テラーノベル
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深夜二時。終電を逃した私は、人気のない住宅街を一人で歩いていた。
街灯はところどころ切れかけ、アスファルトは昼間の熱をすでに失っている。音といえば、自分の足音と、遠くで鳴る踏切の警報だけ。
そのとき、路地の奥にぽつんと光るものが見えた。
古びた自販機だった。
赤い塗装は色あせ、商品サンプルのラベルもどこか時代遅れだ。見たこともないメーカー名。蛍光灯がジジ、と不規則に明滅している。
こんな場所にあっただろうか。
喉が渇いていた私は、百円玉を取り出した。投入口に入れると、硬貨は吸い込まれるように消え、内部で落ちる音がしない。
代わりに、小さな電子音が鳴った。
「オススメ」
見慣れないボタンが、青白く光っている。
こんなボタン、さっきまでなかった。
嫌な予感がした。だが、喉の渇きと、なぜか胸の奥から湧く好奇心が勝った。私はそのボタンを押した。
ガコン。
重い音とともに、取り出し口に何かが落ちた。
缶ではない。黒い、細長い箱。まるで古いビデオテープのような形。
触れた瞬間、ぞわりと指先が冷えた。冬でもないのに、氷のように冷たい。
箱には白いラベルが貼られている。
「あなたの三日後」
背筋が凍った。
振り返る。誰もいない。自販機の蛍光灯だけが、ジジ、と鳴いている。
冗談だ。悪質ないたずらだ。そう思いながらも、私は箱をポケットに押し込み、足早にその場を離れた。
帰宅後、どうしても気になって箱を開けた。
中には小さなメモリーカードが一枚。家のパソコンに差し込むと、動画ファイルが一つだけ入っていた。
再生。
暗い路地。見覚えのある風景。
あの自販機の前だ。
画面は手ブレしている。まるで誰かが物陰から撮影しているように。
そこに映っていたのは――私だった。
三日後の服装。三日後の私。
私は自販機の前で立ち止まり、何かを押す。そして取り出し口に手を入れる。
次の瞬間。
自販機の内部から、無数の白い手が伸び、私の腕を掴んだ。
映像の中の私は叫ぶ。だが音はない。口が大きく開き、必死にもがく。
白い手は私を引きずり込み、体が半分、機械の中へ消える。
最後に映ったのは、自販機のガラス越しに並べられた「商品」。
そこに、見覚えのある顔があった。
凍りついた表情の、私。
映像が終わる。
呼吸が浅くなる。これは未来だ。三日後に起きること。
壊せばいい。
翌朝、私はハンマーを持って路地へ向かった。
だが——
そこに自販機はなかった。
壁だけがある。電源コードの跡も、設置の痕跡もない。
通りがかった近所の老人に尋ねると、怪訝な顔で言った。
「この路地に自販機なんて、昔から一度もないよ」
血の気が引く。
ポケットの中の百円玉が、やけに重い。
三日後。
私は決してあの路地に近づかないと決めた。
だが、その夜。
帰宅途中、曲がるはずのない角を曲がっていた。
足が、勝手に。
視界の先に、あの赤い光。
蛍光灯が、ジジ、と鳴る。
逃げなければ。
そう思うのに、体が動かない。
自販機の「オススメ」ボタンが、青白く脈打っている。
まるで心臓のように。
私は、ゆっくりと手を伸ばした。
——ガコン。
取り出し口に落ちたのは、黒い箱。
ラベルには、こう書かれていた。
「あなたの今」
自販機のガラス越しに、ずらりと並ぶ商品。
すべて、こちらを見ている。
すべて、凍りついた私の顔だった。
蛍光灯が消える。
路地は闇に沈む。
そして次の夜。
別の誰かが、喉の渇きを覚えてその路地を曲がる。
ぽつん、と赤い光が灯る。
自販機は、今日も「オススメ」を用意して待っている。
コメント
1件
千魔ーテーマ通りにやったよー