社長……」

「成瀬、会食に同行しろと言ったはずだが?」

充さんが無表情で言った。

「そうでしたか、ではまたの機会に」と言って、宮内は秘書室に入って行った。

「ちょっと来い……」

私は充さんに言われるがままに、副社長室へ引き返した。

「誘いにのろうとしたな……?」

怒鳴られると思いきや、充さんは深いため息をついた。

「蒼がわざわざ俺に、咲を守ってくれって言った気持ちがよくわかったよ」

「蒼は心配し過ぎなんですよ……」

「馬鹿野郎!」


やっぱり、怒鳴られた——。


「蒼じゃなくても心配するわ! 川原も確保できたんだ、今は危険を冒す時じゃないだろ」


危険を冒す……。


そんなつもりはなかった。

だから、そのままを口にした。

「そんなつもりはありませんけど……」

「じゃあ、なんだよ。宮内と楽しく食事をしようとしたのか?」

「…………」

どういうつもりだったか、と聞かれると答えられない。

「無自覚かよ……。蒼が妬くのも頷けるな」

「え?」

「お前、宮内に興味があるんだろう?」

「はいっ?」


興味……?


「興味じゃなきゃ、執着だ。『宮内は私の獲物だ』なんて啖呵切るくらいだもんな」


執着……?


「とにかく、次にあいつに誘われてものるなよ!」

「はい……」

充さんは私を信じなかった。

一日中、私をそばに置き、宮内と二人きりにしないように徹底した。給湯室にコーヒーを淹れに行くのですら、同行した。

『副社長が秘書を溺愛してる』と社内で噂になるのは避けられないだろう。

女は秘密の香りで獣になる

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

7

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚