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「あのさ、憂くん。好きな人とかいたりしないの?」
「え!? な、ななな、なんでいきなり!?」
放課後の陽がカーテンを透かして部屋を淡く染める中、突然に葵に投げかけられた質問に、僕はしどろもどろ。
「うーん、なんでって。憂くんってさ、正直、すごく性格が暗いじゃない? つまらない人生を送ってるじゃない? だから恋人とかがいた方がいいと思うの」
「うう……く、暗いって。しかも、つまらない人生って」
グサッと心に突き刺さる。葵って素直だからオブラートに包んだりしないでどストレートにぶつけてくるから、豆腐メンタルな僕にとってはかなりキツい。
傷付いた! 幼馴染に『暗い』と言われて傷付いた!
まあ、間違ってはいないんだけど。
で、僕が焦った理由。
葵に恋をしてしまっているから。
そりゃさあ、僕だって恋人が欲しいよ。もう高校生になったわけだし。もし彼女がいてくれたらきっと楽しい毎日になるんだろうなあ、とかいつも考えてるよ。
でも、その好きになった相手が、今、僕の眼前にいる陽向葵という幼馴染の同級生だから悩んでるんだよ。とはいえ、『僕の好きな人は葵なんだ!』なんて言えるはずもなく。どうせ告白しても断られちゃうだろうし。
「い、いいい、いない! いないから! 好きな人なんて! それに、暗いとか言わないで! 僕が言われて傷付くワード第一位だってこと知ってるでしょ!」
「うん、もちろん知ってるよ? 憂くんのことなら私に知らないことなんてないもん。なーんにも」
そう、笑顔で言う葵だった。お前は某小説に出てくる『なんでも知ってるお姉さん』かよと言いたい。葵に対する僕の気持ちも知らないくせに。
「そうですか。僕のことはなんでも知ってますかそうですか」
「うん、知ってる! 友達が一人もいなことも知ってる!」
「う……。と、友達……。いや、それってきっと都市伝説だって。というかさ。これ以上僕のことを傷付けないで!」
「あははっ! ごめんね憂くん。でもさ、『友達』が都市伝説だったら世の中すごいことになってると思うの。あちこちが伝説だらけになっちゃうっていうか」
ごもっともな意見です。そもそも、友達があちこちにいる時点で、それ、もはや伝説でもなんでもないし。むしろ僕の存在自体が都市伝説かもだし。
「はあ……もう、こんな人生嫌だ」
「あははっ! 本当にそうだよねえー」
「いや、そこはフォローしてよ……」
いつからだったかな。僕が葵のことを好きになったのって。幼稚園の頃からずっと一緒だったから、よく分かってないや。『いつの間にか』と言えばいいのかな。
例えるなら、砂時計。少しずつ、少しずつ、砂がさらさらと落ちていくように、僕も恋に落ちていった。
叶わぬ恋に。つまりは片想いに。
それに、葵は幼馴染だからというわけじゃなく、贔屓目に見てというわけじゃなく、とても可愛い。すっごく可愛い。
艶やかな黒髪ロングが似合う、とても魅力に溢れた整った顔立ち。可愛い系かな? まだ少し幼さが残ってるからかもしれないけど。それに、いつも笑顔を絶やさないという。まるで、周りの皆んなを明るくする太陽のような女の子。それが陽向葵。
でも、僕は別にその容姿に惹かれて好きになったわけじゃないんだ。僕は単に、『陽向葵』という一人の人間を好きになったんだ。
葵の、全てを。
「はあ……」
もう溜め息しか出ない。『好きな人いないの?』とか、普通にさらりと訊けるってことは、完全に脈なしということだろうし。もし、僕に好意を抱いてたら、その気持に気付かれないように、そんな質問はしてこないはずだから。
「ダメだよ憂くん。溜め息ばっかりついてたら幸せが逃げちゃうよ?」
「幸せ? そんなのとっくに荷物をまとめてどこかに行っちゃったよ」
「あははっ! 確かに! うんうん、なんか分かるなあ」
「分からないでよ……。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん。もう、これ以上僕を傷付けないで! 泣くよ! 泣いちゃうよ!」
「あはっ! 大丈夫! 泣いたら泣いたでちゃんと慰めてあげるから。それに、憂くんの幸せは私の所にお引っ越ししてきてくれてるから。だから安心して」
「何が『だから』なのかサッパリ分からないんですけど……」
「で、どうなの? 本当は好きな人いたりするんじゃないの?」
と、葵はニマニマしながら再度質問。なんで今日に限ってここまで追求してくるんだろう?
とにかく。今はまず、この話題を変えないと。これ以上突っ込まれて訊かれたりしたらマズい。僕の葵に対する気持ちがバレて振られちゃったりしたら、絶対に再起不能になる自信がある。
「そ、それよりもさ、葵。今日返却されたテストの結果はどうだったの?」
「えへへー。結構良かったよー」
そう言って、葵は通学用カバンの中から、折り畳まれた一枚の用紙を取り出して僕に向けて広げて見せてきた。それを見て、我が目を疑った。
「じゅ、十八点!? 赤点どころの問題じゃないじゃん!」
逆に知りたい。どうやったらこんな点数を取れるのかどうか。
が、しかし。葵は「ふっふっふ」と、余裕綽々といった感じで不敵な笑みを浮かべるのであった。なんで? なんで笑っていられるの?
「これを見たまえ憂くん」
胸を張りながら、葵はテスト用紙をくるりと逆さまにして見せてきた。どういうこと?
「ほら! こうして逆にすると、なんと! 八十一点になるのですよ!」
「あー、なるほど。『18』というアラビア数字を逆さまにすると、確かに『81』になる。うん、この点数なら優秀だね。って、違う! 違うから! 逆さまにして八十一点にしても意味ないから! 赤点である事実は全く変わらないから! 十八点のままだから!」
ここまでのやり取りで、なんとなくお気付きだと思う。
そう。陽向葵は『超』が付く程のポジティブ人間なんだ。
逆に僕――陰地憂は『超』が付く程のネガティブ人間。つまり、僕と葵は真逆な性格ということ。
が、葵はいきなりの土下座。そして僕にお願いしてきたのである。
「ど、どど、どうしたのいきなり!?」
「お願いです憂くん様! 私に勉強を教えてください! このままだと大学に行けないどころか留年してしまいます!」
あ、一応それは理解してるんだ。
「ま、まあ、それは構わないけど……」
「ありがとう憂くん! いやー、持つべきものは幼馴染だね。あと、私の日頃の行いがいいからかなー。それじゃ、これから毎日よろしくお願いします!」
「分かった分かった。これから毎に――え? ま、毎日?」
「うん! 休みの日とかは泊まっていっても構いからね!」
「と、とま……」
そのまま、しばし呆然した僕だった。
「どうしたの憂くん? ボーっとして」
「え? い、いやさ。さすがに泊まったりするのはちょっと……」
「ちょっと? ちょっと何?」
「だ、だからさ。高校生の男女二人が一緒に寝るとか……ちょっとマズいんじゃないかなあって」
「大丈夫だよ、別々の布団で寝れば。それとも憂くん、私と同じ布団で一緒に寝る? そしたら昔みたいにいい子いい子して撫でてあげるから」
「む、昔って……そ、それって小学生の頃の話でしょ? あと、いい子いい子して頭を撫でてあげてたのは僕だから! 勝手に思い出を書き換えないでよ!」
「うふふっ、そうだったねえ。なんだか懐かしいなあ。と、いうわけで。これから毎日勉強を教えてね。で、一緒の布団で寝ようね。冗談だけど」
じょ、冗談って……。僕、完全に遊ばれてる。
でも、なんでだろう。
冗談だって聞いた途端、残念に思ったし、そして、すごく寂しく感じてる僕がいる。きっとそれは、僕が葵を大好きで仕方がないからなんだろう。
だって僕は、葵に本物の恋をしてるんだから。
『第1話 幼馴染の陽向葵と僕』
終わり