教室の照明は消え、窓から差し込む夕陽だけが室内を赤く染めていた。机にはいつもの紙も、ペンもない。ただ、誰もいない空気が、少しだけ重く息づいている。
遥は椅子に浅く腰掛け、両手を膝の上に置いた。視線は窓の外の空に向いている。誰に語るわけでもなく、ただ、自分自身に向かって言葉を紡ぐように――
「ここまで、読んでくれてありがとう」
声は低く、けれど確かに届くように響いた。
「俺の話ばかりで、重くて、暗くて……それでも、ここまで付き合ってくれた人がいるなら、少しは救われる気がする」
机の角に手を触れ、遠くを見ながら、遥はゆっくりと吐き出す。
「家でも学校でも、地獄みたいな日々が続いて、笑うのも下手で、誰かに必要とされてる実感もほとんどなかった。それでも、ここに来て、誰かが見てくれているっていう感覚が、少しだけ俺を支えてくれた」
肩の力を抜き、目を細める。少しだけ、柔らかい光が瞳に映る。
「俺はね、救えなかったものもたくさんある。助けたくても助けられなかったこと、何度も思い出して、胸が痛む。でも……それでも、生きてる。耐えて、呼吸してる。それが、俺の今の答え」
一度息をつき、紙のない机を撫でる。
「この相談室も、ここまでにしようと思う。次の章は、また別の場所で始まる。でも、俺がここで感じたこと、考えたことは、全部消えない。きっと次に続く人や、俺自身の中で、生きていくはずだ」
少し笑う。小さく、だけど嘘じゃない。
「俺の話は、重くて読みにくかったかもしれない。でも……もし、ちょっとでも、同じ気持ちの誰かの力になっていたなら、それだけで意味がある。……そう思いたい」
夕陽が沈み、赤い光はやがて薄くなっていく。
教室の中には、静かな風と、消えない影が残った。
「じゃあ、また。次の場所で、俺は……俺で、いる」
遥は立ち上がり、椅子をゆっくりと戻す。空っぽの教室には、誰もいないけれど、言葉の余韻だけが長く残った。
そして、赤く染まった窓の外に、新しい章の光が差し込もうとしていた。
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