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ただ、これは予想で、私の憶測に過ぎないのだが、それでも、憎みきれないというか、私は混沌が全て悪いというわけじゃ無いと思う。
そんなこと言ったら皆、混沌のせいだろ、お前も混沌に洗脳されているんじゃないのか、何て言われそうだけど、まあ言われても傷つかない自信がある。
というか、もうこれ以上傷つくことはないんじゃないかって、それぐらい強くなった気もする。
(声がする。混沌の声って、いつもかなしい子供の声なんだよな)
ファウダーの身体だから、という理由じゃなくて、何というか混沌の声は、ずっと子供の声で再生されているのだ。子供が助けを求めるような可哀相な声というか。私にはそう聞えるわけで。
真っ暗で何も見えず、私の名前を呼ぶ声だけが響いていた。悲しそう。こっちに早く来てって呼びかけるような声。暗い海の中、行きも詰まるような冷たい空間に投げ出されてどれぐらい立っただろうか。先ほどの真っ白な空間も気が狂いそうだったが、こっちもこっちで、かなり応えるものがある。
(見えない分、あれかも知れないけれど……精神的には、恐怖の感情が強くなると言うか)
暗闇は、人間の本能的に怖いと思う物だ。それは、視界が遮断されているから。何も見えないから、何かあるんじゃないかと怯えてしまうのだ。だから、暗いところは嫌いだ。大丈夫と言う人もいるだろうけど、大抵は怖いはずなのだ。
「混沌……」
何処にいるのかと声を出してみれば、絶えず私の名前を呼んでいた声が止った。私の声に反応したのかと、もう一度口に出してみれば、ヌッと空間がねじ曲がったような音がした。
『聖女様』
「混沌、姿を見せて、私はここにいるから」
もうアンタなんて怖くない。だから、姿を見せろと、少し挑発的にも聞えたかも知れないが、私的には、もう大丈夫だから出ておいでという意味が強かった。だが、混沌からのアクションはない。
(私のこと怖がっていたりしないよね?)
相手が、恐がりな子供と仮定して、私のことを知っていても、姿を見せるのが怖いのかも知れない。倒されるとかそういう以前に。
だが、こちらが止って待っていると、観念したのか、混沌らしき何かが、真っ暗闇の中でうごめいた。
「……」
『聖女様』
「ファウダー」
混沌という名前で呼ぶべきか迷ったが、何となく、その姿を見たら、混沌ではなく、ファウダーという名前で呼びたくなった。私の塵みたいな記憶をたぐり寄せて、ファウダーという名前の意味が、混沌であることを思い出したため、どちらにしても混沌と言おうが、ファウダーと言おうが一緒だと思った。でも、名前で呼んであげたくなったのだ。
私の目の前に現われた混沌は、私をじっとそのアメジストの瞳で見ると、怯えた子供のように口を開いた。
『聖女様、何で?』
何で? とは、何にたいしてなのだろうか。
自分を怖がらないのは何で? 自分を恨んでいないのは何で? そういうことだろうか。何に対して何で? なのか、私は分からなかったが、私は彼を恨んでいるわけでも倒したいわけでもないと思っている。
そりゃ、混沌のせいで災厄が起こり、人々が争い合って、憎しみあって……負の連鎖が続くのは分かるし、嫌なことだし、迷惑だ。でも、混沌がそうやりたくてやっているのではないと私は思っている。
いつぞや、星流祭で女神と混沌の演劇を見たときに、混沌が本当に悪い物ではないんじゃないかと、思ってしまったからだ。
いいや、今になってみて思う。
混沌は、本当の悪ではないと。だが、混沌を倒さないことによってはこの災厄という物は止らない。世界が滅亡してしまうかも知れない。そんなリスクはあるわけで。
(でも、哲学的なこととか、あれだけど、混沌が悪というのは違う気がする)
それは、この世界にきてから、私が受けた仕打ちや、前世のこと。全てひっくるめて、悪という物は、人間の醜い感情から生れた副産物に過ぎないと思ったからだ。
ゲームで言う悪役だって、それこそ、このエトワールだって初めから悪かったわけじゃない。悪なんて存在しない。誰かが、悪だと認定しない限りは。
『聖女様は、ぼくを恨めば良いのに』
「何で、アンタを恨まなきゃいけないのよ」
『じゃあ、聖女様は、ぼくのこと愛してくれるの?』
と、目の前で私を見つめるファウダーは言う。
可愛い容姿をしていて、その声はずっと震えている。確かに、こんなに可愛い弟がいたら、ブライトも彼のことを殺せないだろうなあ何て思ってしまう。と言うか、子供相手に手を挙げること何て普通の人間には出来ないだろう。少なくてもブライトは。
(愛してくれるの……か)
その言葉を聞いて、混沌の本当に求めていたものを分かった気になってしまった。
愛が欲しい。それが、混沌の本音なんだろう。自分は、ただ人間の醜い感情の寄せ集めで出来てしまった産物で、それなのに忌み嫌われてしまって、それで、誰からも愛されず嫌われ続けて。
だから、エトワールを選んだんだろう。
ヒロインストーリーでは、トワイライトじゃなくて、自分と境遇の似たエトワールを復活のために生け贄にしたのではないかと、私は思った。エトワールも何もしていないのに忌み嫌われて、それで傷ついた少女だったから。
私もこの世界にきてそれを体感してしまった。
何もしていないのに嫌われる感覚。差別の目、そして、コロッと手のひらを返す人間の弱さにも触れてしまった。
私が、本来のエトワールでないと言うことは、混沌も既に気づいてるだろう。気づいていて尚、私を堕とそうとしているのは何故か。
きっと、私に理解して欲しかったから。自分の存在を。混沌は何処まで行っても悪で、悪としてしか扱われない。善の心を持たない、未発達で、未熟な感情の塊だ。それが、真っ黒に塗りつぶされている可哀相な存在。
「愛してくれるの……か、うーん、どうだろう」
『……矢っ張り、聖女様もぼくのこと嫌い?』
「嫌いじゃないよ。というか、アンタは、なりたくて、そんな存在になったわけじゃないでしょ」
毎度のように、聖女に封印されて、何もしていないのに、理解されなくて、封印されてを何千年と繰り返してきたのだろう。初めて、女神と対峙したときも、彼女なら理解してくれると思ったのに、女神ですら混沌を理解できなかった。否、女神には人間らしい感情が無かったからだ。女神は何処まで行っても善の感情の塊だ。それに比べて、混沌は不の感情の塊。わかり合えるわけがなかったのだ。善の感情は、善を貫くためにしか動かない。善は、不を悪を滅ぼすためだかの存在だ。だから女神は、混沌を救えているようで救えていなかった。
混沌の方がよっぽど人間らしくて、女神は、神聖な存在で人間の感情をしっかりと理解できていなかった。
あの劇はそういう意味が込められているのだろう。それを、皆理解しないだけで、女神役の人が苦しそうなかおをしていたのは、演じている人が人間だから。混沌のことを理解してしまったからではないかと。
『じゃあ、聖女様はぼくに何を望んでいるの?消えて欲しいの?また、封印するの?』
泣きそうな声でファウダーは言う。
封印されたくないのだろう。封印という物がどのように行われて、どんな風に閉じ込められるかは分からないけれど、何百年も一人で眠りにつかされるのは耐えられないんじゃ無いかと思う。
だって、混沌ってきっとこんな子供みたいな存在だから。
私は、一歩混沌に近づいた。混沌は、一歩引き下がったが、それ以上は後ろに下がらなかった。
「大丈夫」
『……聖女様は、本当に聖女様なの?』
「あれ? 私のこと分からない?」
『……天馬巡』
と、私の本当の名前を呼ぶ。混沌は、苦々しい顔を私に向けていた。どんな感情なんだその顔は、と思いつつ、私は混沌と目線を合わせてそれから優しく抱きしめた。強く抱きしめたら壊れてしまいそうな身体をしていた。ブライトもこんな風に彼を抱きしめてあげただろうか。
多分、ブライトには抱きしめられたことはないのだろう。だって、彼も色々葛藤していたから。でも、彼は、弟であるファウダーのことを憎みに、憎みきれなかった。彼は優しかった。混沌を理解し得れる存在だった。
『何で抱きしめるの?』
「何でって、抱きしめて欲しそうな顔してたから」
『聖女様はぼくのこと嫌いじゃないの?何で憎くないの?』
「その質問ばっかりだね。さっき言ったじゃん。アンタを憎む理由はないよ。アンタも生れてきたくて生れてきた存在じゃないでしょ。それに、アンタだって愛される権利はあるはずだと思うから」
『ない』
そう断言しつつも、混沌は私の背中に手を回した。
こんなに簡単にいくとは思っていなかった。勿論、下心的なものは何にも無いし、私の本心でもあるけれど。これまで、苦労してきたのがバカみたいに思えてきた。話が通じる相手じゃないか。なのに、どうしてここまで苦労してきたんだろう。
(ああでも、色々経験してきたからこそ、今理解できているって言うのはあるのかも知れない……けど)
確かに、ここに来たばかりの私だったら、混沌のことは理解できていなかっただろう。ここにきて、エトワールとして生きて、攻略キャラや他の人達と関わる中で私も成長できたんだと思う。
だから、今なら、私は――――
「私は、アンタを封印しない。それを、皆に伝える。でも、災厄だけはどうにかしたい。アンタは、消えないだろうけど、私はアンタと向き合ってあげたい」
『……聖女様』
だって、アンタは、混沌って言う存在は、誰の心の中にも居る人間の欲の部分だから。