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「大丈夫ですか?」
「うん。クエリィ……その、君は」
「……隠しても、もう仕方ありませんね」
クエリィは徐に仮面を取った。
真っ白な顔が、そこにあった。
あの化け物とは違う。
綺麗な色だった。
だが彼女の顔からは、人間の生気を感じられなかった。
クエリィの顔が夕日に照らされる。
それでも彼女の顔は白い。
「あなたと同じ、人間ではありません」
「……君が死神人形、ってやつだよね」
「……えぇ。残念ながらそのようです」
三浦先生が見せてくれたあの写真とそう変わらない。
綺麗な顔立ちだが、人間離れした異質さが確かにそこにあった。
いわゆる不気味の谷現象、というやつだろうか。
知らない人間からしてみれば、確かに怖いと思われてもしょうがないし、妙な噂が上がってもおかしくない。
でも、今までの彼女の行動からそんなことは思わないし、思いたくなかった。
「綺麗だよ。すごく」
ありふれた褒め言葉しか出せなかった。
「ありがとうございます」
人形の顔故に、彼女の表情は変わらなかったが微笑んでいるように見えた。
きっとそれだけ、僕が彼女に心を許せたからだ。
「いや、こちらこそありがとうクエリィ。感謝しきれてもしきれない」
「いいえ。私の方こそ救われました」
「……ん? それは、どういうこと?」
僕が彼女を守った記憶はない。
感謝されるようなことは一つもしていない。
改めて振り返ると、自分自身がどうしようもなく感じてしまう。
クエリィは、ひび割れた仮面を見つめながら話した。
「私の仮面も、この名前も、与えてくれた人がいました。私のことを偏見の目で見なかった人でした」
「……優しい人だったんだね」
「えぇ。ですが──」
クエリィは視線を夕陽に移す。
彼女の真っ白い顔が夕焼けに染まった。
「その人はもう、この世にはいません。私は、守れませんでした」
「……守れなかったということは、まさかあの化け物が……」
「……見た目は違いますが、似たようなものに遭遇しました」
「……災難、だったね」
「……えぇ。だからこそ、貴方を守れたことに安堵しているんです。お兄さん」
「クエリィ……」
「生きててくれて、ありがとうございます」
彼女の暖かい言葉は、深く心に刺さった。
大事な人を失った彼女だからこそ、言葉には重みがあった。
それ故に涙が溢れてしまった。
こんな優しい彼女を、僕らは死神というイメージに仕立ててしまった。
罪深いことをしてしまった。
謝りたい。
でも僕が謝った所で、みんなのイメージが変わるものでもないしこれからも簡単に変わらないだろう。
……ならせめて、彼女と同じように返すことが必要だ。
「こちらこそありがとう」
言葉は毒にも薬にもなる。
本当にその通りだ。
「……お礼を言われるのは、気持ちが良いものですね」
「……そうだね」
「世界がそういう言葉で溢れてくれたら、どんなに良いのでしょうね」
クエリィはそう言いながら、化け物がいた館を見つめた。
彼女は言っていた。
彼女が言った化け物の存在は、言霊で形成されていると。
どういう経緯で奴が作られたのか。
結局分からなかった。
ただ一つ言えることは、決して他人事ではない気がした。
きっと、僕ら人間にも当てはまるのだ。
人間の言葉一つで、人というのは変わってしまう。
そうじゃなきゃ、僕が精神的に病むこともなかった。
……それは流石に、責任転嫁が過ぎるか。
ふと、僕はクエリィに問いかけた。
「クエリィ、君は誰に作られたのか覚えてる?」
「……覚えていません」
「そっか……。君は、これからどうするの?」
「人間の皆さんが噂してる都市伝説スポットを巡ってきます。きっとまだ、化け物がいる気がしますから」
日本の都市伝説スポットというと、途方もない数になる。
しかも、人間がいる限り日に日に増やされていく気がする。
そんなことを一人でやろうとするのか。
「それなら──」
「ダメです。お兄さん」
“僕も手伝おう”と言う前にクエリィが止めてきた。
クエリィが、僕の右足を見ながら続けて口を開いた。
「……お兄さんには、お兄さんのやるべきことがあります。まずその足を治してください」
「……あはは。二重の意味で足手まといだしね。ごめんね、変な提案しようとして」
「いえ。気持ちだけでも嬉しいです」
「そうだね。僕は目の前のことだけ、とりあえず見て……生きてみる」
「えぇ。お互いに、頑張りましょう」
右足のように折れ曲がった形だけど、僕はこの日、少しだけ前を向こうと思った。
夕陽に照らされながら、僕らは別々の道へ歩むことになった。
その別れ際、彼女が僕に問いかけた。
「お兄さんがここに来た理由は、学校の先生の勧めですよね?」
妙なタイミングで聞いてきたから、思わず驚いた。
素っ頓狂な声を出してから、僕は答える。
「あ、あぁ。そうなんだよ」
「……三浦先生、でしたよね。もう一度、写真を見せてもらっても?」
「……え? 別に構わないけど……」
僕は木に寄りかかりながら、スマートフォンを取り出した。
そして館で見せたあの写真を見せた。
クエリィがその写真をじーっと見つめた。
「……何か思い出したの?」
「……いいえ。彼がいる学校を教えてもらっても?」
僕は素直に、自分自身が通ってる学校の住所を教えた。
否定はしたが、きっと彼女は、僕には言えない何かを思い出したのだ。
この時が分岐点だった。
三浦先生が、彼女に殺されたのは。
いつか彼女にまた出会えるのなら、もう一度話をしたい。
そして名前もその時に名乗りたい。
彼女に再会できた時は、僕のことを認知している人間も徐々に減っているだろうから、ただの桐生翔として話せるはずだ。
身勝手な話なのは重々承知している。
……でもそれはお互い様、だよね。
クエリィ。
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