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──数分後。
草王さんと別れて、私は薬草の束を抱えたまま、
草原をてくてく戻っていました。
正直、頭の中は半分くらい「晩ごはん何かな」です。
略してハラペコリーヌ・カエデです。
その時でした。
目の前に、ぷるぷる震えながら進む、
ゼリーみたいな何かがいました。
「……えっ。うそ。スライム……?」
最弱モンスターのはずです。
なのに私は、喉の奥がキュッてなって、足が止まりました。
「……無理です……ムリムリムリムリ……
スライムとか、無理です……!」
考えるより先に、体が動きました。
私は反射で、草むらにダイブしました。
逃げる判断が、異常に速いです。
「発動──《スピリットコール:草》!!」
私はいそいそと草を盛りました。
髪に草。肩に草。鎧に草。
ブーツには、なぜか元気よくタンポポ。
ポケットから取り出したウィルソン(良い形の石)が
自信満々な顔でスタンバイしていました。
「私は草……
草そのもの……
風と共に在る存在……」
言い聞かせないと無理でした。
だってスライムが、
“ぷるるん”って音を立てて、
こっちに来るんです。怖いです。
私は震える手で、そっとウィルソンを構えました。
「……頼むよ、ウィルソン」
ビュンッ!!
ウィルソンがスライムの近くの小石に当たり、
カツンッという音を立てました。
スライムが、びくんと反応して、
ゆっくりと音の方へ向かっていきます。
「……よし。
気を逸らせた。
完璧な草戦術……」
私は草むらの中で、小さくガッツポーズしました。
偉業です。
スライムを“避けた”んですから。
*
私は草むらの中で、ほっと息を吐きました。
「……よし……
生き延びた……」
心臓が、ようやく落ち着いてきました。
その時、
草原を渡る風が、ほんの一瞬だけ、
向きを変えた気がしました。
「……?
なんだか……
褒められた気がする……?」
気のせいだと思います。
たぶん。
きっと。
私は草を払って、そっと立ち上がりました。
⸻
【天の声】
草原の境界。
木々と大地が溶け合う場所に、草王は立っていた。
『スライムを倒さず、
威張らず、
叫ばず、
命を奪わず、
それでも確実に生き延びた』
『それは弱さではない。
草の選択である』
『逃げよく戦えり。
誇るが良い。グラス・カエデ』
草王は、わずかに頷いた。
『よい。実によい。
この者はまだ、自分が
“草生える存在”であることを知らぬ』
『真顔で踏ん張るほど、
必死で生き延びようとするほど、
周囲は笑い、油断し、隙を見せる』
『世界を動かすのは、剣ではない。
草だ』
草王は、誇らしげに目を細めた。
なお、この理論は
草王個人の見解である。
【草王の好感度がまたしても1上がりました】
⸻
【天の声】
同じ頃、草原の端では、
二人のFランク冒険者が“それ”を目撃していた。
・最弱モンスターに怯え、草むらに飛び込む女
・儀式のように草を盛り
・謎の石を投げ
・勝った顔をしている草
「……なに、あれ……」
「……だめ……見ちゃだめ……
あれ、絶対“あっち側”の人……」
二人が恐る恐る瞬きをした、その瞬間。
そこには、草むらしか残っていなかった。
草むらの奥から、声だけが聞こえた。
『……生き延びた……』
「ひっ……!!」
二人は、全力で逃げた。
この日を境に、
冒険者ギルドでは、
ひとつの噂が生まれることになる。
【噂:草さん】
⸻
私は草になったんです。たぶん。
私は、ただただ風と草に感謝していました。
「ありがとう、草……。
私、生きてます……」
すると、頭のどこかで、
草王さんの声を思い出しました。
『グラス・カエデ。草生える者よ』
(あれ、やっぱり悪口じゃないですか?)
でも、草王さんは、
あの時こうも言っていました。
『そなたが真顔で踏ん張るほど、
周囲は笑い、油断し、隙を見せる』
(……いや、それもだいぶ嫌かな)
私は真剣です。
命がかかってます。
なのに周囲が笑うって、どういうことですか。
ディスられてません? これ。
【スキル:スピリットコール:草 熟練度+1】
【称号:孤高の草 獲得】
【草王の好感度:101/999】
(好感度いつのまに!?たすけて)
*
その日の夕方。
パン屋に戻ると、
アンナさんがぱっと顔を明るくしました。
「おかえり! どうだった?」
「無事にクエストの薬草を集められました!」
薬草袋を見せると、
アンナさんは目を丸くして笑いました。
「すごいじゃないか!
初日から立派だよ!」
私は、胸を張りました。
……でも、草王さんの件は、
言うべきか迷いました。
怖いので。
……迷いましたが、言いました。
私は正直者です。
「それで……
草王さんに会いました」
「……草王?」
一瞬だけ変な顔をして、
アンナさんはすぐに笑いました。
「そんな王様がいるんだねぇ。
世の中広いねぇ。あはは!」
「はい!
たぶん危ない人です!」
「たぶんって何さ! あはは!」
アンナさんは笑いながら、
私の頭をポンポンしてくれました。
「まあ無事で何より!
お疲れさまのご飯、用意してるよ!」
「はい!」
あったかい湯気と、
パンの香りに包まれて、
私はちょっと泣きそうになりました。
この世界は危ないけど、
帰る場所があるのは、強いです。
*
──これは、精霊と契約する“アルティメットスキル”。
今のところ契約できたのは、ただひとつ。
《スピリットコール:草》
でも、きっとこれから増えていく気がします。
泥とか、苔とか、結露とか。
お風呂の湯気とか。
──予感がします。
私、強くなってます!
【天の声】
「この者は過去、数多の契約を重ねてきた。
ツボ、英会話、そして今──草」
(やめてバラさないで)
(つづく)
◇◇◇
──今週のカエデ語録──
『カエデです。家にはツボや英会話セットがたくさんありました』
解説:
地球ではツボや英会話、異世界では草と契約したカエデ。
本人はいつだって本気。
この語録は、“ど天然契約勇者”としての原点。
ここからすべてが始まった──
◇◇◇
──おまけのカエデのステータス──
【名前】カエデ
【種族】人間(ど天然)
【職業】勇者
【レベル】1(*固定)
【スキル一覧】
・スピリットコール:草
└(精霊顕現・第零式:草)
・ウィルソンを投げつける(Lv836)
・ど天然(大事なことなので2回目)
【称号】
・草さん/草の者/草属性
・草生える者(=笑える姿になる。本人は真剣)
【契約精霊一覧】
・草王(初契約)
【現在の目的】
・パン屋のために薬草を集める
・強くなる(なってる気がしてるだけ)
・でもスライム怖い
【備考】
・アルティメットスキルである、スピリットコール:草 → “目立たなくなる”(たぶん)
・次の契約精霊は「泥」か「苔」か「湯気」か「結露」か作者の家の状況次第。
結露が濃厚。