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第28話「星にお願い」
「星って、だれがつけた火だと思う?」
ユキコが言った。
夜の空は、きょうはやけに遠くて、
どの星もピントが合っていないみたいだった。
ナギはその問いにすぐ答えられず、
ひざを抱えたまま草の上に座っていた。
彼女は古びたベンチコートを着ていた。
真夏には似合わないけれど、夜風にふれるたびに冷えた骨がわかる気がして、
脱げなかった。
その上に、ユキコがそっと、朱色のタオルケットをかけてくれた。
それは、おばあちゃんの家にあったものらしい。
糸がところどころ抜けていて、ふしぎな模様になっていた。
「わたしはね、忘れられた願いが星になったんだと思ってる」
ユキコは空を見上げたまま、静かに言う。
今日のユキコは、髪を二つに分けて結んでいた。
青磁のような鈴が揺れて、
風が吹くたびに「からん」と鳴った。
ナギは黙って、星を一つ指差した。
それが流れ星じゃないことを、ちゃんとわかっていたけど、
「なにか言わなきゃ」と思って──
「お願い、しなきゃ」
声が出るまで、時間がかかった。
「どんな願い?」
ユキコは聞かなかった。
ただ、指先だけをナギの手の甲に重ねてきた。
重さはなかった。
でも、そこに“触れられた記憶”だけが、妙にリアルに残った。
「ユキコの願いは?」
「わたしは、願うというより……まぎれたいな」
「どこに?」
「星と星のあいだに。そこ、きっと誰にも見つけられないから」
「でも、わたしは見つけるよ」
「どうして?」
ナギは、ちょっとだけ笑った。
その笑いは、泣きそうな顔とそっくりだった。
「たぶん、そこにいるってわかるから」
空にひとつ、星が流れた。
あまりに早くて、名前をつける間もなかった。
スタンプ帳には、五芒星のかたちをした印が押されていた。
線が少しかけていたけど、それもまた、願いの途中みたいで──
ナギはそっと、そこに指を添えた。
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