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「大変お待たせしたのでござる、失礼しました」
丁寧に詫びる善悪の視線の先には中年(大体同い年位)の夫婦が座っている姿が映った。
「いいえ、突然来てしまいました、こちらこそ申し訳ありませんでした、先程、奥様ですかね? 黄色いドレスの女性の方から他の方は予約を入れてからいらっしゃると伺いました、急がしいでしょうに、ごめんなさい」
夫婦の女性の方が詫びを重ねて来るのを、手で制しながら善悪は笑顔を見せて言う。
「いえいえ、お寺の門は常に開かれていますのでご心配には及ばないのでござる、あ、それと、インヴィディア、黄色いドレスの女性は拙者の妻では無く、んーと、弟子の一人? でござる! ははは、未熟者故まだ独身なのでござる、お恥ずかしい」
「まあ、そうでしたか、またまた失礼いたしました」
そんなやり取りをしながら善悪は本堂に腰を下ろし、左右にアスタロトとバアルが並び、イーチは少し下がった場所に立ったまま控えるのである。
善悪が左右の二人を指して言う。
「小生が当寺の住職、善悪で、こちらが弟弟子の明日汰坊(あすたぼう)、そしてこの者が妹弟子の芭或尼(ばあるに)でござる、後ろに控えるのは弟子のイーチ休(いっきゅう)と言います、どうぞよろしくなのでござる」
善悪に倣って鷹揚(おうよう)に頷くアスタロトとバアル、反して四十五度に上体を折って深々と礼をする小坊主ファッションに髭面の大男イーチに対して、慌てて頭を下げるご夫婦である。
「さて、ご供養を希望されているとか、お人形でござるか?」
「ええ、亡くなった母が大切にしていた雛人形のお内裏様なのですが…… ご覧になって頂けますでしょうか?」
「無論でござる、ささ、お出し下され」
流れる様な会話のキャッチボールである、慣れた物だ。
それもその筈、なのである。
悪魔入りのフィギュアと編みぐるみ達が起こした奇跡は広告収入以外にもあったのである。
数か月前の事である。
グンジョ〇のフォーメイションダンスがバズリ続ける中、おずおずと幸福寺を訪ねて来た妙齢の女性が持ち込んだのは、セルロイド製のお人形であった。
女性曰く、夜中に家中を歩き回っては奇声を上げ、何度捨てても戻って来ては無表情な顔で睨み続けて来る、と言う話であった。
話を聞いた善悪は、幽霊や死霊、アンデットやゾンビの専門家、『死者の王』ことイーチを呼んで人形を見せたのだった。
トシ子を手伝って畑の世話をしていたイーチは人形を覗き込むや否や短く呪文を唱えてから、人形の頭に手を翳し、何かを摘まみ上げるようにして善悪を振り返って言った。
「幽霊や邪霊ではないですね~これ、ふむ、なんでしょうね? 低級の悪魔の様ですが、あいにく詳しくない物で…… アスタ様かバアル様に聞いてみましょうかね」
言うイーチの手からぶら提げられた黒く痩せた鳥のような小悪魔は、濁った声でチィーチィーと煩い声を上げ続けていた。
丁度本堂に入って来たバアルが面白そうな声を上げて会話に入って来る。
「あれ、この子は確か歌と金属の魔王、ストラスの眷属、ファミーリエだった筈だよ? どうしたのこの子? おばさんの使い魔なの?」
お客の女性に対して中々失礼な口の利き方であったが、善悪は咎めるでもなく首に掛けた黒い念珠を握って言うのであった。
「なるほどね、んじゃ早速、『ファミーリエ、封珠』、はい、これでお祓い完了でござるよ」
「え? ええっ!」
善悪の言葉に合わせるように、イーチと呼ばれた男の手にぶら下がっていた小さな化け物が、漆黒の念珠に吸い込まれて行くのを見た女性は驚きの声を上げたがそれ以上言葉を続ける事が出来ずにいた。
やがて落ち着きを取り戻した女性に対してバアルと呼ばれた幼女が何やら呟いて不思議な光で包み込み、
「もう、大丈夫だよ♪ お人形も可愛がってあげなよ」
そう言い、やや強引にセルロイド製のドールを持たせると、手を引いて門まで連れて行き寺から送り出すのであった。
女性は帰宅してからこの不思議な体験を自分のSNSでネットに発信をしたのである。
それからというもの、曜日に関わらず人形供養や憑き物祓いを希望する人々が訪れ始め、合わせる様に参拝客が押し寄せた幸福寺なのである。
お賽銭だけでなく、お布施、出店の収益は鰻登りに増え続けており、昨年春に破綻直前だった幸福寺の経営状況は、見事に好転、いいやV字回復を遂げたのであった。
とまあ、そんな流れでこの夫婦もネットかどこかで幸福寺の噂を聞いてお内裏様を持ち込んだのであろう。