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◇◇◇
ユウヒたちが落下地点の誘導に動き出したのと時を同じくして、巨鯨の落下地点に先回りしようとしていたコウカたち。
「アンヤ、見えました!」
「……アンヤからも見えてる。ますたーたちが上手くやってくれたみたい」
コウカと彼女に負ぶさった状態のアンヤは空の上を見ていた。
その視線の先には、重力に従いながら落下してきている巨鯨の姿がある。
だが彼女たちの現在地は予測される落下地点からは少し離れた場所であったため、さらに少し移動する必要があった。
「急行します。吹き飛ばされないように、そして舌を噛まないように気を付けてくださいね。……あなたも」
背中のアンヤに声を掛け、次に両腕で抱き抱えられている少女にも声を掛ける。
「分かっている。さっさと……行ってくれ」
少女――グローリア帝国皇帝イルフラヴィアは全身の痛みに表情を歪めながらも、しっかりとした言葉で自身の要望を伝える。
(怪我をしているんですから待っていればよかったのに……どうしてこの人も一緒にいるんでしょう。これならエルガーたちに乗って来てもあまり変わらなかった気もしますが)
本来であれば、イルフラヴィアがいる場所にはヒバナが収まっているはずだったのだ。
それがあまりにも「連れて行け」とうるさいものだから、こうして連れて来てしまった形だ。
「まあ、あなたも本当はそういう人だったということですよね」
「……コウカ、早く」
「あっ、はい。そうですね、行きます」
アンヤからも催促され、コウカは自慢の脚力を生かして一気に加速する。
「うっ……ぐっ……」
あまりの加速に怪我人である少女が呻く。
コウカは思わず、ため息をつきたくなった。
「……スピード、出しすぎ」
「緩めます」
少女を気遣ったアンヤに耳元で咎められたコウカは仕方なく速度を落とす。
これでは急行も何も無くなってしまいましたね、とコウカは独り言ちていた。
「貴様……随分と変わったな。私が前に会った貴様は……そんな感じではなかった……」
「ただ自分の気持ちを見つめ直しただけです。私からするとそんな物言いをする今のあなたも少し変わったように思います。余裕がないだけかもしれませんが」
「はっ……忘れろ」
コウカの言葉を鼻で笑い飛ばした少女がそっぽを向く。
――その直後、轟音と共に地面が大きく揺れた。
地面を強く蹴って跳躍したコウカは空中へ退避することで揺れそのものを回避する。
そして空中から彼女たちが見たのは、平野の中心で横たわる巨鯨の姿だ。
「落ちてくるまでには間に合いませんでしたね。まあ、途中で速度を緩めたからですけど」
「……別にぴったり間に合わせなくても問題はない……でしょ?」
「大丈夫だと思います。……多分ですけど」
ほんの少しだけ不安になったコウカは心なしか、速度を上げる。
アンヤもそれに関して特に咎めることはなかった。
――やがて平野へと到達したコウカは巨鯨から少し離れた物陰でイルフラヴィアの体を降ろす。
「あなたはここで待っていてください」
「待て……私がここに来たのは――」
「戦うため、と言いたいんでしょう? 付いて来れば素直に戦わせてもらえると思いましたか? 自分の杖も置いてきているじゃないですか」
コウカの言葉に少女は俯く。
正直、コウカは彼女を戦力としての算段には全くとして入れていなかった。むしろ邪魔になるとさえ思っている。
「……暴れてる。少し急いだほうがいいかも」
「はい。アンヤ、行きましょうか。そういうことですから、あなたはおとなしくここで見ていてください」
ヒレを地面へ打ち付けて暴れまわる巨鯨の姿を見て、若干ではあるものの焦りの表情を見せたアンヤがコウカを促し、コウカも妹の催促にすぐさま頷くと剣を片手に駆け出した。
「このまま暴れられても面倒ですから、まずはあのヒレを無力化します。横の2つと後ろの1つ、わたしが傷を付けますからアンヤはすぐ後に続いてください」
「……わかった」
どんなに小さい傷でも刃を潜り込ませて斬りさえすれば、アンヤの霊器“月影”は魔に連なるものを何でも切断できる。
コウカの稲妻で加速させた斬撃と霊器“ライングランツ”の折れない性質を利用して、少々強引にでも傷を付けさえすればいいのだ。
「っ……コウカ、魔法!」
「了解! 《アンプリファイア》!」
気付けば、アンヤの両眼が淡い黄色の輝きを灯していた。
これで事前に巨鯨が魔法攻撃を仕掛けようとしていることを察知した彼女は、コウカへと警告を飛ばしたのだ。
そして彼女の声を聞いたコウカもまた、自身の眷属スキルを使用する。
――直後、コウカたちを排除しようと無数の風弾が迫ってきた。
それをコウカは掻い潜るように回避していく。その後ろに続くアンヤもまた月影で適宜斬り捨てながら、これを突破した。
「【ライトニング・ムーヴメント】!」
「ゆらめいて……月影!」
雷を纏った剣が硬い鱗を突き破り、アンヤがそこに刃を突き立てることで一気に断ち切る。
「アンヤ、足場を!」
その意図に気付いたアンヤは言われた通りにトランポリン状に生成した影を、コウカの前へと配置する。
そしてコウカはアンヤの腕を引きながら、影の張力を利用して巨鯨の上を飛び越えた。
刹那、先ほどまで2人がいた周辺の地面が爆ぜる。否、あれは風魔法が地面に激突したことにより発生した衝撃だ。
「……攪乱する。【ファントム・シルエット】!」
強力な風魔法が健在であるため、リスクを軽減させるという目的でアンヤは自分と同じ形をした人影を巨鯨の周囲にばら撒いた。
影であるが故に見た目ではすぐにバレるが、魔力による探知は誤魔化すことができる。
現に巨鯨の風魔法は周囲のシルエット全てに分散して向かってしまっている。
「次は尾へ!」
巨鯨の背中に降り立った2人は後部へ向かって駆け出した。
すぐに巨鯨もそれに気付いて、2人を振り落とそうとする素振りを見せ始める。
「手を!」
「っ……うん!」
切断されたものとは逆側のヒレを器用に使い大きく体を転がし始める前に、コウカとその後ろ手に差し出された手をしっかりと握ったアンヤの体に稲妻が纏わりつく。
「【ブリッツ・アクセル】!」
一気に加速して駆け抜けた2人。
瞬間的に手を離し、両手で月影を握り直したアンヤはその速度を斬撃に乗せたまま斬り抜けた。
地に足を付けた彼女が振り返ると、巨鯨の尾がゆっくりと体から離れ、音を立てながら地面に崩れ落ちていく。
佇むアンヤの傍らに立ったコウカは巨鯨へ剣を向けた態勢で、妹に労いの言葉を掛けた。
「やりましたね、上出来ですよ」
「……ありがとう、姉さん。あとは――ッ!?」
瞬時に上空を見上げたアンヤが目を見張った直後。
巨鯨の頭上から流星が舞い降りてきて、最後のヒレを破壊する。
「ボクが来たよ! コウカ姉様、アンヤ!」
「私たちもだけどね」
ノドカとのデュオ・ハーモニクス状態であるユウヒが、アンヤとコウカの傍に降り立つ。
さらには4頭のスレイプニルを引き連れたヒバナとシズクも、既にこの平野へと到着していた。
「終わらせようか、アンヤ」
最早まともに動けず、風魔法を放つことしかできない巨鯨の攻撃を風の結界で防いでいるユウヒがアンヤへと手を差し伸べる。
そしてアンヤがその手を取るとユウヒの体からノドカが飛び出し、代わりにアンヤがその体に溶け込むように消えた。
――そこからは流れるように巨鯨の解体が始まった。
主にノドカとヒバナ、シズクが風魔法を防いで、残った前衛組で動けない巨鯨に強力な攻撃を加えていく。
アンヤとのハーモニクス状態であるユウヒもまた、鱗の砕けている箇所から刃を突き入れ、断ち切っていく。
体の部位を失っていくごとに巨鯨は抵抗する力を失っていった。
「見えた――あれが弱点」
そして遂に眷属スキル《アナリシス》を発動させていたユウヒの瞳が、巨大な体の奥に隠されていた傀儡としての弱点を見抜いた。
後はそこを斬るだけだと月影を構えた彼女であったが――どういうわけかそれを制止する声があった。
「待ってください」
「コウカ?」
「あの人に……トドメを譲ってあげてくれませんか?」
そう言ってコウカはずっとこの戦いを見ていた少女に目を向けた。
そこにいた皇帝の姿を見て、ユウヒはコウカの顔を見上げる。
「どうして?」
「きっと彼女には必要なことだと思うからです」
彼女はユウヒの目を見つめ返して、ハッキリとそう口にした。
「……わかった。別に自分の手で倒さないといけないわけじゃないしね」
コウカの要望を無下にする理由もなかったユウヒが月影を鞘へと納める。
「はぁ……あなたの杖よ」
最後の抵抗を繰り返す巨鯨の相手はシズクやノドカなどに任せ、スレイプニルにぶら下げていた黄金の杖を取りに行ったヒバナがそれを本来の持ち主へと返す。
手渡された杖を受け取ったイルフラヴィアはその震える先端を巨鯨へと向け、苦い顔をしたがその数秒後、魔力が集まりはじめて黄金の術式が組まれていく。
――しかし、いつまで経っても術式が完成することはなかった。
「……ちょっと。まさか魔力が足りません、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「…………」
近くでジッと見守っていたヒバナが、何も語ろうとはしない少女の様子にため息をつく。そして無言でユウヒのいる方へ顔を向けた。
すると、すぐにその意図を察したユウヒが近づいてくる。
「仕方ないなぁ。手伝うよ」
そう言って、ユウヒはイルフラヴィアの肩と右腕に手を添えた。
そしてそこから調和の魔力を流し込み、黄金の魔力と同質の魔力へと変化させる。
「……感謝する」
「え――」
鳩が豆鉄砲を食ったように驚いたユウヒであったが、イルフラヴィアが巨鯨を睨みつけていたため、自分も同じ方向へ目を向ける。
「狙う場所はちゃんと教えるけど、外さないでね?」
「ふっ……私を――余を誰だと思っている。余は……イルフラヴィア・ドォロ・グローリア。この栄光の国を治める……皇帝だぞ」
杖の先端で膨れ上がった魔力が解放され、巨鯨に向かって突き進む。
こうして、国に迫る脅威は輝きを浴びた栄光の名の下に消し去さられたのであった。
◇
戦いが終わった後、皇帝を帝都ヴィアラッテアに送り届けると、王宮にいた誰もが複雑そうな表情を浮かべていた。
そうして私たちは今、処置を終えてベッドの上で体を起こした彼女と言葉を交わしている。
「なあ、救世主よ」
「何ですか?」
こうして私たちに対して、牙を抜かれたかのような語調と表情で語る皇帝には未だに慣れない。
「余の代わりにこの国を治める気はないか?」
「え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
先ほどの言葉はそれほどまでに衝撃的なものだ。藪から棒にどうしたんだと言いたい。
「どういう風の吹き回し?」
「な、何か変なことを企んでるわけじゃないよね?」
みんなが懐疑的になるのも無理はない。私だって普通に疑っている。
「なに……貴様たちと最初に会った時からずっと考えていたことだよ。最初は貴様に、帝位を簒奪させるように誘導するつもりだった。貴様にはそれが許される実績と、そして徳もある。だが絶望的なまでに野心がない。まあ今思えば、余の目的と手段は乖離していたように思えるがな」
「どういうことですか?」
「余は世界中の国々に対して大きな発言力を持ち、善良な人格を持った人間をこの国の新たな指導者としたかった。だから余は貴様に怒りを抱かせ、帝位に誘導しようとしていたわけだが……それで怒り狂い、ただ暴力を振るって皇帝の地位に就いた人間など余の求める善良な人間とは程遠いだろう? それではあのヒトデナシ、そして余と同じなんだ」
そう思うようになった目的の本質的な部分が見えてこないが、言いたいことはわかった。
「だからこうして直接頼み込むことにした。貴様は怒りを抱かなくとも、人々を弾圧して玉座にふんぞり返っている王など許せない質の人間だろうからな」
「いや……そんな高尚な人間ではありませんけど……」
買いかぶりすぎだ。そもそもおかしいじゃないか。
「頼み込むって言うのなら、あなたがどうして暴君として振る舞っているのかとか、何がしたいのかとかちゃんと全部教えてください。じゃないと到底決められませんよ」
本当の目的がどこかにあるはずで、それがこの人の想いと繋がっているとは思うのだがそれが見えてこない。
そんな状態で頼み込まれても何も響いてこないのだ。
「……そういうものか。なら、いいだろう……貴様の前ではもう余は――私は仮面を被れなくなってしまった。だから全部話すことにするよ。その上で判断して、どうかこの国を導いてほしい」
額を押えながらそう言うと、皇帝は語り始めた。
「私が言っても説得力がないかもしれないが、私の父――前皇帝はろくでもない男だった。自分の父親と兄たちを皆殺しにして皇帝の位に収まった男だ。自分の治める国、属国……そこにあるもの全てがヤツの所有物。だから平気で搾取できる。権力と私腹を肥やすことにしか興味のない最低なヒトデナシだ」
彼女の目は部屋の壁に立て掛けられている男の肖像画へと向けられていた。心なしか、その男性のことを睨みつけているようにも見える。
「私の母もヤツの気まぐれで私を産まされた。その後は惨たらしく殺されたと聞いたよ。私もヤツから愛情を向けられたことなど、一度としてなかった」
思わず顔を顰めてしまいそうになる話だ。こんな話が本当にあるとでも言うのだろうか。
「だが、そんな私も家族の温もりというものを与えてもらいながら育った。母の友人であり、教育係を申し出てくださった方だ。その方が――先生が私の育ての親だったんだよ。憎かったであろう男の血を引く私のことも、先生は愛してくれた」
過去に想いを馳せるように微笑む彼女であったが、どこかその表情には陰が見え隠れしている。
「この国の現実を見て、皇帝となった後の為の教育も施された。だが悠長すぎたんだ。年々、増していくあの男の暴虐さに国は限界だった。国の基盤は崩壊し、国際的にも失墜していったさ。周辺国との関係も最悪だ。遂に我慢の限界に達した先生はあの男に諫言し――殺された」
怒りの表情を浮かべる彼女は、再びあの肖像画を睨み付けた。
「私にとってはそれが引き金だった。既にあの男を超えるほどの魔力を手にしていた私は、あの男を焼き殺したんだ。……すると途端に、王宮の皆の私を見る目が変わった。その時、私はもう後戻りできないことを悟ったさ。既に血塗られた王道だ、清廉な道は選べない……とな」
それから彼女は皇帝の位に就いてからのことを話し始めた。
他国には何をしでかすか分からない爆弾のような暴君の存在を見せつける。
そして国内においても、最初に前皇帝の下で私利私欲に走っていた官僚たちに対して大々的に処罰を下した。
国民にも恐怖を植え付ける方が都合も良かったらしい。
その後は国を立て直すために魔導具産業の基盤を整え、他国への牽制も兼ねた軍事技術に本腰を入れた。
国内の技術者を徴集し、最新の技術に携わらせることで彼らが個人で抱える魔導具の質も高めようとしていたそうだ。
たった5年ほどでここまで国を立て直したのだ、相当なまで強引に彼女の計画が推し進められていたことは想像に難くない。
「後は国の形を保ったまま国際的な地位を取り戻し、周辺国との軋轢を解消するだけだった。そのための手段を取るには2つのピースが必要だ。1つは暴君である私。そしてもう1つは暴君の圧政から国を解放する新たな指導者たる勇者の存在だ」
勇者。先ほど私を指して口にしていた言葉だ。
「貴様はまさに私の求めていた勇者そのものだった。世界に対して大きな影響力を持ち、数々の国を跨いで人々を救ってきた貴様を支持する者は多い。背後には聖教団の存在があり、そして何よりも善良だ」
なんとなく、彼女がそんな人間を求めた理由が分かった気がした。
そしてその予想は正しかったことが次に話す彼女の言葉によって判明する。
「そんな人間を前にしては、どの国も蟠りあれど矛を収める他ない。民も次第に新たな指導者を受け入れるはずだ。何せ、『プリマ・ポラーレ』のように誰もが待ち望んだ勇者の登場だからな」
「『プリマ・ポラーレ』……」
ハッとした私は自分の《ストレージ》から一冊の絵本を取り出した。その表紙に書かれている題名は私が睨んだ通りの物だった。
ベッドの上の彼女も私の手にある本を見て、少し驚いたような表情を浮かべる。
「貴様も知っていたのか……」
「まあ……この国の人に貰ったんです」
この本は以前、帝都の中を歩いた時に映写機のような魔導具を研究していた人がくれたものだ。
その時はどうしてこんな“国を悪い王様の手から救い出す勇者の話”が発禁にもされずに出回っているのかと不思議に思ったが、今ならその理由もわかる。
「あなたはこの話を広めさせることで人々が勇者の存在を求め、自然と受け入れられるように仕向けていたんですか?」
だがこの問いかけに対して、彼女は首を横に振った。
「広めるまでもなく皆が知っていて、皆が大好きな物語さ。私もよく先生にせがんで読み聞かせてもらっていたものだよ」
過去に想いを馳せて微笑む皇帝は目を閉じ、ため息をつく。
――そして次に目を開いた時には穏やかな表情で私に手を差し出していた。
「さあ救世主よ、無理に私の首を取れとは言わん。民が望む形で……幕引きとしよう」
私はその手をジッと見つめる。
「私の描いた理想の国を……栄光を取り戻させてくれ」
「……そうですね。暴君の治世はもう終わりにしましょう」
だから私は華奢なその手を強く握った。
「これからはあなたがあなたらしいやり方で国を治めてください」
「――は?」
「そもそも私に指導者とか絶対に無理なので」
この人は幼い頃からそういう教育を受けていたかもしれないが、私は普通の高校生だったのだ。
国を治めるなんて到底できることではない。
「いや、しかしな……それでは何も解決しないだろう」
「大丈夫ですよ。国の人だって大半が懐疑的でも皆が皆、あなたに不満があるわけじゃないと思います。例えば軍人さんとか、あまりマイナスイメージも持っていないと思いますけど。それに巨鯨と戦うあなたの姿を見ていた人たちだっているはずですよ」
「いや、それ以前に私はこの手を汚してしまっているんだ……!」
「それはそうかもしれません……少し強引だったのは否めませんが、国の為だったとちゃんと説明して、真摯に向き合い続ければいつかきっと分かってくれます」
無責任な発言だとは思うが、私にはこの事に対しての責任はないのだ。だが決して任せきりにするつもりはない。
エストジャ王国でシンセロ侯爵に示したものと似たようなことになるが、この手をもう一度使おうと思う。
「理想論だな……諸外国はどうする? いくら民が理解を示してくれたとして、その問題が解決しなければこの国は終わりだ」
「私の名前を使ってください。救世主と交友があるとでも言えば、おいそれと手出しはできないはずです。実際に協力して巨鯨を倒した戦友ではありますから、私も誰かに尋ねられたらちゃんと友達だって言いますよ」
「あれは貴様たちに戦果を譲ってもらっただけではないか……」
だが真実ではある。これをコウカが考えていたとは思わないが、結果として大義名分はこちらのものなのだ。
しばらくの間、呆然としていた皇帝が不意にその表情を一転させ――破顔する。
「ふっ……お人好しだな、貴様たちは。暴君の友人などと、自分の名誉に泥を塗ってどうする」
「お人好しだと思ったからこそ、あなたも私たちを勇者に選んだんでしょう?」
「ああ……そうだったな。できると思うか? 私に……この国の栄光を取り戻すことが」
どこかスッキリとした様子の彼女が問い掛けてきたので、その背中を押すためにも私はしっかりと頷いた。
「できますよ、必ず」
「ありがとう。私は――余は皇帝だからな。頭を下げることはできないが、その分は行動で示してみせるさ。長く険しい王道だが、友が示してくれた道だ。好き勝手にやった分、根気強くな」
「その意気ですよ。頑張ってください」
私は彼女に激励を送る。
すると彼女は感慨深げに呟いた。
「命など惜しくはないと思っていたのに、なぜか今は無性に清々しい気分なんだ。私はもしかするとずっと背中を押してくれる友の存在に憧れていたのかもしれない」
「皇帝閣下……」
「イルフィだ」
「え?」
虚を突かれた。
そんな私に彼女は語り続ける。
「友だというのなら、そう呼んでほしい。もうこの名で呼んでくれる人はいなくなってしまったからな」
「……分かったよ、イルフィ。これからはちゃんと本当のあなたとして、私たちと付き合ってほしいな」
「ああ、グローリア帝国皇帝イルフラヴィア・ドォロ・グローリアの名に懸けて。貴殿を友と認め、これを誓おう」
きっと彼女は、これからこの国の人たちに本当のことを語ろうとするだろう。
それで彼女に理解をしてくれる人が本当に現れてくれるといいが、どうなるかは分からない。だが、国の人たちと一緒に頑張ってほしいとは思う。
次に会う時は全てが終わった後だとは思うが、その時にはもう少しちゃんと友達らしく接してあげられればいいな。そう切に願う。
去り際、シズクが私にそっと耳打ちをしてきたので、その内容をベッドの上の彼女へと伝えることにした。
「あ、そうだ。黄金郷だったっけ。あそこにある魔泉の異変は既に治めてあるから」
「……察していたさ。暴君が黄金核を自由に手に入れてしまえば、何をしでかすか分からないからな」
それを自分で言うんだ、と思ってしまったのは仕方がないだろう。だがこうして打ち明けたのは、彼女ならもう暴君には戻らないだろうと判断してのことだ。
そのことを指摘してあげると、彼女は気恥ずかしそうにはにかんでいた。