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「お父さんと……なんだか、いいですね。それって、いつごろの話なんですか……?」
「俺が中高生の頃だ。当時の俺はテーブルマナーが分からなくて慣れないナイフとフォークに苦労したがな」
「ふふっ、なんだか今の尊さんじゃ想像つかないですね。それに比べて、俺には到底無理な気がします…」
「そんなことないだろう。当時の俺は、今のお前以上に緊張してたぞ」
「尊さんが…?」
「ああ。だが、必死に背伸びをしていた俺を見て、父は笑いながら『こういうのは肩の力を抜いて、楽しむのが一番だ。食事が美味しくなくなるからな』と言ってくれた」
尊さんは少しだけ遠い目をして、それから真っ直ぐに俺を見つめ直した。
「だから恋も、そう身構えなくていい。ゆっくり、この時間を味わって欲しい」
「…!はいっ」
完璧に見える尊さんにも、今の俺と同じように不慣れな時期があったんだ。
今まで知らなかった、中高生の頃の
少し幼い尊さんの姿が垣間見えたようで、胸の奥が温かな喜びに満たされる。
彼との心の距離が、またほんの少しだけ縮まったような気がして
俺は次の料理を待ちわびる子供のように、幸せな気持ちで頷いた。
次に来たのは、初夏の涼風をそのまま皿に閉じ込めたような、圧倒的な透明感を放つ前菜だった。
『真鯛のカルパッチョ レモンとハーブのヴィネグレット 食用花を添えて』
薄切りにされた真鯛の身は、まるで薄氷のように繊細で美しく盛られ
その縁に差す淡いピンク色が、店内の柔らかな照明に照らされて真珠のような輝きを放っている。
皿の隅々に散らされた黄色や紫の食用花が、一皿の料理を完成された絵画のように彩っていた。
「……わぁ…まるでお花みたいです」
思わず感嘆の吐息がこぼれる。
崩すのがもったいないと感じながらも、恐る恐るひと口分を口に入れると
レモンの弾けるような爽やかさと、鼻を抜けるハーブの芳醇な香りが一気に広がった。
噛みしめるたびに、新鮮な鯛特有の力強い旨みが溢れ出し、酸味の効いたソースと完璧な調和を見せる。
ふと視線を上げれば、真正面で尊さんも満足げに咀嚼し、その味を深く噛み締めていた。
「……美味いな」
「はい……!すごく……」
あんなにガチガチだった体が、美味しい料理を前にして少しずつ解けていく。
贅沢な空間への緊張よりも、目の前の人と「美味しい」を共有できる楽しさが、確実に勝り始めていた。
そのあとに運ばれてきたのは、さらに重厚な一皿。