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「狼族の暴走は恐ろしいのでよろしくお願いいたしますね」
ヴァレンティーンが貴族とのやり取りで得た情報を流してくれる最中、私の隣に座ったローザリンデは幸せそうにミルクティーを飲んでいた。
薔薇の形をした砂糖を三個も入れているところを見るに、神経をすり減らすやり取りだったのだろう。
長く貴族社会を渡ってきたローザリンデだが、最前線から退いていた時間は短くない。
何時も以上に疲れてしまったようだ。
「はぁ、一息ついたら最愛たちの断罪ですね。アリッサ様も参加なさいますの?」
「陰で隠れて……と言われていたんですが、やはり特等席で見たいかなぁと。同じ最愛の称号を持つ方たちの断罪ですから。戒めにと」
夫だけでなく彩絲と雪華にも止められたけれど。
近くで見ておきたかったので、ごり押ししてしまった。
そこまで言うのならと三人とも渋々認めてくれたけど、過保護が過ぎる手配は受け入れざるを得なかった。
「御方様の許可は下りましたのでしょうか」
「何とか。あまりに身の程を知らないようであれば、主人が直接罰を与えると言っておりました」
「御方様の罰!」
そこで目をきらきらさせるのはどうかと思うのです、フュルヒテゴット様!
「まぁ、フュルヒテゴット殿が興奮するのもわかるが、我のような無骨者には少々きついのぅ、ユルゲンよ」
「は。どれほど努力をしても届かぬ高みを見せつけられると、胸の痛みを感じてしまいます……恐れ多いことでございますが」
「俺は面白いですけどね、御方様のお怒り!」
「お前は少し、落ち着こうな」
イェレミアスの発言に、ヴァレンティーンが肩を叩いた。
仲良しで何よりだ。
「フュルヒテゴット様は断罪に参加されますか?」
「水の最愛には物申したいのぅ」
「他の者にも是非お願いいたします。神殿からの声もあった方がよろしいかと」
「それもそうじゃな。最初から最後まで参加させていただくとしよう」
そうなるとマテーウスも参加かな。
王城側としては私を入れて八人か。
断罪される側は何人ぐらいいるのかしら。
家族や親族も参加するなら結構な大所帯になりそうだ。
「……そろそろ大丈夫かな、リンデ」
「……はい。大丈夫ですわ」
さくさくのスコーンを口にしていたローザリンデは、ミルクティーで流し込んで、素知らぬ顔でヴァレンティーンに答える。
思わず笑みが零れたのはヴァレンティーンだけではない。
女王が愛すべき存在であり、愛を捧げるに相応しい存在なのは国に取ってもいいことだろう。
「では、移動しようか。先頭はエリス様、殿はユルゲンでお願いしたいのですが」
「承ろう」
「了解した」
私の隣には引き続きフュルヒテゴットがいる。
帽子の傾きを直しているのが微笑ましい。
つられた私もヴェールを下げた。
ほとんどの時間結界内で過ごすとはいえ、戴冠式に相応しい装いをとノワールたちが頑張ったが、儀式向けの比較的シンプルな装いは意外と楽だった。
ノワールたちの苦労の賜物なのだろう。
ただ断罪の場には向かないかな? と思案したのだが、儀式用の装いであれば問題なしですぞ! とフュルヒテゴットが太鼓判を押してくれたので、そのままで向かうと決めた。
「清楚で美しい装いに、屑どもはいろいろな意味で騒ぎましょうが、どうかお心を痛めぬよう……」
先を歩いていたヴァレンティーンがくるっと振り向いて注意をしてくれる。
「ええ、承知しておりますよ。お心遣いありがとうございます」
ヴェールの下での微笑は見えないだろう。
だが言葉に籠もった温みで私の感情は正確に伝わるはずだ。
王城内神殿まで距離はなかった。
エリスが勢いよく扉を開け放つ。
中にいた者たちが、揃ってこちらを向いた。
断罪される最愛三人は手首を拘束されて、跪かされている。
既に暴れたあとなのだろう。
三人にそれぞれ屈強な騎士と、ローブで顔を隠した魔法使いらしき人物が監視をしていた。
祭壇の前にローザリンデとヴァレンティーン。
ローザリンデの斜め後ろに私、ヴァレンティーンの斜め後ろにフュルヒテゴット。
エリスはローザリンデの隣に、ユルゲンはヴァレンティーンの隣に。
イェレミアスは私の背後に、マテーウスはフュルヒテゴットの背後についた。
最愛たちはそれぞれ何か叫んでいるようだが、声にはなっていない。
魔法使いが手配しているのだろう。
「大変残念ではあるが、時空制御師の御方様の御言葉により、此度。三名の最愛がその称号を奪われることになった。まずは、うぬらに問おう。己が罪を犯した自覚はあるか!」
先ほどの可愛らしいローザリンデからは考えられない。
まるで産まれながらに女王として君臨してきたかのような覇気に、跪いた三人は絶句している。
「わ、私たちが、罪なんて犯すわけないじゃない! そもそも私たちは最愛よ? どうしてこんな目に遇わなければいけないの!」
ローザリンデの目配せで言葉の戒めは解かれたのだろう。
最初に暴言を吐いたのは魔制御師の最愛だったエルメントルート。
どちらかと言えば可愛らしい系の面立ちだが、性格の悪さが滲み出ており、その可愛らしさは半減している。
「最愛を騙るのは極刑だ。既に貴殿はその称号を剥奪されている。次に最愛を名乗るのであれば、即座にその首が胴から離れると知れ!」
「ひっ!」
エルメントルートは隣に跪かされている、光制御師の元最愛ヒルデブレヒトの背後に隠れようとしたが、今の体勢では無理だ。
しかも邪魔だとばかりに、ヒルデブレヒトの顎で突き返されている。
「ろー、ローザリンデ? 君は一体どうしたんだ? あんなに可愛がってやったの……」
「かの娼館は高位貴族が安全のために住まう隠れ家。貴様が足繁く通った娼館とは別の場所だ!」
「はぁ?」
「質の悪い娼館に貴様! ……貴殿は騙されたのだ。全くの別人を陛下だと偽られあてがわれた。その娼館の経営者は既に処罰されてこの世にはおらぬぞ!」
「嘘を吐くな! あれは確かにローザリンデで間違いない!」
「女王陛下は乙女じゃの。儂が大神官の名にかけて保証しよう」
フュルヒテゴットの宣言を聞き、ヒルデブレヒトが絶句する。
今の今まで疑っていなかったらしい。
何かしらの魔法でもかけられていたのか?
媚薬でも盛られて、正気じゃなかったとか?
どんな理由であっても許されるものではないのだが。
「じゃ、じゃああれは誰だったんだ?」
「貴殿が無残に捨てた女性の一人だったようだ。彼女も既に処罰を受けている」
捨てられた復讐だったのかもしれない。
復讐を止めろとは言わないが、関係ない人物を巻き込まないのが最低限守るべきルールだろう。
処罰されてしかるべきだ。
友人の名前が穢されるのは耐えがたい。
「どうやら、三人に罪の自覚がないようだ。なれば貴殿らの罪を詳らかにしよう」
「お、お待ちください、女王陛下っ!」
まだ言い訳ができると思っているのか。
声を上げたのは水制御師の元最愛メルヒオール。
フュルヒテゴットの目がぎらりと、聖職者らしからぬ色を持って輝いたのを私は見逃さなかった。
メルヒオールはぼろぼろぼろっと、大量の涙を零した。
二人の元最愛がぎょっとしている。
貴族は人前で涙を流すものではないと、教育されているからだろう。
平民からのし上がった彼は、涙も武器と理解しているようだ。
最も、その涙はここにいる誰にも通用しないのだけれど。
「自分は罪など犯しておりませぬ! 水制御師の寵愛を賜りまして、その御名を穢さぬよう、聖水の販売に励んでおりました。聖水はできる限り安価でと、商売人としては失格であるにもかかわらず、貴族の末端であればこそ! せめて矜持を持ってと!」
「……貴殿は、己の良心と貴族の矜持に則って聖水を販売していたと申すのじゃな?」
「はい! そうでございます! フュルヒテゴット様!」
「控えよ、無礼者! 大神官様を御名で呼ばわるなどと、不敬の極みっ!」
マテーウスがメルヒオールの首に剣を当てた。
文官とは思えぬ素早さだ。
突きつけた剣は恐らくレイピア。
神殿らしい装飾もない。
ただ標的を貫くためだけの武器に相応しく、メルヒオールの首筋にぷちりと血の雫が浮かぶ。
「ひぃいいいい!」
メルヒオールは拘束された状態でも、剣から逃れようとして蠢いた。
捕食者に狙われた芋虫が這いずる様子に似ている。
「貴殿やその関係者が販売している聖水は、全て偽聖水と鑑定されているのじゃが?」
「そ、そんな馬鹿な! 自分どもが販売しておりますのは、間違いなく聖水でございます!」
「神殿関係者の鑑定と祝福は受けておるのか?」
「無論でございます! コンスタンティン大神官!」
「彼の者は大神官ではない! 大神官はフュルヒテゴット・キルヒシュラーガー様、ただお一人だ!」
マテーウスの声がよく響く。
傍若無人な二人の元最愛ですら口を挟めない。
しかしメルヒオールは違う。
恐らくコンスタンティンが次期大神官だと信じて疑わず、彼より階位の低いマテーウスへの敬意が足りていないのだろう。
自分より下に見ているのだ。
最愛でなくなり爵位剥奪目前のメルヒオールが、次期大神官に一番近しい地位にいるマテーウスより階位が低いなどとは、あり得ない妄想にすぎないというのに。
「たかが、一文官如き! 貴様こそ、口の利き方を!」
「……随分とコンスタンティンと親しかったようじゃが……奴は時空制御師様のお怒りに触れて、官位資産剥奪の上、下級神官に仕える一従者となったぞ?」
「……は?」
おぉ、なかなかの間抜け顔。
口と目を大きく開き、自分の耳がおかしくなったとでも思ったのか、しきりに耳の穴を爪先でほじくっている。
爪の先に血がまとわりつき始めた。
少々猟奇的な雰囲気だ。
自分の身がいろいろな意味で危ういと、気がついたのかもしれない。
「一文官如きと言うがのぅ。マテーウスは次期大神官候補じゃ」
まだ確定とは言わないらしい。
カールハインツと決めかねているのだろうか。
「そ、んな、馬鹿、な」
「……コンスタンティンは時空制御師最愛様への不敬以外にも、聖職者とは思いたくないほどの、罪を犯していてのぅ……そのうちの一つに、聖水の偽造もあるのじゃよ。祝福していない聖水を、聖水として認めたのじゃと、のぅ?」
本当かしら?
水制御師の最愛なら、彼の力を借りなくても偽装を押し通せそうだけれど。
「それが真実であれば、自分たちは騙されていたというわけですね!」
「まだシラを切るか。うぬが申し出たのであろう? 万が一の保険にと、コンスタンティンに寄附金を積んで、聖水の祝福を行ったふりをしてくれと」
「ど、どこにそんな証拠が?」
フュルヒテゴットが目を細めただけで、マテーウスが何枚かの書類を手に、メルヒオールの元へと歩み寄る。
そして手にある書類を、メルヒオールの目の前へと翳して見せた。
「そんな、馬鹿な……こんな、書類があるなんて、聞いてない! 俺は聞いてない! 知らない!」
「自分の父親の名が出ているのにか?」
「知らない! 親父の独断だっ!」
「ふむ。実の両親を売るのか。それもよかろう」
わかりやすい軽蔑の眼差しを向けたフュルヒテゴットが口を噤む。
「で、では! 自分に対する聖水偽造の罪は、冤罪だと認めていただけるのですね?」
「それは無理というものでしょう」
腰を屈めたままのマテーウスが、違う書類をメルヒオールに見せつけた。
メルヒオールの顔色が蒼白となり、唇がわなわなと震える。
「貴殿が販売した聖水を直接購入した者が、神殿へ鑑定依頼をした結果です。ざっと数百人。民は貴殿より、よほど賢いのですよ」
「こ、こんなのでっちあげ!」
「おや、神殿に冤罪を着せるおつもりか? これ以上罪を重ねるのも如何なものかと」
「冤罪はこっちだ!」
「諦めの悪い御仁ですねぇ。私はただ事実を言っただけです。偽聖水販売で、神殿は酷く名誉を傷つけられておりますもので……」
「だから、知らないと!」
『君は私に、嘘を吐いていたのだね。信じていたのに。寵愛を与えていたのに』
部屋の何処からか声が聞こえてくる。
初めて聞く声だ。
「水の制御師様?」
どうやら水制御師の声らしい。
『時空制御師様に叱責されても信じていたのに……現場を見せられて、幾度も見せられて……お前が、偽聖水を聖水として販売していると理解したよ』
「違います! 僕は!」
『私をも偽ろうとするのか? はっ! 今更だな……私の寵愛を与えた者が迷惑をおかけいたしました。大変申し訳なかった。今の私に水制御師を名乗る資格はないと理解しているが、最後に水制御師として謝罪をさせてほしい。すまなかった』
諦観に満ちた声だけが静かに響き渡る。
頑なに自分の最愛を信じていた者の末路としては憐れでもあり、最後の最後で潔くもあった。
珍しいパターンだが、これならばこの先の人生に救いがありそうだ。