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部屋に着いてラフな格好に着替えた後は、荷物を片づける。その後、まずは少しゆっくりしようと、冷蔵庫から紅茶の入ったペットボトルを取り出し、グラスに少量注ぐ。それをごくりと飲んでから、ソファにどさっと寝転がった。
見上げた天井に、塚本の顔が浮かぶ。
中学時代には、ほぼほぼ会話のなかったあの彼と、まさか付き合うことになるとは思ってもみなかった。付き合うと言っても、正確には三か月間のお試し交際だが。
実際に付き合ってみた結果どうなるのか、今はまだ分からない。やっぱり友達としてしか思えないかもしれない。またその逆で、私が塚本を本気で好きになるかもしれない。そうなった時、彼の気持ちが醒めてしまっていたらどうしようなどと、明るくない展開が頭をよぎったりする。しかし今は深く考えるのはよそうと、未確定の未来予想図を頭の片隅に追いやった。それよりも先に片づけるべき問題があるのだ。
私はソファからのろのろと起きあがり、スマホを手に取った。
伯母には、兄を通して、夜にかけ直すと伝えてもらったはずだが、それを待たずに電話してきた彼女のことだ。早めに連絡しておいた方が印象が良さそうだ。
私は何度かふうっと深呼吸をし、心の準備をしてから、着信履歴の中から伯母の番号を選んでタップした。
伯母が電話に出たのはそれから数秒ほど後のことだった。
早すぎる反応に動揺して、私の第一声はつまずく。
「あ、あの、えぇと、美祈ですけど……」
『あらっ!美祈ちゃん!ちょっとあなた、昨日帰っちゃって!おばさん、行くからって言ってあったでしょ!』
確かにそうは言っていたが、明確に何時という約束をしていたわけではない。とは言え、私自身、伯母の来訪の件を完全に失念していたから、強くも言い返せない。伯母の声がキンキンと響くスマホを、私は少しだけ耳から遠ざける。
「ごめんなさい。えぇと、急用ができてしまって……。本当に申し訳ありませんでした……」
家族にも早く帰る理由は特に伝えてはいなかったから、ひとまずはこれで辻褄は合うだろう。
私が謝ったことで、伯母の声のトーンがやや落ち着いた。
『おばさん、怒ってるわけじゃないのよ。ただね、それならそれで、一本連絡くれていたら良かったのに、って思ったから』
「はい。本当にごめんなさい」
私はしおらしくもう一度謝った。
電話の向こうで伯母のため息が聞こえる。
『まぁ、いいわ。とりあえず、こうやって連絡がついたしね。で、早速本題よ』
そらきたと身構え、私はお腹にぐっと力を入れた。
「おばさん、そのことなんだけど」
ところが伯母は、私の言葉など聞こえなかったかのように話し出す。
『先方、とっても乗り気でね。次の日曜日、そっちの○○ホテルのロビーラウンジを予約しておいたからね』
「えっ!ちょ、ちょっと待ってよ!いつの間に、そんな。私の方は相手の人の情報、何も知らないのに」
展開の早さに驚いて声がひっくり返る。慌てて伯母の話を止めようと試みたが、それも叶わず彼女はつらつらと話し続ける。
『美祈ちゃんが帰っちゃったんだもの、仕方ないじゃない。写真と諸々、メールで送ってあげてもいけど、そんなまどろっこしいことをするくらいなら、実物に会った方が早いでしょ。それで、時間は三時よ。私だとか互いの家の親だとかが同席の、堅苦しい感じで会うよりも、気楽な感じで二人で会った方がいいでしょ?まずは二人でお茶するくらいがちょうどいいかと思ってね。それで気が合えば、その後ディナーでも一緒にしたらいいんじゃないかしらね。でも、気が合うも何も、もうあちらの方は、美祈ちゃんのこと、写真を見た瞬間から大層気に入ってたみたいだったけどね。美祈ちゃんの気持ち一つですぐにもまとまりそうな感じよ。それでね、その場には一応私も顔を出すわね。二人を引き合わせた後は、お邪魔虫はさっさと退散するから安心してちょうだい』
「……」
口を挟む隙がなかった。彼女の計画を曲げることはもう不可能だと分かったが、せめてひと言文句を言わないではいられない。
「私の都合も確かめずに、急にそんなことを言われても困っちゃうんですけど。だから」
その先に続く言葉を察したのか、伯母はさっさと私の言葉を遮って、あっけらかんとした調子で言う。
『あら。だって、披露宴の時に話した時、美祈ちゃんも嫌そうじゃなかったじゃない。善は急げって言うし、こういうことは流れもあるからね』
私はごくりと生唾を飲み込み、固い声で伯母に告げる。
「そのお話、お断りします」
電話越しにも伯母が息を飲んだのが分かった。目の前にいるわけではないが、圧のある重たい空気が伝わってくるような気がして、私は首をすくめた。
伯母は私を諭すかのように、低い声でゆっくりと話し出す。
『さっきも言った通り、あちらの方は美祈ちゃんに会うのをものすごく楽しみにしてらっしゃるの。今さらこの話は取りやめるだなんてこと、おばさん、とてもじゃないけど言えないわ。とにかく、一度会うだけ会ってみてちょうだい。本当にいい方なのよ。お名前は佐山一郎さん。年は三十八才だったかしら。製薬会社にお勤めなんですって。美祈ちゃんが今住んでる街の隣の市に住んでるんですってよ』
強引にもほどがあるだろう。この話を勝手に進めて、日時や場所まで決めた伯母に文句を言いたくなって、私は口を開こうとした。
しかし、その空気を感じ取ったらしい伯母は、これで話はもう終わりとばかりにさっさと話を締め括る。
『そういうことだから、当日はよろしくね。伯母さんは直接ホテルに行くから、そこで会いましょ。じゃあ、週末にね。すっぽかしは絶対になしだからね』
こうなったらその場に行かなければいいのだと思ったが、伯母に呆気なく見透かされてしまった。
結局、そこまで話を進めてしまったのであればやむを得ないと、私は深々とため息を吐き出す。会うだけ会って、後は断ればいいのだ。一度見合いを経験してみてもいいかもしれないと思った時、そのようなことを考えたではないか。
「……分かりました」
私は諦めて渋々と了承した。電話を終えた後、どっとした疲労感に襲われた。スマホをテーブルの上に置いてから、私は床の上にごろんと寝転がってひとりごちる。
「まったくもう、どうしてあんなに強引なんだろ……」
伯母の押しが強いのは今に始まったことではないが、今回はいつも以上だった。双子の従兄たちに助けを求めようかと思わないでもなかったが、それも今さらだ。どのみち断るのだからもういいかと、その考えを捨てる。
「次の日曜日か……」
体を起こしてカレンダーを眺めた。
「ん?日曜日って……」
塚本にデートに誘われていた日と重なっていた。
それだけでもまずいような気がするのに、電話で話した結果を教えてほしいと言っていた彼に、結局見合いをすることになったと伝えたら、いったいどのような反応をするのか。それを考えると少し怖い。
付き合うことになったばかりだというのに、早くも面倒なことになってしまった。しかし下手に誤魔化したりするよりは、正直に話した方がまだマシかもしれない。とにかく、彼には早いうちに電話して伝えておいた方がいいだろうと、私は重い気分でのろのろとスマホに手を伸ばした。
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