テラーノベル
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自分自身が、初めて不思議な体験をしてから、3ヶ月が経った頃、ドラマのオファーをもらった。恋愛ドラマの主演だった。
貰った台本を仕事の移動時間とか家に帰ってからも読むようになると、生き霊のふっかの機嫌は日に日に悪くなっていった。
「ひーかーるーーーかまってーーーー。」
「あとちょっと。」
「やぁだぁぁぁぁ」
「静かにして。」
「…へーい」
台本に齧り付いて、生き霊のふっかに目を向けないまま軽くあしらうと、そいつは案外すんなり大人しくなった。静かになった部屋の中で、メモを書き込んだり小さい声で読み上げてみたりして、一通り目を通してから、やっと台本から目を離す。日が暮れて、部屋の中が暗くなり始めていて、 大分時間が経っていることに気が付いた。
「ふっか…?」
部屋の中が静かすぎる気がして不安になる。
あたりを見回して合点がいった。
ふっかがいないのだ。
基本的にリビングか寝室にしかいないやつだけど、その他の風呂場や洗面所、トイレまで探してみたけれど、どこにもいなかった。
大切な仕事とはいえ、冷たい態度を取ってしまったかもしれないと少し反省する気持ちもあったが、俺が家にいる時は四六時中騒ぎ立てるから、こっちだって滅入ってしまう時もあるんだぞ、と言い訳したい気持ちもあった。
「…どこ行っちゃったんだよ」
部屋の中に落とされた俺の声は、不満気で、どこか寂しそうにも聞こえた。
結局、生き霊のふっかはどこかに行ったきり一晩中帰ってこなかった。
あいつは誰にも見えないだろうから、連れ去られたり、事件とか事故に巻き込まれたり、そんな危ないことが起こることもないだろうが、モヤっとした気持ちでいっぱいになって昨日はあまり眠れなかった。ふっかが急にいなくなってしまったこと、何も言わずに忽然と姿を消したこと、なんだか全部気に入らなかった。
ずっと、俺から離れなかったくせに、なんで急に消えちゃうんだよ。
自分の口がどんどんへの字になっていくのがわかる。
帰って来たらありったけの文句を言ってやる、なんて考えて、ふと、固まる。
ーーあいつは、帰ってくるのか?
ある日突然現れたんだ。消える時だって突然なのかもしれない。
それに、あいつが俺のことを好きなら、俺が冷たくするということ自体が、あいつの存在を消してしまう一つの理由になるんじゃないか?でも、現実のふっかと、生き霊のふっかの意識はリンクしていない。であれば突然消えた原因はなんなのか。
そんなぐちゃぐちゃな考えが頭をかすめると、俺の胸はざわつき始めた。
「大丈夫?」
不意に声をかけられて、はっと我に返る。
今日はYoutube撮影をするためにメンバー全員で集まるの日なのだが、舘さんに声をかけられるまで、俺は周りの声なんて全く聞こえていなくて、いつの間に全員揃っていたのかさえ気づかないほどに考え込んでいたようだった。
「ごめん、大丈夫。」
「…ならいいけど。照、すごく不満があるって顔してる」
「そうかな。なんでもないよ」
今自分を悩ませている存在について、なんて言ったらいいのか全く分からなくて、無理やり誤魔化した。言えるわけがない。俺にしか見えない生き霊が、昨日突然どこかに行ってしまってモヤモヤするなんて。俺がいきなりそんな話をしたところで、流石の舘さんだって信じてはくれないだろう。
舘さんは、なんでもないと誤魔化した俺の顔を、疑うようにじっと見つめたあと、一言だけ言った。
「そんなに心配することないよ。照の大事なものは、今もちゃんと照の後ろにあるよ」
舘さんは俺にそう言うと、みんなが集まって騒いでいる場所に戻っていった。
舘さんの言っていた言葉の意味を理解しきれないまま撮影は始まった。
今日は久々にみんなで集まって人狼ゲームをすることになっている。
いつも通り阿部がゲームマスターとしてゲームを進めていき、順番にスマホを回していく。俺は市民だった。
誰が人狼なのか、そんな話し合いをしていく中で、いつも通り一番最初に佐久間が処刑されて、早々にゲームは二日目の朝を迎えた。
依然人狼は生きていて、次の誰かを炙り出す会議中に、突然ふっかが口を開いた。
「照怪しくない?」
「いや、俺市民だし」
「照ってすぐに顔に出るじゃん。嘘つけなさそうだし。ほら、目がすんごいもん。やってやるみたいな目してるもん。」
「してないよ!俺マジで市民だって!!」
こいつ、ほんとに俺のこと好きなのか?すごい言うじゃん。
ふっかの売り言葉にムキになった俺は、結局みんなから怪しまれて、処刑されてしまった。悔しかったけど、もう喋ることはできないから、部屋の隅で体育座りをした置き物みたいな佐久間と並んで黙っていることにした。
ゲームが盛り上がっていくなかで、阿部が脱落した俺たちのことも忘れずに触れてくれた。阿部の言葉で、全員の視線が俺たちに向いた時、ふっかと目があった。
その瞬間、ふっかは何かが込み上げて来た時のように、カメラに映らない画角の中で、隠れるようにして、苦しそうに目を細めた。
「おーおー。ときめいちゃってるよあれ。我ながら乙女かっての。」
「!?」
耳元で声がしたと思ったら、少し透けたふっかが俺の後ろでふよふよと漂っていた。
「お前なんでここにいんの!?」
「…照、どうした?」
「ぁ…ごめん。なんでもない。ここカットしといてください…。」
突然、しかも昼間に初めて現れた生き霊のふっかに驚いてしまって、撮影中だということも忘れて叫んだ。舘さん以外のみんなもびっくりしたように俺の方を見ていたから、そこでやっと居た堪れない気持ちが襲って来て、この場にいる全員に謝った。
「ふははっ、やっちゃったねぇ」
「…お前のせいだろ」
撮影中だし、今は喋っちゃいけないルールだから、揶揄うようにケラケラと笑う生き霊のふっかに、俺は小さな声で文句を言った。
その後も、生き霊のふっかは一人で楽しそうに、俺たちが人狼ゲームに勤しむ光景を眺めながら笑ったり独り言を言ったりしていた。ふっかは、部屋の中を自由に浮かんで漂ったり、普通に俺に話しかけて来たりするから、俺は気になって仕方なかったけど、なんとかふっかを無視して撮影は無事に終わった。俺の仕事は、今日はこれで終わりだし、もう帰ろうかと支度を始めていると、生身のふっかが声をかけて来た。
「照、今日もう終わり?」
「うん。終わり。」
「今日、飯行かない?」
「あぁ、いいよ。どこ?」
「照の食べたいもんあるとこ」
「いひっ、なにそれ。ふっかは食べたい物ないの?」
「っ、照と飯行ければなんでもいいから…」
「…」
心なしかふっかの顔が赤いような気がする。これは、照れてるのか?
自分から誘ってきたくせに照れるのか。変なやつだな。でも、今俺の目の前で、もじもじしているふっかは少し可愛らしかった。男相手に何を考えているんだろうとは思うが、いつも以上に小さく見えたふっかに、俺は胸を矢で射抜かれたような気分だった。
何も言わず、ただふっかを見つめるだけになってしまった俺の心を見透かすように、俺の横でずっとふよふよと漂っていた生き霊のふっかが
「俺、超かわいくない?」
と言ってきた。
俺は、小さな声で「黙ってろ」と言ったが、生き霊のふっかは返事をしないまま、上の方に上っていって、「面白そうだから俺もついてこー」と天井近くの電気の周りをぐるぐると飛び回っていた。
野菜を食べたい気分だったから、サラダバイキングがあるお店にふっかと入った。
マスクをつけて、帽子も被って、バレないように食べたいものを取っていくのはなかなかにスリルがあって楽しい。
雑談をしながらふっかとご飯を食べていく。近況報告のような何気ない話の流れで、ふっかが俺に話題を振ってきた。
「昨日さ、マネージャーから、照がまた恋愛ドラマやるって聞いたよ」
「うん。役もらえたからには全力でやる。」
「照なら大丈夫だろ。ほんで、どんな感じなの?」
「結構濃いめだったな。がっつりそういうシーンもあったからうまくできるか心配なんだよね」
「そ、そうなんだ…」
「あーらら、喰らっちゃった。やっぱしんどいか、好きなやつのそういうドラマ。…うん、俺も見たら泣くかも」
「静かにしてろって」
ふっかは、小声で誰もいないはずの場所に向かって喋る俺を心配するように声を掛けた。
「ひ、照…?どした?」
「あ、いや。なんでもない。」
「そ。…やっぱりさ、そういうドラマやったら、相手の人のこと好きになっちゃったりすんのかな?」
「人によると思うけど、多分俺は無いかな。この間、偶然共演する女優さんと会って挨拶したけど、向こうも何も思ってなさそうだったし」
「…そっか」
その後も、現実のふっかといろんな話をしながらご飯を食べて帰った。
帰宅して、手を洗ってからソファーに座る。当たり前のように俺に着いてきた生き霊のふっかに向かって「ふっか、ここ座って」と声を掛けた。
大人しく座った生き霊のふっかをじっと見つめながら、俺は尋ねた。
「昨日、どこに行ってたの」
「うーん、照の後ろ?」
「真面目に答えて。こっちはお前が急にいなくなって心配したんだから。」
「心配してくれてたの?嬉しいわ」
「いいから。答えて。」
「わーったよ。最近、照がずっとドラマの台本に夢中だから構ってくれなくて暇だったわけよ。それに「静かにしろ」って言われちゃったから、しょうがなくベッド借りて寝てたんだけどさ」
「うん、それはごめん」
「あぁ、いいよいいよ。うるさいの自分でもわかってるから。それで、起きた時、ちょっと体がいつもより透けてたんだよね。でも、家にはずっといたんだよ?でも、照、俺が見えてないのか、ずっとここにいるのに探してるから、どうしよーって。」
ずっとそばにいたのか。
俺が見えていなかっただけで、ずっと後ろにいてくれてたのか。
ふっかが消えてなくてよかったと、心からそう思って抱き締めようとした。だけど、どんなに頑張っても俺の腕は、ふっかをすり抜けて 空を切ってしまった。触れたいのに、そうできないことがもどかしかったけど、同時に、自分がふっかに触れたいと思ったことが不思議だった。一方でふっかは「ごめんねぇ、触れなくて」と飄々としていた。
「そんで、朝になって照が仕事行くのに、いつも通り着いていって」
「え、ちょっと待って。いつも通りって、ふっか昼間もいたの!?それにいつも着いて来てたの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?俺、また成長したみたいでさ、照が好きって話したあとすぐぐらいから、昼間もここにいられるようになったの。んで、その後すぐ、照の近くだけなら外にも出られるようになったんだよねー。」
「そういう大事なことは言えよ…。」
「悪りぃ悪りぃ。まぁ、流石に夜より昼間の方が体はぼやけてるみたいだったけどね。」
全く悪いと思っていなさそうな声で、俺に謝るふっかの体は、確かに昼間見た時と、日が暮れてから見る時とで少し違っていた。
昼間は全体的に輪郭も朧げで、足が無かったからなのか、ずっと俺の近くをふよふよと飛んでいた。夜になって、ふっかの体は姿もはっきり見えるし、足もちゃんと見えるし、ちゃんと座っている。
「今日の昼間はなんで、急に俺から見えるようになったの?」
「多分あれじゃない?現実の俺と目合ったでしょ?」
「うん。」
「その時のあいつの顔覚えてる?」
「…なんか、確か、すごい苦しそうな顔してた気がする」
「あれ、多分、めっちゃときめいてたと思うよ。」
「そうなの?」
「うん。んで、気持ちがまた強くなっちゃったんだろうね。連動して、また俺も成長しちゃった。」
「昨日はなんで姿が見えなくなっちゃったの?」
「んー。そこは俺も正直わかんない。昨日、現実の俺が何を見て、何を感じたのか、そこは共有されないからね。」
「そっか…。」
「まぁ、いいじゃない。また照の前に出てこられるようになったんだから。これで寂しくないっしょ?」
昨日突然姿が見えなくなってしまった理由については、なんとなくはぐらかされたような気もしたけど、無理に聞くほどのことでもないかと、俺もそこで深く考えるのはやめにしておいた。
「ねぇ、今日はさ、そこに立ってないで一緒に寝ようよ。」
「は?」
「昨日ここで寝てたんでしょ?寝られるなら一緒に寝ようよ。」
「お前マジで残酷だな。でもまぁ、そう言うんなら遠慮なく。」
半分は俺のせいでもあるけど、急にいなくなって不安にさせたんだ。こいつが近くにいてくれないと、今日は安心して眠れそうにない。
少しスペースを開けたベットの上に、少し透けた青白いふっかが寝転んでいることに満足して、俺は目を閉じた。
まどろみの中で、ふっかが小さく呟いた「そろそろ潮時か」という言葉がやけに耳に残った。さっき話していた姿が見えなくなってしまった理由について、もっと深く考えなければいけなかったような気がしたけれど、抗えない睡魔に促されるまま、俺の意識は沈んでいった。
コメント
1件
ふっかの気持ちが諦めかけてるから薄くなってるんじゃないの!?ひーくん早く応えてやれよ!笑