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眠狂四郎
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「ハンサムで筋骨隆々。」
「弁舌さわやかで、頭の回転も速い。」
「友人も多く、市民からの人気も厚い。」
マエクスはライナー王の話を聞きながら、
共通の友人の姿を思い浮かべていた。
「……それ、アグリじゃないですか。」
ライナーは小さく笑うこともなく、言葉を続けた。
「正義感にあふれ、名誉のために戦うことをいとわない。」
「名声のためなら、命さえ懸ける。」
マエクスは、ようやくライナーの言いたいことに気づき始めた。
「つまり……。」
「そんな理想のグラン人では、バルカには勝てない。」
ライナーは静かに地図へ目を落とした。
「……そんな気がする。」
「ひょっとすると――。」
ライナーは静かに呟いた。
「バルカは、私よりもグラン人を知り尽くしているのかもしれない。」
少しの沈黙が流れる。
「頼みがある。」
マエクスの返事は決まっていた。
「何なりと。」
ファービーは王宮へ呼び出されていた。
(……何か、まずいことでもしただろうか。)
不安を抱えたまま、マエクスの執務室へ通される。
目の前には、「グランの盾」と呼ばれる王の知恵袋が静かに座っていた。
「お呼びと伺いまして。」
流れる汗を拭いながら、ファービーは頭を下げる。
マエクスは前置きもなく切り出した。
「これから話すことは、ライナー王のお考えとして聞いてほしい。」
「承知しております。」
「ライナー王は、あなたに元老院代表以上の権限を与えたいと考えております。」
ファービーの表情がわずかに変わる。
「……えっ。」
「グラン本国の軍を、自由に動かせる権限です。」
沈黙が流れた。
やがてファービーは静かに口を開く。
「……それは、アグリ殿のお考えですか。」
マエクスは眉を上げた。
「どうして、そう思いました。」
「アグリ殿なら、おそらく戦わないと思うからです。」
「なぜです。」
「グラン全土で見れば、バルカを相手にする必要がないからです。」
その答えを聞いた瞬間、マエクスの目の色が変わった。
(この男……。)
目の前の男に、初めて興味を抱いた。
「もう一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
「何なりと。」
「なぜ、この場にライナー王がおられないと思われますか。」
ファービーは顎へ手を添え、しばらく考え込んだ。
「……。」
沈黙が流れる。
やがて、静かに口を開いた。
「おそらくですが……。」
「元老院の反発を、王ではなく私へ向けさせるためではないでしょうか。」
マエクスは目を閉じた。
(……これは拾いものかもしれない。)
ライナーは、元老院が推薦した者をすべて退け、
新たに「独裁官」の職を設け、ファービーをその任に就ける。
独裁官には、本土に展開するすべての軍を横断的に統括し、
自由に命令を下せる絶大な権限が与えられた。
任期は1年、
バルカ討伐までの臨時の職である
一方、正副元老院代表の席は、あえて空席とされた。
ファービーは就任するや否や、持久戦への転換を宣言した。
元老院をはじめ、市民の反発は想像をはるかに超えていた。
グラン王国は建国以来、幾度となく国難に直面してきた。
しかし、そのすべてを戦場で勝利することで乗り越えてきた国家である。
三度の敗戦を喫した今、市民の復讐心は頂点に達していた。
誰もが、バルカとの決戦を望んでいたのである。
王は沈黙を守り、ファービーへすべてを託した。
王都へ通じる街道は次々と破壊され、大きな街では住民の疎開も始められる。
だが、新任の独裁官に対する元老院の反発は凄まじかった。
一時は軍の供出を拒否する構えすら見せ、王都は政争の渦へ飲み込まれていく。
そして妥協の末、元老院は一つの条件を突きつけた。
「副官にミルキウスを置くこと。」
ファービーはこの条件をのんだ
元老院の厚い支持を受けるミルキウスは、
公然とファービーの方針を批判しはじめた。
一方、ファービーは粛々と命令を下していた。
各軍の再配置を進めるとともに、
バルカを追尾するための斥候組織も大幅に拡充する。
元老院では連日のように非難を浴び、市民からも罵声が飛んだ。
それでも、ファービーは黙って耐え続けた。
やがて人々は彼をこう呼ぶようになる。
「愚鈍で鈍間な亀」。
だが当の本人は、そのあだ名をひどく気に入っていた。
そうこうしているうちに、バルカは再び軍を動かし始めた。
その報は瞬く間に王都へ届き、元老院は騒然となる。
「王都へ向かうつもりだ!」
「迎え撃たねばならん!」
議場は怒号に包まれた。
だが、その中心に座るファービーだけは静かだった。
「王都には来ませんよ。」
その一言に、議場は水を打ったように静まり返る。
「……なぜ、そう言い切れる。」
「来られるわけがないんです。」
ファービーは地図へ視線を落としたまま答えた。
「バルカ軍の攻城兵器は不足しています」
「王都攻撃どころか都市包囲すらできません。」
「だから我々を平地に誘い出そうとするのです。」
その落ち着いた口調に、元老院議員たちは顔を見合わせた。
誰もが恐怖と怒りに支配される中、
ただ一人だけ敵の思考を冷静に追い続ける男がいた。
人々は彼を嘲笑し、こう呼んだ。
――愚鈍で鈍間な亀。
だが、その愚鈍な亀だけが、確実にバルカの思考へたどり着いていた。
コメント
1件
「愚鈍で鈍間な亀」——このあだ名を本人が気に入っているというのが、もうたまらなく好きです。元老院の怒号と市民の罵声を浴びながら、ただ一人だけ敵の思考にたどり着くファービーの静かな強さが、この回の白眉でした。マエクスが「拾いもの」と目を輝かせる瞬間も、読みながら思わずにっこり。ライナー王の「理想のグラン人ではバルカには勝てない」という言葉も、物語の核心を突いていて深く刺さりました。