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「それで、僕に何か言いたいことがありそうだが」
ルシンダたちから離れたところで、クリスがライルに問う。
「……よく分かりましたね」
「顔に書いてある」
意図を見透かされ、ライルは何とも言えない気持ちになる。きっと目の前のこの男は、ライルが何を言ったとしても軽くいなしてしまうのだろう。
やるせない思いが、ライルの口をついて出る。
「……ずるいです」
「ずるい?」
「ええ。あなたが突然いなくなったから、ルシンダはずっと気にしていた。それが急に帰ってきてルシンダの上司になるなんて。あなたがルシンダの心を独り占めするから、俺は──」
自分でも情けないことを言っていると思う。でも、先ほどの戦闘でルシンダがクリスに向ける眼差しを見て、愕然としたのだ。
自分に向けられるのとは確実に違う感情のこもった眼差し。
その瞳には、きっと彼しか映るのを許されていない。自分が割って入れる余地なんて存在しないのだと思わされた。
自分だって、ずっと彼女のことを想ってきたのに。
今年、準騎士から正騎士に昇格したから、彼女にも本格的にアプローチしていくつもりだったのに。
それをクリスが横から掻っ攫ってしまった。
ぐっと拳を強く握りしめるライルに、クリスが冷徹な視線を返す。
「君がルシンダの心を射止められないのは僕のせいだと言いたいのか?」
容赦なく核心をつくクリスの言葉に、ライルの耳が羞恥で赤くなる。
「普通に考えれば、ルシンダと離れ離れだった僕よりも、ずっと彼女の近くにいられた君のほうが有利だったと思うが。僕がいなかった三年の間に、いくらでも機会があったのでは? 何もせず時間を無駄にしたのは君自身だ。僕に責任転嫁しないでほしい」
その通りだった。クリスの言葉は、すべて正しい。
学院を卒業したら。もっと仕事に慣れたら。正騎士に昇格したら。なんだかんだと理由づけして、行動を先送りにしていたのは自分だ。
ルシンダとの穏やかな友人関係が心地よくて、それが壊れるのをどこかで恐れていた。
自分はもっと果断な人間だと思っていたのに。しかし、それだけルシンダを失うことが怖かった。
何も言い返せずうつむくライルの肩をクリスがぽんと叩く。
「僕は向こうで獲物を探す。君も少しひとりで頭を冷やすといい」
「……はい」
遠ざかっていくクリスの後ろ姿を、ライルはしばらくの間、遠い目で見つめていた。
◇◇◇
翌日。ルシンダたちは早朝から捜索を開始していた。
昨晩は、クリスとライルがそれぞれ立派な鳥を狩ってきてくれたので美味しい食事をお腹いっぱいとることができ、体力は十分だった。
(でも、アーロンとライルは大丈夫かな? 昨日は調子が悪そうだったけど……)
昨晩のアーロンとライルはどことなく覇気がなく、夕食での会話も少なめだった。
疲れのせいかと思い、早めに休んでもらったが、体調は回復しただろうか。
二人の具合が気になって、ちらちらと様子を窺っていると、突然アーロンが立ち止まり、草むらへと近づいた。
「アーロン、どうしたんですか? やっぱり体調が──」
「ルシンダ、それに二人も見てください」
具合が悪いわけではなさそうなアーロンが、草むらを指差す。
「ここ、草が倒れたところに人の足跡のようなものがあります」
言われて見てみれば、たしかに誰かが草を踏み分けた跡のように見える。
「本当だ。人の足跡に間違いないな」
「見たところ二種類ある。大きさからいって男女の足跡だ」
「女性の足跡は乳母の可能性がありますね」
「ああ、こんな場所に人の足跡があるのはおかしいからな。女の足跡は乳母、男の足跡は悪魔のものだろう」
クリスの推測に、今まで翳っていたアーロンとライルの瞳に光が差す。
「つまり、この付近に乳母と悪魔がいるかもしれないということですね」
「はい、そう思います。足跡の向きからすると、あちらの方角に隠れている可能性が高い。精霊に探らせます」
クリスがシルフィードを召喚し、足跡が向かっている先を探るよう命じる。シルフィードは、また苺ケーキの報酬を約束させると一陣の風になって去っていき、ほどなくして戻ってきた。
「向こうの洞窟に悪魔がいます」
◇◇◇
シルフィードに教えてもらった洞窟に入り、足音を消して奥へと突き進んでいくと、やがて岩壁に松明が灯された広い空間が現れた。
(人の気配がする……!)
ルシンダが恐る恐る中の様子を窺おうとしたそのとき、老女の怒鳴り声と、若い男の呆れたような声が聞こえてきた。
「メレク! 命令を聞きなさい!」
「命令? 勘違いするな。俺がお前の願いを叶えてやってるんだ」