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いつものごとく、月子は屋敷の女中に取り囲まれ、あっという間に支度を終えた。


身に纏うのは、大振り袖の留め袖。おそらく、芳子のものだから特注品なのだろう。


通常、留め袖で、袖が床に触れそうなほど長い物はないからだ。


着付けてくれた女中達が言うには、芳子の嫁入り支度の一枚で、色打掛代わりに着た物だとか。普通の着物では退屈と、特別に趣向を凝らしたらしいが、確かにそれだけの事はある。


袖に見頃に肩口に、四季折々の花が描かれ、あらゆる吉祥模様が金糸で刺繍されていた。


艶やかさが地色の黒で締まり、意思の豪華さを際立たせている。


月子は、自分が着物に負けていないかと心配になった。それほど、豪華で、上品で、上等な物だった。


隅では、お咲が演奏会で着た着物に着替え、ほんのりと化粧を施してもらい、どことなく、照れくさそうにしている。


もちろん、月子も、白粉をはたき、紅を引き、花嫁御寮に仕上げられていた。


お咲同様、照れくささが沸き起こっている月子は、部屋にいるのも落ち着かない。心なしか目が泳ぎ、どうすれば良いのがオロオロしていた。


そこへ、居る衣装部屋のドアがノックされ、わっさわっさと賑やかな衣擦れの音とともに、複数の女中に支えられながら、芳子が顔を覗かせる。


「やだわーー!ドアから入るのは至難の技だわねぇー」


芳子は月子の支度を伺いに来たようだが、着るドレスの裾がこれでもかと広がっていた。


左右に後ろに女中が裾を持ち上げ、芳子の歩行を手助けしているが、あまりにも、裾が広がり過ぎていて、部屋へ入るには、ドレスがつっかえるのは目に見えている。


「これね、ちょっと、奮発してみたの。下着を重ね着して、広げてみたのよ。豪華に見えるでしょ?でも、動きがとれなくなっちゃって、困ってるのよぉー」


芳子が、入口で立ち尽くしながら愚痴のような困り事を言った。


どうも、写真栄えを考えすぎて、ここまでやってしまったようだ。


何かと動きが取れない様だが、立ち姿は、まさに、物語の挿し絵通りの西洋のお姫様だった。


ふんわりと広がるドレス、キラキラと輝く装飾品……。月子は思わず見とれた。


確かにそれほど芳子の姿は飾られていた。


演奏会の時とはまた異なる、淡い水色のドレス。襟元と肩口には、沢山のひだが寄せられ耳には大振りの真珠が、首にも真珠のネックレスが輝いている。


「本当は、エメラルドにしたかったんだけど、写真は白と黒でしょ?この装いの方が、栄えるかしらと思って。月子さん、どう思う?というよりも!あら?!」


芳子は、月子へ問いかけつつも、その姿、仕上がり具合に眉を潜めた。


「なんだか、寂しいわねぇ。仮とは言え、祝言よ?!」


芳子は、月子の着物姿に不満を漏らす。


「レースのヴェールがあったでしょ!それから庭のお花を摘んで来て!」


やる気を見せた芳子は、てきぱきと女中達へ指示をだす。


「仮とは言え、祝言ですもの!!月子さん!しっかり、お支度をしましょう!」


きっぱり言い切る芳子の迫力に月子の背筋は伸びた。


芳子に命じられ、女中達はあたふた部屋を出て行くが、即座に各々何かを持って戻って来る。


「持って来たわね!ヴェールを頭に!花で飾るのよ!」


はい!と、女中達は芳子に答えると、てきぱきと動き出す。


月子は、なにが起こっているのか分からず、ただ、じっとしているしかなかった。


女中が、目の混んだ美しいレースを広げ持つ。その後ろで、花を束ねて持つ女中が控えている。


あれよあれよという間に、月子はヴェールを被り、束ねられた花を髪に止めつけられた。


小さな花束が、両耳の辺りに止めつけられ、株っている純白の高級そうなレースのヴェールを引き立て……そして、大振り袖仕様の黒留袖を纏い……。


「まあ!思った通り、モダンだこと!!」


芳子の一言に、女中達もわっと嬉しげな声をあげ、憧れの視線を月子へ向けた。


「あ、あの……」


唯一、仕上がりを見ていない月子は、皆の反応にどう答えて良いのかわからず、立ち尽くしたままだった。


「失礼致します」


廊下から、吉田の声がする。


「あらまあ。催促ね。本当に、男って、何も分かっちゃいないんだから。女の支度はそれなりに時間が必要なのに。まったく」


少し待ちなさいと、芳子は、吉田へ言うと、女中へ合図する。


「月子さん、本人が自分の仕上がりを見てないのは問題だわよ!」


その言葉と同時に、大きめの姿見が、女中によって掲げられた。


月子は息を飲む。


鏡の中には、モダンでハイカラな、見たこともない自分がいたからだ。


「あらあら、気に入らなかったかしら?」


芳子が、茶目っ気たっぷりに笑うと、


「さてさて、京介さんの反応が楽しみだわぁ!きっと、驚くわよ!だって、月子さん、とっても綺麗なんだもの」


ご機嫌な芳子は、行くわよと、ドレスの裾を持つ女中達へ声をかけ、先導しようと待っている吉田の後に続こうとする。


「月子さん!さあ!京介さんを驚かせましょう!」


促された月子も、慣れない足取りで後に続いた。

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