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瑞希くんの言葉が頭をよぎることも少なくなっていた。
目の前の朔久は、ビジネスパートナーとして、そして友人として
俺を心から頼し、支えようとしてくれている。
「うん、ありがとう、朔久。ここなら気持ちよく仕事ができる気がする」
俺は朔久の目を見つめ、心からの感謝を伝えた。
この場所で、朔久と共に、東京ブルームプロジェクトを成功させる。
その決意が、俺の胸の中で確かなものになっていくのを感じた。
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コワーキングスペースの見学を終えたあと
朔久が次の予定があると言うので、駅で別れて自宅まで歩くことにした。
新鮮な空気を吸い込みながら、俺は今日の出来事をゆっくりと噛み締めた。
朔久に連れられて行ったあのコワーキングスペースは、本当に素晴らしかった。
機能的な設備はもちろんのこと
そこかしこに散りばめられた細やかな配慮が、利用者への深い理解を感じさせた。
そして何より、朔久の案内は
俺の仕事へのモチベーションを大きく引き上げてくれるものだった。
自宅に戻り、俺は興奮冷めやらぬまま
朔久から手渡された資料をテーブルいっぱいに広げた。
商業施設の完成予想図、花と緑がふんだんに使われた空間デザインのイメージパース。
それらは、俺の頭の中に漠然と描かれていたコンセプトを、より鮮明な形へと押し上げていく。
「まずは、各エリアのコンセプトを描き出してみよっと」
資料の隅に、俺は小さくメモを書き込む。
手始めに、各エリアの特性を改めて頭に叩き込むことから始めた。
エントランスホールは、吹き抜けの開放感を最大限に活かし
訪れる人々を包み込むような温かい光と、生命力溢れる植物で迎え入れたい。
最上階のイベントスペースは、季節の移ろいをダイナミックに表現し
訪れるたびに新鮮な驚きと感動を提供する場に。
そして、各フロアの休憩スペースは
都会の喧騒を忘れさせる、心安らぐ小さなオアシスとして機能させたい。
俺は真っ白なスケッチブックを開き、ペンを握った。
最初は、頭に浮かんだイメージをそのまま紙にぶつけるように、ラフな線で描き始める。
エントランスの巨大な植物のシルエット
イベントスペースを彩る花々の配置
休憩スペースの柔らかな光…
まるで、頭の中の風景をそのままアウトプットしていくような感覚だ。
「このエントランスには、天井まで届くようなシンボルツリーが欲しいな……」
自間自答しながら、鉛筆の線を重ねていく。
ただ大きな植物を置くだけでは、空間に溶け込まず、浮いてしまう可能性がある。
光の差し込み方、人々の動線
そして空間全体のバランスを考慮しながら最も効果的な配置を模索する。
例えば、朝の光が差し込む時間帯には、葉の隙間から木漏れ日が降り注ぎ
幻想的な雰囲気を演出できないか。
夜には、間接照明で植物のシルエットを浮かび上がらせ、昼間とは異なる表情を見せる。
そんな細部まで、イメージを膨らませていく。
次に、イベントスペースのアイデアだ。
季節ごとに表情を変えるという久の言葉が、俺のクリエイティブな心を刺激する。
春には、桜の枝を大胆にあしらい
足元にはチューリップやパンジーを配置して
まるで公園にいるかのような華やかさを演出する。
夏には、もちろん向日葵を中心に
トロピカルな葉物植物と組み合わせ、情熱的で力強い空間に。
秋には、紅葉したドウダンツツジやモミジを使い、日本の美しい秋の情景を再現する。
冬は、クリスマスローズやポインセチア
そして常緑樹を組み合わせ、温かくも幻想的な冬の庭園を創り出す。
それぞれの季節で、花材だけでなく
使用するオブジェやライティングも変え、訪れるたびに新鮮な感動を味わえるようにしたい。
そして、各フロアの休憩スペース。
ここは、商業施設を歩き疲れた人々がほっと一息つけるような、心地よい空間にすることが重要だ。
大型の植物だけでなく
テーブルに置かれた小さな花瓶や、壁に飾られたボタニカルアートなど
細部にまで花と緑を取り入れる。
座り心地の良いソファと、柔らかな照明
そして微かに香るアロマで、五感に訴えかける癒しの空間を創り出す。
ラフスケッチがある程度まとまると
今度はそれをより詳細なパースへと落とし込んでいく作業だ。
色鉛筆やマーカーを使い、植物の葉一枚一枚の色合い、光の当たり方による陰影
そして空間全体の色使いや素材感を表現していく。
床材の質感、壁の色、家具の素材…
それらすべてが、花と緑を引き立て、調和するよう意識する。
「この植物は、もう少し葉のボリュームがあった方が、空間に奥行きが出るよな…」
描いては消し、描いては考え込む。
納得のいくまで、何度も修正を繰り返す。
必要であれば、小さな模型を作成することも視野に入れている。
立体的な空間のイメージを掴むには、やはり実際に形にしてみるのが一番だ。
段ボールや発泡スチロールを切り貼りし、ミニチュアの植物を配置してみる。
そうすることで、パースだけでは見えてこなかった、新たな発見があるかもしれない。
WAVEMARKの専門チームが資材調達や施工を全面的にバックアップしてくれるという朔久の言葉は、俺にとって本当に心強い。
純粋にクリエイティブな部分に集中できる環境は、花屋として最高の贅沢だ。
しかし、それでも資材の特性や施工の難易度を理解しておくことは重要だと、俺は考えている。
どんなに素晴らしいデザインでも、それが現実的に実現不可能であれば意味がない。
資料を読み込みながら、疑問点をリストアップしていく。
後日、朔久やWAVEMARKのチームと、具体的なデザイン案のすり合わせを行うことになるだろう。
その際には、俺のクリエイティブなビジョンを明確に伝えるだけでなく
技術的な実現可能性や予算との兼ね合いについても、建設的な議論ができるように準備しておきたい。
『楓の『陽だまりの向日葵』は、ただ花を飾るだけじゃない。そこにいる人の心を温かくして、前向きな気持ちにさせる力がある』
朔久の言葉が、俺の頭の中で響く。
彼の頼と期待に応えるためにも、俺は最高の作品を創り上げる。
ペンを握る手に、自然と力がこもった。
◆◇◆◇
それから数日後
朔久率いるWAVEMARKのチームと具体的なデザイン案の擦り合わせをするべく
WAVEMARKの本社に訪れていた。
胸の中には、期待とわずかな緊張感が入り混じっていた。
これまで一人でスケッチブックに向かい
ひたすらイメージを具現化してきたが、いよいよそれをプロの目に晒す時が来たのだ。
会議室に通されると、朔久がすでに席に着いており
その隣には数名のWAVEMARKの社員がいた。
彼らは皆、洗練されたビジネススーツを身につけ
それぞれの専門分野のプロフェッショナルであることが一目でわかる。
彼らの視線が俺に注がれるのを感じ、背筋がピンと伸びる。
「楓、よく来てくれたね。今日のメンバーを紹介するよ」
「こっちは空間デザイン部の部長、田中。そして、施工管理部の主任、佐藤。資材調達担当の鈴木だ」
朔久が一人ずつ丁寧に紹介してくれる。
俺は軽く頭を下げ、それぞれの顔をしっかりと見つめた。
彼らの表情からは、真剣さと、このプロジェクトに対する熱意が感じられる。
「ほ、本日はよろしくお願いいたします。花宮です」
一通り挨拶が終わったあと
俺は深呼吸をして、持参したスケッチブックとパースをテーブルの中央に広げた。
朔久が「じゃあ、早速始めようか」と促し、俺は話し始めた。
「コンセプトを考えると、訪れるすべての人に、温かい光と生命力、そして前向きな気持ちを感じてもらえる空間を創造したいと考えています」
俺は、エントランスホールのデザイン案から説明を始めた。
「まず、エントランスホールですが、この吹き抜けの空間には、天井まで届くようなシンボルツリーを配置したいと考えています」
「例えば、フィカス・ウンベラータのような、大きく葉を広げる植物を選定し、その足元には季節ごとに表情を変える花々を配置します」
「朝の光が差し込む時間帯には、葉の隙間から木漏れ日が降り注ぐような幻想的な雰囲気を演出し」
「夜間は、間接照明で植物のシルエットを美しく浮かび上がらせることで、昼間とは異なる表情を見せたいと思っています」
俺が説明する間、田中部長は腕を組み
佐藤さんは資料に目を落とし
鈴木さんは時折メモを取っている。
彼らの真剣な眼差しに、俺はさらに熱を込めて語り続けた。
「次に、最上階のイベントスペースです」
「ここは季節の移ろいをダイナミックに表現する場として、春には桜、夏には向日葵、秋には紅葉、冬にはクリスマスローズといった、その季節を象徴する花材を大胆に使用します」
「特に夏は、向日葵をメインに据え、トロピカルな葉物植物と組み合わせることで、情熱的で力強い空間を演出します」
「花材だけでなく、使用するオブジェやライティングも季節ごとに変更し、訪れるたびに新鮮な感動を味わえるように……」
俺の説明が終わると、会議室には一瞬の沈黙が訪れた。
緊張が走る中、最初に口を開いたのは田中部長だった。
「楓さんのコンセプト、非常に明確で素晴らしいですね」
「商業施設のターゲット層に強く響くと思います」
「特に、イベントスペースの季節ごとの変化というアイデアはリピーターを呼び込む上で非常に効果的だと感じました」
その言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、すぐに佐藤主任が具体的な懸念点を口にした。
「エントランスのシンボルツリーですが、天井までの高さとなると、かなりの大きさになります」
「その場合、根の張り方や、建物の構造への影響、そして何より、将来的なメンテナンスや植え替えの際の搬入・搬出経路の確保が課題になりますね」
「また、商業施設という特性上、土壌の衛生管理も重要になってきます」
俺は頷き、その言葉に耳を傾けた。
やはり、プロの視点は違う。