テラーノベル
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セットも何もしていない髪がさらに乱れる。
それでも、僕の頭は相変わらず怜治さんのことで埋め尽くされていた。
(なんせ、あんな異次元のイケメンが目の前にいたら、見惚れない方が無理あるし。男の僕から見ても、ちょっと引くくらいカッコいいんだから……)
怜治さんはモデル顔負けの長身で、スタイルも抜群だ。
それでいて、いつも穏やかで、誰に対しても包み込むような優しい笑顔を絶やさない。
もしも……もしもあの笑顔が
大勢の客に向けられる営業スマイルではなく、僕だけに向けられた特別なものだったとしたら────
「って、な、何考えてんだよ僕のバカ!!」
一瞬でもそんな大それた妄想を抱いた自分に、猛烈な自己嫌悪が襲ってきた。
足早に歩きながら、心の中で自分を激しく戒める。
怜治さんは街の女の子たちに大人気の、言わばアイドルのような花屋さんだ。
僕みたいな特筆すべきところもない普通の男子高校生に、特別な関心や感情なんて抱くはずがない。
そう何度も自分に言い聞かせ、期待を打ち消そうとする。
けれど、胸の奥の小さな隙間から
「もしかしたら」という淡い期待が、どうしても消えずに顔を覗かせてしまうのだ。
アホらしい。
◆◇◆◇
数十分後
すっかり夜の帳が下りた頃、ようやく自宅にたどり着いた。
玄関のドアを開けると
見慣れた我が家の匂いとともに、いつも通りリビングから母親の声が出迎えてくれた。
「ただいま〜……」
「おかえりなさい。今日もまた、怜治君のお店に行ってたの?」
廊下を進んでリビングに入ると、母がキッチンから顔を出して、クスクスと微笑ましげに僕を見た。
最初は、怜治さんに会いたいがために
花屋に通い詰めているなんて絶対に秘密にしたかったし
恥ずかしくて死にそうだった。
けれど、毎日毎日、一輪の花を買って
しかも顔を真っ赤にして帰ってくる息子を見ていれば、察しのいい母親にバレるのなんて
時間の問題だったわけで。
今ではすっかり、家族公認の「片思い」になってしまっている。
「うん、まあ……」
歯切れ悪く返事をしながら、リビングのソファに自分のスクールバッグを置く。
「夕飯できてるわよ。今日はあんたの大好物の生姜焼きだからね。冷めないうちに食べちゃいなさい」
「マジ?やった!」
制服のネクタイを少し緩め、そのまま食卓の椅子につく。
お肉の焦げた醤油と生姜の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、一気に現実へと引き戻される。
家族と一緒に囲む温かいご飯の時間だけが
今の僕にとって唯一、怜治さんへの緊張から解放されて安心できる瞬間だった。
黒星
猫塚ルイ

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