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「――そろそろだね、花火」
今の時間は午後七時半。花火が打ち上がる時間は午後八時。もう少しだ。
もう少しで、長年胸の奥にしまい込んでた葵に対する恋心を打ち明ける。
それを考えただけで、僕の鼓動は今まで感じたことがない程に激しく高鳴る。呼吸ができない程に。
まるで、深海に沈んでしまい、胸の奥で何かが爆ぜてしまいそうな、そんな気がした。
「ねー。花火ってめちゃくちゃ綺麗だもんね。まるでこの葵様みたいに。あははっ」
葵に比べたら、花火なんて勝負にならないよ。
葵。キミの方がずっと、ずっと綺麗だ。
僕にとって、葵は燦々と光輝く太陽なんだ。僕の心を温めて続けてくれて、光を与えてくれた。支え続けてくれた。
僕のような、暗い人間に対しても。
「それじゃ、もう場所を移ろうか」
「うんっ! 一番見やすい所に行こう!」
葵は、何ものにも代え難い、美々しくて魅力的な笑顔を向けてくれた。
その笑顔を見て、僕の時間が一瞬止まった。
「憂くんどうしたの?」
「――ううん、何でもないよ」
太陽は、全ての人に対して、平等にその光を与えてくれるとは言うけど、それは違う。平等なんかじゃない。
葵は僕にとっての『特別な』太陽なんだ。その一筋の光線が、僕が歩く先を示してくれてきた。だから僕は今、ここにいられる。
すると突然――
「あ、葵!?」
「早く行こっ」
葵は僕の手をギュッと握り、引っ張った。
でも、僕は気付いていた。
僕の手を握る時。
葵がポッと頬を染めていたことを。
* * *
「あ。ここって――」
幼い頃の記憶が蘇り、僕に再確認させた。そうだ。そういえばここって。
「――懐かしいよね。昔、憂くんと一緒に探したもんね。花火が一番見やすい場所」
僕達は、お祭り会場から少し離れた所にある高台にいる。葵と二人で見つけた、花火が一望できる場所だ。昔と変わらず、僕達以外に誰もいない。
「よく、覚えてたね」
葵は感慨深げに、しはしの間、黙り込んだ。そして、薄らと笑顔を浮かべながら目を細める。星が散りばめられた夜空を見上げながら。
「――忘れるわけないじゃん。憂くんとの大切な思い出だもん」
僕の手を握ったまま、昔のことを思い出しているのか、懐かしそうに言葉にした。
きっと、葵の心の中は、僕と一緒にすごした時間でいっぱいになってるんだ。楽しかった時のこと。嬉しかった時のこと。怒ったり寂しかったりした時のこと。色んなこと。それら全てが宝物のように、大切に想ってくれているのが伝わってくる。
今だけじゃないんだ。
葵の心の中に、僕は確かに存在している。
そう。昔から。
また、葵から勇気をもらっちゃったな。お返ししきれないよ。
「ねえ憂くん、覚えてる? この前、恋バナをした時のこと。あの時ね。本当は私、初恋について話したかったの」
「初、恋」
葵は黙ったまま、小さくこくりと頷いた。
「私ってさ。弱いんだ。怖がりなんだ。泣き虫なんだ」
そして、葵は付け加えるようにして言った。
それに、嘘付きなんだ――と。
「だから、いざとなった時に、いつもいつも逃げてばっかりで。本当にダメな人間だよね。自分の心に嘘を付いて誤魔化すだなんて」
それが何を意味しているのか、僕はすぐに気付いた。だからこそ、先に伝えないといけない。だって、僕も葵と同じだから。
自分自身から、ずっと逃げ続けてきた。傷付くのが怖かった。だけど、覚悟はできた。
だが、葵は白いワンピースの中から小さな何かを取り出す。それを、僕に向けて見せてくれた。
「それって――」
「そう。憂くん覚えてる? 小学三年生の時だったっけ。憂くんが私の誕生日にプレゼントしてくれたやつ」
葵が手に持つそれは、オモチャの指輪だった。
「これ、私の宝物なの。憂くんがくれた、婚約指輪。大きくなったら結婚しようって言ってくれたよね」
そして葵は言葉を紡ぎ続けた。
「辛いことがあったりした時は、いつもこれを見て勇気付けられてたんだ。あと、中学生になってから憂くんと一緒に遊んだりする機会が減っちゃってさ。寂しかったんだ」
「葵……」
葵の感情が、僕の中に流れ込んでくる。感情の器から溢れ出す肌に。
「でも、その時も、これがあったから乗り越えられたの。全部、憂くんのおかげだよ? いつも私のことを支えてくれてた」
「そっか。ありがとう、葵」
葵は頭を振った。
「それは私が憂くんに言うべき言葉だよ。本当にありがとうね」
そう言って、笑みを溢した。いつものような屈託のない笑顔とは違う。それは、うっとりするような、一人の『女』の微笑だった。
「綺麗だ」
思ったままのことを言葉にしたけど、不思議と、恥ずかしさも照れくささも、何も感じなかった。
だけど葵にとっては違ったみたいで、一気に顔を紅潮させた。そして、あまりの恥ずかしさからか、僕に背を向ける。
「ず、ズルいよ憂くん。い、いきなりそんなこと言うなんて」
「いいの。僕はズルい男だから」
でも――と。
僕は続けた。
「でも、これからもずっと言い続けてあげる。葵が喜んでくれるんだったら、僕は何もいらない。ズルい男のままでいい」
僕は覚悟を決めて、一度、深く息を吸い込んだ。さっきまでと少し違って、何故だか自分の気持ちに正直になれるような気がしたから。
やっぱり葵は、僕にとっての魔法使いなのかもしれない。
「あのさ、あお――」
告白しようと切り出した刹那。
花火が打ち上げられた。
「うわー。すっごく綺麗だね」
「本当に、そうだね」
お腹の底を重く響かせる音とともに、夜空が色とりどりの花でいっぱいになった。絢爛豪華だとか、夜空を華やかに彩るだとか、そんな言葉が安っぽく感じる。
そんな花火だった。
「ねえ、あお――」
今度こそと告白しようとしたら、口を塞がれた。
葵の唇で。
とても長い時間に感じた。
葵の柔らかで瑞々しい唇と、僕の唇が重なり合う。あまりに突然の出来事に、僕はついつい息を止めてしまっていた。
そして葵はそっと唇を離して笑顔を向けてくれた。
いたずらっ子な、そんな笑顔だった。
「あ、葵。今から僕、葵に告白しようとしてたのに」
「えへへ。それくらい私には分かるよ。だって憂くん。昔と全然変わらないんだもん。ほんと、顔に出やすいよね」
「ば、バレバレだったの?」
「そりゃねえ。だって幼馴染だし。私は憂くんの全部を知っちゃってるし」
そっか。バレちゃってたんだ。そう思うと急に恥ずかしく思えてきちゃったよ。
「それでは憂くん。クイズです。私の初恋の相手は一体誰だったのでしょう?」
「それ、今の僕に言わせるの? キスなんて初めてしたからドキドキしちゃってるんだけど」
「へえー、そうなんだー。私は二回目だけどね、憂くんにキスするの」
「え?」
僕の言葉を無視するかのように、葵は駆け足で僕から少しだけ距離を取った。
そして、くるりと振り返り、大きな声で僕に伝えた。
「憂くんよりも、私の方がずっとズルい女だからさー!! えへへー!!」
『幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる』
第二部 完
【作者より】
いつもお読みくださり、本当にありがとうございます。十色です。
おかげ様で、第二部を終えることができました。それもこれも、読んでくださる皆々様がいてくれるからです。僕が『十色』でいられるのも、読者さんがいてくれるからに他なりません。
心より、感謝申し上げます。
ありがとうございました!