テラーノベル
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「あっ、今日も来てくれたんですね! お兄さん!」
病室の扉を開けた俺を待っていたのは、弾むような声だった。
その明るい響きが、どんなナイフよりも鋭く、深く、俺の心臓を抉る。
彼女が浮かべる微笑みは、つい先日までとは打って変わり、ひどく穏やかだった。陽だまりのように柔らかい瞳。……本当に彼女は、俺の知っている彼女なのだろうか。
しかし、その穏やかな表情とはあまりに残酷な対比をなす身体が、彼女が彼女であることを証明していた。
左腕は、肘から先が何かに引きちぎられたように失われている。右手は、剣を握るためにあったはずの指が二本欠けていた。
視線を下げれば、右足は膝から下がなく、左足に至っては根元から無残に断たれている。
そして顔――頭の大半と左目を覆い隠すように、真新しい包帯が幾重にも巻かれていた。
痛々しいという言葉すら、口にするのが憚られるほどの損壊。
けれど、それが余計に、彼女が間違いなく彼女であることを突きつけてくる。俺の記憶にある彼女の輪郭と、その傷跡だけは、寸分の狂いもなく一致してしまっているからだ。
「ああ。今日は、木の実のクッキーを持ってきたよ。好きだった……はずだ」
「えっ、本当ですか?!」
散歩に誘われた子犬のように、彼女は顔を輝かせた。
本来なら、その笑顔は喜ぶべきものなのだろう。命を繋ぎ、ようやく見せてくれた平穏な表情なのだから。
だが、俺の胸に去来するのは、吐き気を催すほどの悲哀と、行き場のない憎悪だけだった。
溢れ出しそうな感情を奥歯で噛み殺し、俺は歪な笑顔を貼り付ける。
「ああ。ほら、食べてくれ」
差し出した小さな包みを、彼女は不自由な両手を使って、もどかしいほどゆっくりと開けていく。
クッキーを一口頬張ると、ぱあぁ、と効果音がつきそうなほど彼女の顔が綻んだ。
「……おいしいっ! お兄さん、これ大好きです!」
かつて、空前絶後の戦闘の天才とまで謳われ、戦場を統べる獅子の如き気高さを誇った彼女。その成れの果てが、この無垢すぎる少女の姿なのか。
そう思ってしまった自分を、今すぐ殴り殺したくなる。
彼女をこの空っぽな姿に変えてしまったのは、紛れもない、俺の弱さだったのだから。
この国は、随分と前から魔物害に喘いでいた。
文字通り、魔物の大量発生や大移動による災害。それらから市民を守り、盾となるのが、軍に所属する俺たちの役目だった。
その日も、被害の出た地域で救助にあたっていた。
運命がこれほどまでに非情であることを、俺はまだ知らなかった。
「――っ、急げ! 下がれ、下がるんだ!」
押し寄せる魔物の波に抗いきれず、俺たちは廃屋への撤退を余儀なくされていた。
三十人いた仲間たちは、黒い津波に飲み込まれるように次々と姿を消し、残されたのは俺と彼女の二人だけ。
「私を置いて、先に行って!」
彼女が叫んだ。その小柄な体躯からは想像もつかないほど、裂帛の気合がこもった声だった。
その時の彼女は、すでにボロボロだった。
左腕は肘から先を失い、鮮血がボタボタと地面を叩いている。指の欠けた右手でかろうじて剣を握り、左目を覆う包帯を真っ赤に染め上げながら、それでも彼女は前を睨んでいた。
「は?! できるわけないだろ、そんなこと!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
食い下がる俺を、彼女は首が折れんばかりの勢いで振り返り、射貫いた。
「戦えるのは、私とあなただけ。……そして、私の方が強い。だから!」
晴空 めると 🌙
515
あんにゃ
一呼吸。
その瞳に宿ったのは、死をも受け入れた、あまりに透明な覚悟の色。
「――私に、任せて」
彼女は腰の剣を引き抜き、失われた左腕の断面に、魔力の炎を灯した。欠損を補うように揺らめくその光が、彼女を悲劇的なほど美しく照らし出す。
彼女は俺を見つめたまま、一歩も引かない。
先に折れたのは、俺の方だった。
「…………っ、……分かった。絶対に死ぬな。……必ず、すぐに援軍を連れてくる!」
「楽しみにしてる」
彼女は短く、不敵に笑って、廃屋の出口へと踏み出した。
その先には、獲物を待ちわびる魔物の群れが、無数のぎらつく眼光を光らせている。
「……くそっ! 全員行くぞ! 彼女が作ってくれた道を無駄にするな!」
俺は喉が裂けるほどの声で叫び、生存者たちを馬車へと押し込んだ。
馬車を走らせながら、一度だけ振り返った。
爆炎と怒号の中に消えていく、彼女の小さな背中。
それが、俺の知っている戦士・セツナを見た、最後の瞬間だった。
コメント
1件
うわあ……冒頭から心臓を掴まれた。病室の穏やかな笑顔と、回想の戦場で「私に任せて」と言い放った獅子のような覚悟のギャップが凄まじいです。特に「楽しみにしてる」と不敵に笑ったあの一瞬が、今の彼女の無垢な姿と重なって、胸が痛すぎる……。設定が無駄に重ならず、伏線として効いてるのが好みです。続きが気になりすぎます。