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春佳のスマホを隠して連絡をつかなくし、彼のマンション前で待ち伏せて意味深な事を言うと、息子はたやすく私への殺意を強めたようだった。
――これでいい。
私は安らぎと満足感を得て、冬夜が行動を起こすXデーを待った。
やがて涼子が『温泉のチケットが当たった』と言い、私はその時が近い事を知る。
頭のいい冬夜の事だから、用意周到に計画を立てるに違いない。
そう思うと、最期ぐらい親らしい事をしてやりたいという想いが沸き起こった。
冬夜を犯罪者にするのは忍びないから、自分で飛び降りて死ぬと決める。
事前に調べれば、やはり家の中で死ねば訳あり物件になってしまうから、飛び降りるなら共用部からだ。
自分が死んだ時の事を弁護士にも税理士にも相談しておいたので、あとの事は心配ない。
私の死後、弁護士には両親に『出来の悪い息子で申し訳なかった』と詫びる手紙を渡してもらい、この遺書……とは名ばかりの、長い独白を家族に遺す事にした。
涼子は私の事情や想いを知っている訳だが、子供たち二人にとって私は〝謎の人〟であり、特に冬夜にとっては〝化け物〟だっただろう。
冬夜は私のすべてだから、憎まれたまま終わっても構わない。
でも、最期に私には私なりの理由があったと知ってもらえたら、後悔する事なく逝く事ができる。
勝手な事を言ってすまない。
きっとこれを読んでいる時、冬夜はトラウマを思いだし、怒りと屈辱を感じているだろう。
春佳も大好きな兄と私の関係を知り、この世に救いなどないと思っただろう。
心から、申し訳なく思う。
三人とも私を許さなくていいし、こんな酷い父親など忘れていい。
普通に生きられなかった男の事は忘れて、お前たち三人は普通の人として生を謳歌してほしい。
冬夜の人生を台無しにした私が言える言葉ではないが、お前たちぐらい若ければ、きっとどんな道でも歩んでいける。
三人とも、私ではない人のもとで幸せになってくれ。
他人は私たち家族を、血の繋がらない寄せ集めだと言うだろう。
血縁関係がなく、まともな愛情を抱けず、父親、母親、子供の役割を持った役者が〝家族〟という名の劇場で演技しているだけだ。
私はいい父親ではなかったし、人にあるまじき罪深い行いをした外道だ。
地獄に身を浸せば、どんな凡庸な者でも鬼になる代表例と言える。
私には子供の幸せを願う資格はないだろうが、冬夜が私という鬼から逃れ、人らしい幸せを掴む事を願ってならない。
無関心を貫いてしまった春佳がとてもいい子なのも分かっているし、冬夜が春佳を想うなら二人で幸せになってほしい。
私は二人と血縁関係はないし〝親〟を名乗れる身でもない。
けれど最期に、こんな私と〝家族〟になってくれた涼子と冬夜、春佳に心からの感謝をし、心からの侘びをしたい。
仮初めの家族であっても、テーマパークや旅行に行った時は家族らしい事をできていると思ったし、一時的にでも自分が〝普通〟になれている気がした。
ありがとうございます。
こんな私と最期まで家族でいてくれた涼子と、こんな私に生きがいを与えてくれた二人の子供たちに心からの愛を込めて。
**
手紙はそこで終わっていた。
もう一枚便箋が残っていたので、冬夜は疲れ切った顔でそれを捲る。
【追伸 優那の実家の住所と、三神の現在の住所を記しておく。どうするかは任せる。冬夜のメールも削除しておいたから、心配しなくていい】
そう書いた下には、それぞれの住所が記してあり、ご丁寧にも北條優那の両親のフルネーム、三神家の家族のフルネームが書いてあった。
冬夜は長い溜め息をつき、面会室の壁に背中を預ける。
春佳もまた呆然として追伸を読み終えたあと、力なく遺書をテーブルの上に置いた。
しばらく、どうにもならない沈黙が落ちたあと、春佳はノロノロと冬夜を見た。
強く憧れ、異性として見てしまいそうな〝兄〟は、血の繋がりのない他人だった。
母は記憶にある姿より覇気を失い、一回り小さくなったように見える。
春佳にとって母は、何を考えているのか分からない、つかみ所のない人だった。
物心ついた時から向精神薬を飲み、自分を見ては怒鳴り、かと思えば必要以上に心配する、適切な距離感をとれない人だった。
でもそれが、レイプされて生まれた娘と、どう接していいか分からない結果なら……。
母が向精神薬を飲んでいたのは、夫が異常性愛者だったからという理由だけではない。
レイプされ、心に深い傷を負っていたからだった。
「う……っ、うぅう……っ」
春佳は嗚咽を漏らし、両手で口元を覆って泣き始める。
――自分はずっと母を勘違いしていた。
――母もまた、被害者だったのだ。
――加えて、ずっと〝冬夜〟と思っていた兄は〝樹〟だったし、長年父親と思っていた人は血の繋がりのない他人だった。
――もう、訳が分からない。
冬夜は嗚咽する春佳の肩を抱き、唇を一文字に引き結び、自身も肩を震わせる。
「お母さん……っ、私を、憎んでた……っ!? 私、生まれないほうが良かった!?」
春佳は涙声で尋ね、己の存在意義を確かめようとする。
泣きじゃくる娘を見て、涼子は今までと変わらない表情で答えた。
「……私も庸一さんもね、本当の愛がどんなものなのか分からないの。彼は血の繋がらない家族を養い、私はいきなり二児の母になった。一人は血が繋がっていない上に大嫌いな女の息子。もう一人はレイプされたできた娘。……一生懸命愛そうと努力したわ。でも私は聖母マリア様じゃない。自分の心が傷だらけになのに、訳ありの子供たちを無条件に愛すなんてできなかった」
涼子が口にした〝事実〟は、飾らないがゆえに生々しい真実味があった。
「あんた達だって本当の愛情なんて分からないでしょう? 冬夜は父親に虐待されて女性不信になり、極度のシスコン。春佳は兄以外の男性が苦手で毒母持ち。……こんな異常な家族がどうやって〝普通の愛情〟を知るって言うの?」
もう涼子は、以前のようにギラギラとした憎しみを放っていなかった。
凪いだ海のように淡々とした彼女は、庸一の死を経て今までの負の感情を捨て去ったように見える。
「……すべて、あいつの掌の上だったって事か……」
深く溜め息をついた冬夜に、涼子は淡く笑いかけた。
「冬夜はもう二十六歳だし、春佳も大学を卒業したら成人する。私はこれから好きに生きるから、あんた達もそうしなさい。春佳の大学費用はお父さんが遺してくれているし、私も遺産でなんとかやっていける。……もう、家族ごっこは終わりにするの。小石川のあのマンションも引き払うわ」
春佳は憑きものが落ちたような母の顔を見て、理解した。
――お母さんは抱え続けていた秘密を打ち明けて、楽になったんだろうね。
――自分に振り向かない想い人(おとうさん)が亡くなって、意地を張り続ける理由がなくなったんだ。
――そして私たちに真実を教える事で、すべてから解放されようと思ったのかもしれない。
――なら、私たちだって……。
「……そうだな。……そうしたほうが一番いい」
冬夜は深く長い溜め息をつき、横を向いて涙を流す。
涼子はそんな二人を見つめていたが、やがて遺書を纏めて封筒に入れると立ちあがった。
「遺書は私が預かっておくわ。〝理由〟を知った以上、あんた達には不要でしょ。私は形だけであっても、好きな人の妻になれた。この手紙は庸一さんが最期に遺してくれた物。だからこれを持っていられるのは私の特権だわ。……あんた達の遺産はあるから、そこは安心して。庸一さんの遺志が籠もったお金を、横からとったりしない」
涼子は庸一にどんな仕打ちをされても、最期まで彼を愛していた。
妻でい続けた彼女は、死後になってようやく夫を独占できたのかもしれない。
「追伸に書いてある連絡先だけ、コピーをあげるわ。父親と祖父母に会うかは、あなた達の判断に任せる」
そう言ったあと、涼子はコピーをテーブルの上に滑らせ、立ちあがった。
臣桜
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コメント
1件
もう、変な家族だなってずっと思ってたけど……まさか父親がそこまで計算して遺書を残してたなんてな。雪乃さんも被害者だったし、涼子さんもずっと苦しんでたんだな。春佳が泣き崩れるとこ、胸が痛かったわ。でも最後の「家族ごっこ終わり」って涼子さんの台詞にはグッときた。46話、お疲れ様でした。読後感、しんどいけど尊いわ。