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時間は誰にも左右されることなく、我が道を行くように砂は落ちていく。真っ黒な覆いで世界が包まれたような真夜中も、願えば早く過ぎ去るなんてことはない。誰に対しても平等なのだ。


秒針の足音が静かな寝室に響き渡る。自分の体内で鼓動が打たれる感覚が、微細な焦りを醸し出した。

明日はオフだから、今夜は寝れなくても大丈夫。問題なのはこの不眠がここ数日続いていること。

時刻を確認するためにつけたスマートフォンの光が、俺をより一層憂鬱にさせる。通知欄には何も記されておらず、夜の大半の人間が眠りについているであろう今、誰かから新しく連絡が来ることもなさそうだ。


静けさが木霊した寝室に仄かな寂しさが香る。体温を求めて伸ばした手は虚しく布団へと落ちていった。不覚にも仕事以外では久しく会っていない男の姿を思い浮かべてしまい、孤独な現実から目をそらすように俺は布団に顔を埋めた。


あの柔らかくあたたかな陽だまりのような声に、包まれたい。

でも俺のほうが年上であり先輩で「会いたい」なんて、「寂しい」だなんて言えるわけがない。子犬のように愛嬌たっぷりのあいつと違って、そんな柄でもないし。そんなやつじゃないって分かってるけど、……引かれたりしたら、嫌だし。


溜め息を吐き出しながら見上げた天井は見慣れた色をしていて、寝て起きたらあいつの部屋にいた―――なんてことが起こればいいのにと、現実味のない妄想を眠たげな思考で思い耽っていた。





舘「うっわ……」


思わずこぼれ出た言葉に、楽屋が同室で”それ”を指摘してきた阿部は苦笑いを浮かべていた。

元の肌色が白いのも相まって、分かりやすく目の下にくっきりと隈が出来てしまっていたのだ。それは、なぜ今まで自分で気付かなかったのか、不思議なほどだった。


阿「最近そんなに忙しいの?」

舘「いや、休む時間は取れてる。ただ、」

阿「ただ?」

舘「寝ようとしても眠れなくて。まぁ、心配するようなことじゃないんだけど」


そう言ってあわせていた目をそらすと、阿部は「流石に心配するよ」と呆れの混ざったような声をあげながらスマートフォンを操作し始めた。一体何をしているのか、気にはなったものの問いかけるまでのことでもなく、俺は今日のスケジュールを確認することにした。


不眠対策をしてみたりと色々試行錯誤してみたものの、どれもそれという効果はなく、悪化も改善もしないまま気がつけば一週間が経っていた。メイクで上手く隠さないと、ファンのみんなに必要のない心配をかけてしまう。眠れるようになればそれが一番良いのだが、そう思い通りにはいかないものだ。


阿「舘様、明日オフだったよね?」

舘「え?」


突然飛んできた質問に虚を突かれて、俺は言われるがままに開いたままのスケジュールアプリに目線を落とした。

他がどうかはわからないが、俺達のグループは基本スケジュールを共有している。だからわざわざ俺に聞かなくても阿部は分かることだし、その質問がどういう意図なのかいまいち掴めず、俺はただ困惑しながらも頷いた。

すると阿部は悪戯っぽいような、何かを企んでいるような笑みを浮かべて俺に言った。


阿「”いいもの”手配しといたから」

舘「え、”いいもの”ってなに」


それ以上阿部は何も答えてくれることはなく、俺は諦めて鏡に向き合いメイクを始めた。手配って、一体何を?

しっかり者のようで突然突飛なことを言い出す阿部の考えていることは分からないまま、俺はぼんやりと”いいもの”の正体について思考を張り巡らせた。





一日の仕事が無事に終わり、コートをハンガーに丁寧にかけたところでやっと仕事のスイッチが抜けた感覚がした。

手放すことも出来ないままの眠気を抱えた身体はとっくに限界を迎えていて、このオフでしっかり睡眠を取りたいと思いながらも、上手く眠れないであろう現実に頭を打たれた。


舘「あー、俺が何したっていうんだよ」


空虚に意味のない言葉を吐き出しながらソファに項垂れていると、部屋に一つの音が響き渡った。時間的にはまだ不自然ではないけど、なんか服とか買ってたっけ。

呼び出されるがままに応答ボタンを押すと、機械越しに聞こえてきた小さな声に俺は胸を掴まれた。

マンションの他の住人に出会ってしまわないように、急いでオートロックを解錠した。声を聞いた途端に駆け上がっていった脈拍はドクドクと肌の上で息をしている。


なんで、え、なんで? どうして?


頭の中が止めどなく疑問符で満ち溢れていく。互いが忙しかったこともあり、数週間会えていなかった。だから寂しがり屋なあいつがこうして俺の元を訪れてくるのは全然おかしいことじゃない。


おかしいのは、あいつがやってきたことに、こんなにも喜んでしまっている俺自身だ。


そうこうしているうちに再びインターホンが鳴り、俺は真っ先に玄関に向かって鍵を解錠しドアを開けた。そこにいたのは、応答することなく開いたドアに驚いた顔を浮かべている俺の恋人。


康「ははっ、ちゃんと確認せなあかんやろ、舘さん」

舘「いいから入れっ」


困ったように柔らかく笑う恋人を腕を引いて、そのまま細く薄い身体を抱き寄せた。全身が満たされていく感覚に酔いながら、扉が閉まって鍵が施錠される音に意味もなく耳を傾けた。

俺よりも幾分か背の高いこいつは今、どんな顔をしているのだろうか。

こんな俺のことを馬鹿にしてる? いや、康二はそんな嫌な奴じゃない。 今の自分を馬鹿にしてるのは他でもない自分自身で、こいつはというと突然抱きしめられたにも関わらず慌てる様子など一切無く、俺の背中を優しくさすっていた。


康「なんや、今日は随分と甘えたさんやな」

舘「……うるさい」


身体の底から混ざりきった感情がふつふつと高まっていく。触れ合った体温は次第に上昇し、脳内は幸福で満たされていった。

たった2週間会えていなかっただけで、こんなにも恋人に飢えていた自分自身に嫌気が差す。言いたいことは山ほどあるものの素直な言葉など吐き出せず、俺は黙り込んだまま抱きしめた腕の力を強めた。

耳元で名前を呼ばれ、応えるように顔を上げると康二は愛おしそうな笑みを浮かべて、優しくほどいた俺の手を取った。


康「俺、明日オフなんやけど、泊まってってもいい?」

舘「別にいいけど。あ、食材とか買いに行かないと何も無いかも」

康「あれ、舘さん夜ご飯まだなん?」

舘「いや、もう歯も磨いたけど」

康「じゃあ大丈夫」


そう言うと康二は履いたままだった靴を脱いで、再び取った俺の手を引いて寝室へと足を進めていった。それと同時に高まり始めた心拍に気付かれないよう、俺は懸命に抑え込もうとした。


互いに明日はオフで、二人きりになるのは久々のこと。この先に待ち受けるであろう行為に、身勝手に期待した身体は熱を持ち始めた。

あー、来てくれるなら準備しておけばよかった。

そんな後悔を胸に抱きながら、予想通り辿り着いた寝室で俺はベッドの上にやさしく押し倒された。

マットレスに沈み込んだ身体は、なぜかいつもより眠気を帯びていた。

今日は、無理そうだな。


舘「康二、今日準備してない」

康「んぇ? あぁ、舘さん。今日はせえへんよ」

舘「……は?」


え、今なんて言った? 今日はしないって、じゃあ何をしにわざわざ来たんだよ。


康「ははっ、顔に出すぎやなぁ。めずらしい」

舘「なんで」

康「あぁ、阿部ちゃんがな? 舘さんが不眠で倒れそうや〜って教えてくれたんや」

舘「それで、心配でってこと?」

康「心配もそうやけど、一緒に寝ようかと思って」


こんなにも下心無しに恋人の家にやってくる男が他にいるだろうか。思わず溜め息がこぼれそうな健気さに、面食らった俺はじわじわと思考を蝕んでくる眠気に身を委ねることにした。

いつもとは違って、今日はなぜだか今にも眠ってしまいそう。康二が隣にいるから?

布団の中に木霊した自身とは少し異なる体温と、あたたかくも落ち着いている優しい声に溶かされて、姿の見えない幸福に溺れていった。


康「なんや、もう眠たそうやな」

舘「ん、きょうは寝れそう」

康「今夜はずっと俺が隣にいたるから、安心して寝や」


ふわりと微笑む男を前にして、蕩けた思考でぼんやりと考えた。

長い睫毛、形の整った目に潜む綺麗な瞳。芸能界でもトップクラスの小顔で、スタイルもいい。人懐っこくて愛嬌があって、性格の表裏がない真っ直ぐで素直なやつ。俺にはもったいない存在だと、いつも心のどこかで思っている。

けれどその度に思い出すのは、寂しそうな顔をして俺に駆け寄ってきて、他の誰でもない俺の名前を呼ぶ、康二の姿。

他のメンバーとばかり会話してると嫉妬するし、後回しにすると拗ねる。けれど根が素直過ぎるからか、説明すれば直ぐに納得してくれる。感情の立ち直りには少し時間がかかるけど。

言葉には絶対に出来ないけど、その全てが俺にとって愛おしくて仕方がない。


舘「こーじ」

康「なんや」

舘「…………なんでもない」


眠たげな思考に任せて言ってしまおうかとも思ったけど、やっぱりやめた。

気恥ずかしいしそんな柄じゃないから言わないけど、俺、康二と出会えて良かったよ。




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