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「謝罪は受け取りましょう。また、感謝いたします。そこな愚か者も、さすがにこれ以上己の罪から逃れようとはしないでしょうから」
フュルヒテゴットたちのやり取りを見守っていたローザリンデが慈悲深く微笑む。
手こずると思われていた水制御師が、素直に謝罪をしたのだ。
微笑みが深くなるというもの。
しかし、その微笑はあくまで、水制御師へと向けられたもの。
「フュルヒテゴット様。神殿よりメルヒオールへの罰はございましょうか?」
「没収された資産を使って、偽聖水を購入した者への、謝罪の意思を示したいのぅ」
「承りました。販売名簿は既に押収しておりますので、全てお渡しいたします。そちらを参考にしてくださいませ」
「おぉ! 有り難い。神殿に虚偽を申し出る者はいないと思うが、万が一にも漏れがないようにしたいのじゃ。女王陛下に心からの感謝を」
「感謝は有り難く胸に留めますわ。神殿からの罰で被害者への贖いまでなされるとはすばらしゅうございます。こちらといたしましては、ハルツェンブッシュ子爵家の爵位剥奪と資産没収。また偽聖水販売に関与した者たちにも相応しい罰と贖いを与える所存でございます」
少々茶番めいたやり取りが続く。
メルヒオールは先ほどとは違い、声もなく泣いている。
涙の量は先ほどよりも少ないが、心からの悲哀にくれているのだろう。
己の罪が暴かれて、罰が与えられてしまうのだと理解して。
さてその中に、自分の仕出かした罪のせいで、どれほどの人々を巻き込んだのか。
巻き込んだ人々への申し訳なさが微塵ほどには含まれているのかで、情状酌量の余地があるか検討されそうだ。
マテーウスが腰を上げて、元いた場所へと戻る。
「さて。メルヒオールの罪と贖いは確定した。次はどちらが、発言をするのか?」
「私よっ!」
しかしこの少女。
礼儀を知らないのか。
最愛という称号を失った以上、メルヒオールの次に身分が低いはずなのだが。
「一体私が何をしたっていうのよ!」
「……今現在不敬罪を犯しておるな。ここには、時空制御師の最愛様もおられるというのに」
「どいつ、よ! がふっ!」
きょろきょろと周囲を見回し、ベールを下ろしている私が最愛だと目星を付けたのだろう。
間違いはない。
ただ睨み付けるのは駄目だ。
案の定夫の怒りが、威圧となって少女……エルメントルート・リッベントロップへ襲いかかる。
「げふっ! ごふっ!」
「元最愛と現最愛、それも最高位の最愛。時空制御師の最愛様を睨み付けるなど言語道断。正しき敬愛を示せ!」
威厳に満ち溢れたローザリンデの言葉に夫も納得したようだ。
頭を床へと叩きつける威圧が止まる。
「その、ベールの、おんな! がはっ!」
話している途中で威圧されて、舌も噛んでしまったようだ。
しかも勢いよく。
舌先が噛み切られて飛ぶ。
血がぷしゃっと吹き出た。
「ひたひぃいいいい!」
「神聖な場で、不浄の血を吹き散らすとは……」
呆れかえった溜め息をついたエリスが、何やら呟く。
「不浄の血よ。神聖なる場よりとくと、消え失せよ!」
うん、格好良い。
エリスの声だから格好良い。
これぐらいなら厨二病でもないと思うし。
飛び散った血は消えて、出血も止まったようだ。
「ひぐぅ……いたい……」
けれど痛みまではなくならないらしい。
治癒ではなく浄化ならば当然だろう。
「こちらのベールをかぶっておられるのが、時空制御師最愛様にあらせられる」
エルメントルートはのろのろと顔を上げる。
口元から首筋にかけて血の跡が残ったその顔に、畏怖に引き攣った微笑をどうにか作って。
「時空制御師の、最愛様には、不敬を、お詫び申し、上げます」
どこまでも悔しそうな、形だけの謝罪が発せられた。
エルメントルートを冷ややかな眼差しで見下していたローザリンデの目線が、やわらかくなって私へと向けられる。
私の代わりに言葉を発していいかという、許可が欲しいようだ。
静かに頷いたのを確認して、ローザリンデの鋭い声がエルメントルートを何処までも追い込んでいく。
「謝意の籠もっておらぬ謝罪など不要! 謝罪すらできぬとなれば罪は更に重くなると理解しておろうなぁ?」
「時空制御師最愛の御方様へ、度重なる不敬を、心よりお詫び申し上げます!」
「自分への罰を軽くしたいがための自己保身を謝罪だと申すのか? そんな貴殿の謝罪にどれほどの価値があるのか、申してみよ」
謝罪を強要しておきながら、その謝罪に何の価値もないとこき下ろす。
なかなかに鬼畜な追い込みだ。
「じゃ、じゃあ、どうすればいいのよぉおおお!」
「どうすればいいか、こちらが申していいのじゃな?」
「申し訳ありませんでした! 申し訳ありませんでした! 申し訳ありませんでした!」
言わせてしまったら最後という認識はあったようだ。
額をごんごんと床にぶつけて同じ言葉を繰り返す。
一瞬だけ持ち上がる瞳には狂気の色が見え隠れし始めている。
狂気に落ちてもらっては困るので、私はローザリンデに会釈をした。
「……無様な謝罪は不要。そもそも貴殿は、どうしてそこまで己の地位が高いのだと、勘違いしておるのだ?」
「え?」
「そもそもの地位は侯爵家の問題児で、しかも三女。現在では最愛の称号も剥奪済み。我らの中で誰一人として、貴殿より地位の低い者などおらぬのだが?」
「あ?」
「貴族を名乗るのであれば、必要最低限の知識は学んでおらねばおかしいと、わからぬのか?」
「さ、最愛は王族よりもえらい!」
「そうじゃな。でも貴殿は既に称号を剥奪されておるぞ?」
「ヒルデブレヒト様の恋人だわ!」
「伴侶でも婚約者でもなく、ただの恋人。しかも侯爵家。少なくとも時空制御師最愛様、大神官様、我、王配より、身分は下じゃなぁ」
ここまで言われても不満げな色が消えない。
一体彼女は自分を何様だと思っているのだろう。
しみじみ理解に苦しむ。
「ふぅ。貴殿の罪はいろいろとあるが、一番は時空制御師最愛様への不敬。我を含めた、高位の者への不敬。続いて魔制御師の最愛であることを笠に着て傍若無人の限りを尽くしたこと。魔制御師は制御師の中でも特殊な立ち位置の方だ。ゆえに本来であればその最愛は自重を求められる。魔制御師殿に言われたであろう?」
「あの人は、私の好きにしていいって!」
『全ては自己責任で! って肝腎の言葉を忘れてもらっちゃ困るんだけど?』
「魔制御師! 酷いわ! どうして私を寵愛してくれないの?」
割り込んできたのは魔制御師。
夫が溜め息を吐く愉快犯。
『え? お前が俺の好みじゃなくなったから、だけど? 最初だけだよ、面白かったの』
「は、はあああ?」
『下品なんだよなぁ、やることなすこと。あとあれ。他の最愛に手を出すとか最悪だわ』
「私が何時、他の最愛に手をだしたと?」
『制御師の間にも暗黙の了解ってのが幾つかあんだよ。それを守らなきゃ、制御師ではいられなくなる。だから俺はそのルールを鬱陶しいと思いながらも守ってきた。貴様が台無しにするまではな!』
おや、珍しい。
夫の声がした。
どうやら、そばにいてくれているようだ。
何が珍しいの?
魔制御師が怒っているからですよ。
彼は愉快犯。
どんな状況でも楽しいという感情が優先されるんです。
ですから、怒るなんてよほど……彼女に対して腹を立てているのでしょう。
『貴様と来た日にゃあ、ことごとく下品で面白みに欠ける。魅力が全然ないのに無様に踊る様は滑稽極まりなくてそこそこ笑わせてもらったが、それしかねぇんじゃなぁ……』
「な! な!」
『貴様の次に寵愛している貴様の妹は、なかなかに面白いぜぇ? 同じ姉妹とは思えねぇ。長く、遊べそうだ』
「あんな屑が私より上? あり得ない! あり得ないわ!」
『へぇ? 認めるんだな、妹の存在を。貴様は可愛くて誰からも愛される末っ子なんじゃなかったのかよ?』
「っつ!」
愉快犯らしき言動は見受けられるも、想像よりは真っ当だ。
エルメントルートが度を超しておかしいから、そう見えてしまう気もするけれど。
『女王様?』
「何でしょう?」
『こいつは他の制御師最愛にもちょっかいをかけた。制御師間でのけじめはついてるんだが、罰を与える際は規定より若干重めなものにしてほしい。頼めるか?』
「その願いを叶えたとして……私に何か利点がございましょうか?」
『……いいねぇ。今の最愛には、女王様に忠誠を誓うようにと献言させてもらうわ。魔制御師最愛の忠誠は、なかなかに便利だと思うぜ?』
「わ! 私は、こんな女に忠誠など! ぎゃっ!」
エルメントルートが口を挟もうとした。
妹へ寵愛が移ったのが業腹なのだろうけれど。
称号を剥奪された者が最愛を名乗るのは許されないのだ。
「ぎゃああああ!」
悲鳴は一度途切れて、更に激しく上げられた。
『魔制御師からの呪いだ。精々生き恥さらして長生きしろや!』
吐き捨てられた言葉には憎悪が込められていた。
これもまた珍しそうだ。
感心している場合じゃなかったと内心慌てたのは、エルメントルートが顔を上げたからだ。
その顔を覆っているものを見て、絶句した。
エルメントルートの顔全体に綺麗な蜘蛛の巣がへばりついていたのだ。
痣でもない。
呪いの刻印でもない。
何処までも規則的に蜘蛛の糸で紡がれた巣。
何故、そう判断したのかと言えば、羽虫が巣にかかって、もがきだしたからだ。
自分の顔に、蜘蛛の巣が張りつき、それが虫を絡め取る機能を維持しているのだとしたら……それはどれほどの悍ましさだろうか。
「虫! 取って! 取ってよぉ!」
羽虫がもがく気配があった。
エルメントルートの顔は死に怯える虫が暴れるほど、羽や手足などによって細かな傷が付けられている。
貴族令嬢でなくとも血の気がよだつ気味悪さだ。
気になって鑑定してみる。
魔制御師の呪い
蜘蛛の巣バージョン。
本人が死ぬまで取れない。
魔制御師が満足すれば取れる。
絡め取られた虫は、死亡するまで張り付いたまま。
最低でも一日一匹以上絡め取られてしまう。
ただし本人を殺せるほどの虫は除外される。
うわぁ。
ヘビーな呪いだ。
今のエルメントルートでは、魔制御師を満足させられる日など来やしないだろう。
「気持ち、悪いのよぉ!」
頬で蠢いている羽虫を殺そうと、床に頬を思い切り打ち付ける。
三回ほど、びたんびたんびたん、と音が響いた。
然程強い個体ではなかったらしく、羽虫は死んだようだ。
死骸が床にへばりついている。
「なんで、だれも、助けて、くれないの?」
「……貴殿が罪人だからですわ。神殿からはどんな罰が与えられましょうか?」
「ふむふむ。彼女の被害者は心身を傷付けられた者が若干名、訪れておるのぅ。被害者は貴族子女が多い。それぞれにきちんとした謝罪と慰謝料の支払いを希望するとしようかの。あとはそうじゃなぁ……金輪際神殿へ足を踏み入れることを禁ずる」
犯罪者たちが駆逐されて、新しい悪が芽吹くまで、神殿はしばらくは正しく機能するだろう。
弱者を真摯に助ける組織として、活動していくはずだ。
犯罪者となったが、魔制御師の呪いを受けたエルメントルートは弱者にもなった。
本来ならば、神殿はエルメントルートに手を差し伸べる立場にある。
だが、それはフュルヒテゴットによって拒絶されてしまった。
呆然としているエルメントルートを見下ろしながら、ローザリンデは思案に暮れているようだ。
私は背後にいるイェレミアスに、魔制御師の呪いに関する鑑定結果を囁く。
イェレミアスはにやりと笑い、私の言葉をローザリンデへと告げに行った。
伝言を受けたローザリンデは器用に片方の眉を上げる。
想像していない呪いだったようだ。
容貌を自慢にしていたらしいエルメントルートへ与えられた永遠の屈辱は、幾ばくかの温情に変わるのだろうか。
「エルメントルート・リッベントロップは魔制御師の呪いを受けた。呪いは死ぬか魔制御師によってのみ解呪が可能とのこと」
「うそ、うそ! うそうそうそうそうそ!」
「死に至る呪いではない。だが心安まるときがないであろう呪いだ……エルメントルート・リッベントロップには爵位剥奪及び資産の没収。また、リッベントロップ家は伯爵に階位落ちとする。次代の魔制御師最愛様には、先代と同じ過ちを犯さぬよう心がけていただきたい」
最愛への不敬になりそうな発言だったが、それだけエルメントルートのやらかしが酷かったのだろう。
「今代魔制御師の最愛となりました、ヨーゼフィーネ・リッベントロップは、ローザリンデ女王陛下へ忠誠を誓いますとともに、先代と同じ轍を踏まぬよう、己を自制して行動すると宣誓いたします」
まだ幼いとも言える年齢にもかかわらず見事なカーテシーをしたヨーゼフィーネは、粛々と言葉を紡いだ。
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