🩷side
🩷「阿部先生!」
教室から出て行こうとする阿部先生を呼び止める。阿部先生は振り返って、笑顔を見せた。
はぁー。今日も本当にイケメン。こんなに素敵な人に出逢えて幸せ。
💚「佐久間、どうかした?」
🩷「今日も先生に教えて欲しいところがあって…」
💚「じゃあ、職員室行こうか」
🩷「うん!…じゃなかった、はいっ!」
💚「ふふふ」
阿部先生は、2次元しか知らなかった俺に、3次元の素晴らしさを教えてくれた。
アニメや漫画からそのまま抜け出した王子様みたいだ。俺をこの窮屈でつまらない日常から助け出してくれる王子様。
放課後の約10分間。
俺にとっての至福の時間。俺はこの時間を密かに『放課後デート』と呼んでいた。前日から予習して、わからないところを作っておいて、この時間に一気に質問する。
答えるのが複雑で解説も長引いた方がいいから、考えてくる質問は練りに練ったものばかり。そうやって凝った質問を毎日考えているうちに、俺は自然と成績が上がっていった。高等部入学時点では地を這うようだった俺の成績も、今や学年トップ。全国的に見ても、まあまあの位置に付けている。
隣り合わせに座って、ひとつひとつ丁寧に解説してもらいながら、俺はこっそり阿部先生の凛々しい横顔を見つめる。
全体的には可愛らしい顔つきなのに、パーツのひとつひとつはしっかり男らしい。眉毛も太くて意志が強そう。理想を絵に描いたような優しい男の人。
ヘンかもしれないけど、俺の恋愛対象は男性。
ずっとアニメや漫画の好みの男性キャラを『婿』と呼んで愛でてきたけど、そんな子供っぽいこととはもう卒業した。
2年前の春、桜の樹の下でこの人に会ってからは。
🩷「やだなぁ……学校なんて今さら……」
ぶつぶつ言いながら、寮から出て、校舎へ入るまでの渡り廊下を歩いている時。
桜吹雪の下に、綺麗な男の人が、いた。
手には火がついた煙草。優しそうな顔にそぐわないその持ち物と、スタイルのいい立ち姿に一瞬で目が奪われた。
🩷「誰………?」
予鈴が鳴った後で、もう、あたりには生徒がいなかった。俺の学年は深澤だけだったけど、上の先輩はもう少し人数がいた。人見知りで気後れして部屋を出るのが遅れた俺の視線は、その男性に釘付けになった。
💚「あっ」
男性は、目が合うと、煙草を携帯用の灰皿で消して、ニッと笑ってウィンクした。
💚「ごめんね?内緒にしてくれる?」
🩷「え、あ、はい…」
💚「じゃ、後で」
🩷「え……」
俺の返事を待たずに颯爽と去って行く後ろ姿にいつまでも見惚れていると、本鈴が鳴って、俺は慌てて彼を追った。行く場所が同じ体育館だったから。
その後、壇上に立つ彼を見て初めて名前を知った。
阿部亮平。この学校の教師だと。こんなに現実の人間に胸がときめいたのも、目を奪われたのも人生で初めて。それ以来ずっと、俺は俺の初恋を大切に育ててきた。
💚「こーら。佐久間、聞いてる?」
🩷「あ……ハイ。ごめんなさい。ちょっと、聞いてなかったです」
💚「マジか。どこから?」
🩷「えっと…ここ」
指先で数式を指すと、阿部先生は笑った。笑った顔もカッコよくて大好き。
💚「ほとんど最初からじゃん」
🩷「ごめんなさい…」
💚「いいよ、いいよ、これはね…」
長い指。繊細そうな、指。よく通る声。本当に大好き。うっとりしてるうちに、夢のような時間はいつもあっという間に過ぎ去っていった。
それから、課外授業に向かう俺に、ふと、先生が言った。
💚「佐久間。渡辺さんのことなんだけど」
🩷「…はい?」
💚「どうして、女の子のふりをしているのかな?」
🩷「あ。それは…」
俺のせいだ、と言いたくなくて、俺は咄嗟に嘘を吐いた。
🩷「女の子になりたい変態野郎だからですよ」
💚「……そう」
それは、俺なのに。俺は渡辺を傷つけるように言って、俺自身を傷つけた。
先生は何も言わずに、その長い睫毛を伏せた。
コメント
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阿部ちゃんが長い睫毛を伏せる仕草、めちゃくちゃ刺さるからすぐ長い睫毛強調して書いちゃう