ああ、また、あの夢だ。
蝋燭が燃えているのを、ただ延々と見続ける夢。
どうも今の世の中は便利なもので、不思議だと思ったものは何でも、他人が出した答えを見て知ることが出来る。
それに伴って、インターネットで少々調べれば、夢占いなんてものもいくらでも出てくる。
蝋燭が燃える夢というのは、どうやら健康面や精神面での充実を表しているらしい。
素直に喜べばいい、のだが、僕は薄々夢の違和感に気付いていた。
この蝋燭は、ただ穏やかに燃えているだけではなく、夢を見る回数を重ねる毎に、段々と、少しずつ、その灯火を小さくしている、と。
蝋燭の火が消える夢というのは、先程の夢占いとは一転して、凶事を暗示するものだと言われている。
凶事は、身内の不幸だったり、はたまた自分の不幸だったり、まあ、そんな感じのものらしい。
所詮何処かの誰かが考えた、ただの夢占いだ。
こんなものに一喜一憂している暇があったら、仕事での疲労を回復するため睡眠をとるとしよう。
また、何度目かのあの夢を見た。
以前は所詮夢占いだ、などと豪語したが、少しだけ不安になってきた。
こんなにも同じ夢を連続して見るものだろうか、と。
蝋燭はこれまでと同様に、その灯火を小さくし続けている。
蝋燭の灯火は、最初に比べて明らかに小さくなっていた。蝋もいくらか溶け出してきた気がする。もう、怖くてたまらない。誰かに相談したいが、笑われそうで嫌だった。
そうだ、明日、占い師の元に相談に行ってみようか。
何か良い助言を貰えるかもしれない。
占い師には悪霊が憑いている、と言われた。蝋燭の夢を見るのもそのせいらしい。
悪霊は、蝋燭が消える夢を見せたら最後、僕の精神を殺して体を乗っ取ってしまうのだとか。恐ろしさに震えた僕を、占い師は体をさすりながら励ましてくれた。
占い師から安眠出来るブレスレットを買ったことだし、今日は良い夢が見られることを願う。
蝋燭の灯火は残り少ない。ブレスレットの効果もどういう訳か、全然感じられない。
今日は起きたら、天井を這っている、瞳孔が開ききった女と目が合った。思わず吐き気を催す。最悪だ。
部屋の物全てが、僕を舐めまわすように見ているかに思えた。恐ろしくて布団にうずくまったが、そのまま寝てしまうのも怖くて、その日は睡魔に耐えながら過ごした。
蝋燭の灯火が消える前に、この状況を何とかしなくては。
夢を見た。少しずつ変化する夢に怯える生活を、何度繰り返したことだろう。
蝋燭は、もう溶け切った死骸と化してしまいそうだった。
おそらくあと一回夢を見れば、蝋燭の灯火は完全に消えるだろう。
辺りを身回せば、家を埋め尽くすほど大量の悪霊が、みな僕を嘲るような目で見ている。
だが僕は既に、この悪夢から逃れる必勝法を思いついていた。
飛べばいいのだ。背中に翼を生やし、憎しみも悲しみも何もない、大空の向こうへと飛び立ってしまえばいい。
悪霊たちが僕を支配しようと手を伸ばす。
こいつらの思い通りになってたまるか。
僕は今、自由を求め、大空へと向かって羽ばたくのだ。
警察官の女性は小さく溜息を吐きながら、自殺者の日記帳を閉じた。
「彼は夢が原因で精神に異常をきたし、幻覚を見てしまっていたようですね。」
もう1人の男性警察官は「ああ」と相槌をうって、同様に溜息を吐いた。
「何でも目撃した住人が、彼は笑顔でベランダから飛び出していた、と証言したらしい。
恐ろしいものだな、人間の心というのは。」
女性警察官は、自分に鳥肌が立っていることに気付いた。
夢が原因で精神をおかしくした彼。
人間はどうしてこうも弱く脆いものなのだろうか、と憐れになってくる。
鶏が先か、卵が先か。
果たして不幸を連れてきたのは、夢と彼、どちらだろうか。
コメント
2件