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俺が純粋にクリエイティブな部分に集中できると言ってくれた朔久の言葉は
裏を返せば、こういった実務的な部分はWAVEMARKが担ってくれるということだ。
だからこそ、俺も理解を深めておく必要がある。
「おっしゃる通りです、構造やメンテナンスについては、WAVEMARK様の専門チームのお力をお借りしたいと考えております」
「衛生面に関しても、土壌を使わないハイドロカルチャーや、特殊な培養土の使用など、いくつか検討している方法があります」
「搬入・搬出経路については、事前に建物の図面を確認させていただき、最適な方法を一緒に考えていければと思っています」
俺は事前に調べていた知識を交えながら、丁寧に答えた。
朔久が俺の横で、静かに頷いているのが見えた。
次に、鈴木担者が資材調達の観点から質問を投げかけた。
「季節ごとの花材の選定、非常に魅力的です。ただ、商業施設の規模となると、必要な花材の量も膨大になります」
「特に、特定の時期に大量に必要となる場合、安定供給の確保とコストのバランスが重要になります」
「国内だけでなく、海外からの調達も視野に入れる必要が出てくるかもしれません」
俺は、ただデザインを提案するだけでなく、実現可能性を考慮していることを示そうと努めた。
「はい、その点も承知しています」
「特に向日葵のように季節が限定される花材については、事前に契約農家さんとの連携や、代替案の検討も必要だと考えています」
「また、造花やプリザーブドフラワーを一部取り入れることで、コストとメンテナンスのバランスを取ることも可能かと」
朔久は、俺の回答に満足そうに微笑んだ。
「楓のアイデアは、非常に魅力的で、同時に現実的な視点も持ち合わせている」
「素晴らしいよ。三人とも、楓の提案を最大限に活かしつつ、実現に向けて具体的な方法を検討していこう」
「特に、エントランスのシンボルツリーについては、構造設計チームとも連携して、最適なソリューションを見つけてほしい」
朔久の言葉で、会議はより建設的な方向へと進ん
だ。
各担当者から、さらに具体的な質問や提案が飛び交い
俺もそれに対して意見を述べたり、新たなアイデアを引き出されたりした。
議論は白熱したが、それは決して否定的なものではなく
より良いものを創り出すための、前向きなぶつかり合いだった。
会議は予定時間を少しオーバーしたが、非常に実り多いものとなった。
俺のデザインコンセプトは、WAVEMARKのプロフェッショナルな視点と融合することで
より具体的な形へと進化していく手応えを感じた。
◆◇◆◇
会議室を後にし
朔久とタイルカーペットの廊下を歩いていたとき
「楓、今日はありがとう。色々初めてのこともあって疲れたんじゃない?」
朔久が、俺の目を見て優しく微笑んだ。
「こっちこそ……でも、ぶっちゃけると、ちょっと身構えてたし緊張したけど…朔久が隣にいるとなんかスラスラ話せちゃったよ」
俺は心からの感謝を伝えた。
この場所で、朔久と共に東京ブルームプロジェクトを成功させる。
その決意が、俺の胸の中で確かなものになっていくのを感じ
不意に自販機の前にさしかかると、朔久が足を止めた。
「楓、喉乾いたでしょ。コーヒーいる?」
「あっ、飲みたい。さっき会議室で飲んだのも美味かったけど、また飲みたくなっちゃった」
自販機の前に並び立つと、朔久が
「じゃ、お疲れ様ってことで奢ったげる」
と言って小銭を入れてくれた。
ガコン、という音が響いて自販機が缶を吐き出す。
「はい」
と手渡された缶の温かさを感じながら、お釣りを取り出す朔久の指を見た。
細くて綺麗な指
だけど社会人らしく短く切りそろえられた清潔感のある爪は
今日のリハに備えてか綺麗に手入れされているようだった。
……さっきから何を見ているんだ、俺は。
自分へ内心で突っ込みを入れながら、受け取った缶で指先を温めた。
「…朔久は何にするの?」
「俺は紅茶、お、丁度ストレートティーあった」
朔久がボタンを押すと、ガコン、という音が響いて紅茶の缶が出てくる。
腰を下ろして取り出し口からそれを取り出すと会社の前まで送るよ、と言われ
肩を並べてオフィスビルを出ると、外はもう夕焼けに染まっていた。
オレンジ色の光がアスファルトに長く影を落とし、都会の喧騒もどこか穏やかに聞こえる。
朔久は相変わらず
俺の隣で楽しそうに今日の会議の裏話や学生時代の面白いエピソードを語っていた。
朔久の声を聞いていると、自然と口元が緩む。
「そういえばさ、楓って昔から自販機でコーヒー買うとき、いつもBOSSだったよね」
朔久がふいにそんなことを言った。
「え、覚えてたの?」
「そりゃ覚えてるよ。楓のことだもん」
その言葉に、俺の胸がまた小さく跳ねる。
朔久は俺の反応に気づいているのかいないのか、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「なんか、昔と全然変わってないね、楓は」
「それは朔久もじゃない?相変わらず、変なところでドジ踏むし」
俺がそう言うと、朔久は「ひっど!」と笑う
その仕草に、俺はまた笑ってしまった。
朔久は歩いている間も他愛もない話で俺を笑わせ
面白い事を言ったりたまにドジを踏んだりして見せる。
なんていうか、馬鹿話とかで笑っているとき以外は自然な流れで
朔久の笑い方とか仕草を見てしまうことが多く
その度に高校時代が蘇る。
「ねえ、楓ってさ」
「うん?」
唐突に話しかけられて顔を上げると、朔久がいつになく真剣な眼差しで俺を見つめていて
ドキリとした。
「俺さ、スペイン行ってからも楓のこと忘れたことなかった」
「えっ?」
思わず声を上げてしまう。
だって、そんな言い方をされたらまるで。
「楓はさ、今恋人とか…好きな人いるの?」
朔久が、俺の目を覗き込むようにして聞いてくる。
「い……いないよ」
俺は、思わず目を逸らしてしまった。
だって、朔久の眼差しがあまりにも真剣で、熱を孕んでいたから。
「……そっか」
朔久がそう呟くと、また沈黙が訪れる。
だけどそれは気まずいものではなくて……なんだか心地よかった。
「じゃあさ、もし俺が楓と付き合いたい、番になりたいて言ったら……どう思う?」
朔久のその言葉に、心臓が跳ねる。
そして同時に、高校時代のあの光景が蘇る。
「本当に好きなら、無言でスペイン行ったりしないと思う……」
朔久は、俺の言葉を聞いてバツの悪そうな表情をした。
そして小さく頷くと、眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を見せる。
「……あの時はごめんね。俺も急な事だったから、スマホも初期化しちゃってたし連絡も取れなくて」
「もっと、立派な男になってから楓に会いたいと思ってた」
「あの頃、俺は本気で楓のことが好きだったし、今もその気持ちは変わらないよ」
そのまっすぐな眼差しに射抜かれるような気がして思わず目を逸らそうとすると
朔久の手が俺の類に触れた。
優しく頬を包み込むような温もりを感じて顔を上げると、朔久の整った顔がすぐそばにあった。
「…ま、待って!!俺、今そういうのは……っ」
慌てて朔久の手を払い除けるようにして一歩後ずさると朔久は寂しそうな表情をして肩を落とした。
「ごめん、未練たらしいよね」
「ちがっ…!そうじゃなくて……俺、フェロモンブロッカー依存症ってのなってから、好きとか、わかんないんだ…っ、だから……」
俺は俯いて必死に言葉を紡ぐ。
朔久に対して拒絶の意思があるわけじゃない。
ただただ、自分の感情が分からないだけだ。
「……なら、俺にも考えがある」
「え…?」
朔久の言葉に顔を上げると、彼はにやりと口角を上げた。
その表情は、いつものおどけた朔久とは少し違う、自信に満ちたものだった。
「楓がフェロモンブロッカー依存症で、好きっていう感情が分からなくなってるならさ」
「もう一度、楓のこと惚れ直させるから。俺にもう一度、チャンスをくれない?」
朔久の真っ直ぐな言葉に、俺の心臓がまた大きく跳ねた。
純粋な驚きと、どこか期待にも似た感情だった。
でも、すぐに不安が頭をもたげる。
「で、でも……俺、本当に、好きとか、そういうのが分かんないんだ。朔久に期待させちゃうだけかもしれないし……」
俺が俯いてそう言うと、朔久は一歩踏み出し、俺の目の前に立った。
そして、優しく俺の肩に触れ、目線を合わせてく
る。
「それでもいい、楓にもう一度振り向いて貰えるなら俺はなんでもするよ」
その瞳は、真剣そのもので
朔久の熱のこもった視線に、俺は息をのんだ。
彼の言葉には、一切の迷いも嘘も感じられなかった。
ただ、俺への強い想いだけがそこにあった。
「だからさ、まずは試しに、デートしない?」
「昔みたいに、二人で色んなところに行って、色んなものを見て、色んな話をして……そうすれば、きっと何か変わるはずだよ」
朔久の提案に、俺は固まった
「デート……」
俺が小さく呟くと、朔久は俺の表情をじっと見つめ、俺の返事を待っていた。
彼の瞳の奥には、ほんの少しの不安と
大きな期待が入り混じっているように見えた。
「もちろん、無理にとは言わない」
「でも、俺は楓ともう一度、ちゃんと向き合いたいんだ」
「楓の感情が戻るまで、いくらでも待つし、焦らせるつもりもない。ただ、チャンスが欲しい」
朔久の言葉は、俺の心にじんわりと染み渡った。
朔久は俺の状況を理解しようとしてくれている。
そして、俺のペースに合わせてくれると言ってくれている。
このまっすぐな想いを、俺は無下にすることはできなかった。
「……わかった、デート…行くぐらいなら」
俺がそう言うと、朔久の顔にぱっと明るい光が差した。
「本当!?あ、ありがとう、楓!」
まるで、曇り空の隙間から太陽が顔を出したかのような、眩しい笑顔だった。
朔久は、喜びのあまり俺の手をぎゅっと握りしめた。
その温かい手に、俺の指先から微かな熱が伝わってくるような気がした。
「じゃあ、今の仕事が落ち着いたら、来週末とかどうかな?楓が行きたいところあったら、またLINEで教えてほしいな」