テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#狂愛
柏木さくら
829
西原衣都
866
#ロマンスファンタジー
Jasmine
724
瑠璃マリコ
10,376
「紳士的な男性なんて言うから、期待するじゃん! ねぇ、その人ってイケメン? 年齢はどれくらい?」
麗香は興味津々な様子で瞳を輝かせる。
「う~ん、年齢は四十歳くらい……かな? 柔らかな雰囲気で、容姿も素敵な方だと思う」
私は何気ない表情を装いながら、視線をパソコンへ戻し、マウスをクリックし続けた。
「……へぇ~、なるほどね。良いんじゃないですかぁ~」
麗香は私の横顔をしげしげと見つめたあと、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
「……何が良いの?」
「だから~、マジメっ子亜紀ちゃんの狂い咲きも面白いってことっ」
「はぁ? 狂い咲き?……何の話してるの?」
唇をわずかに開いたまま、友人の言葉に首を傾げる。
「亜紀、自分でも気づいてるんでしょ? 忘れていた懐かしい胸の高鳴り。
自ら封印してきた……燻り続けてきた、女の身体の疼き。私があのパーティーに連れ出した効果が、まさかこんなに早く現れるとはね~」
麗香はふふっと上機嫌に笑い、再びパソコンのキーを打ち鳴らした。
「ちょっと! パーティーの効果って? 大体、どうして麗香があんな凄い人達が集まるパーティーに……」
友人の腕に触れようとした瞬間、ステーションの扉が開く音が耳に飛び込み、私は言葉を止めた。
驚いた表情のまま、扉の方へ振り返る。
「宮坂先生も休日出勤ですか?」
日勤ナースの川崎さんが、薬配用のワゴンを押しながら笑みを向けた。
「あ……うん。私は明後日転院する患者さんの情報提供書を作りにね」
私は口元に笑みを作り、咄嗟に答える。
「なんだ。明後日の転院なら明日やればいいのに。呼び出し以外は休日手当も付かないのに、宮坂先生は本当に仕事好きなんだから~。私と違ってっ」
麗香はパソコンに向かったまま、くすくすと笑う。
「だって、明日は明日で外来やら検査やらで忙しいんだもん。私、相川先生みたいにパパッと仕事を片付けられないので」
私はふんと鼻を鳴らし、キーボードを打ち込んだ。
「何? それ、私の仕事が雑だとでも言いたいの?」
「まさか。要領よくこなせる先生が羨ましいって言ったんですよ」
「ははっ! 宮坂先生と相川先生って仲が良いですよね。知ってます? お二人は患者さんから『循環器内科の美人姉妹』って言われてるんですよ」
川崎さんが私たちを見て、楽しそうに笑い声を上げる。
「美人姉妹って……」
「何それ~! 響きがエッチっぽくて面白いけど~」
川崎さんにつられて、麗香もけらけらと笑った。
美人は、麗香にぴったりの代名詞。
姉妹に例えるなら……間違いなく私は妹の方だな。
私は麗香を見つめ、微苦笑を浮かべた。
しばらくすると、下膳を終えたナース達が検温の準備をするため、ステーションへ戻ってきた。
ナース達の話し声を背に、私と麗香は黙々とパソコンに向かう。
「終わった~! 亜紀、まだかかりそう?」
一息ついた麗香はカルテを閉じ、くるりと椅子を回して私に声を掛けた。
「私もあと少し。先に帰って。柚奈ちゃんが待ってるでしょ?」
「うん、ごめんね。お先するわ。……亜紀、指輪のこと……ごめん。私が外させたから。旦那、大丈夫かな?」
麗香は申し訳なさそうな表情で声を潜める。
「それは麗香が謝ることじゃないよ。私がドジっただけ。昨日は夜だったから暗くて探しにくかったの。これが終わったら、もう一回探しに行く。
見つからなかったら……よく似た指輪を買っちゃうよ。……あの人は、どうせ気づかないから」
皮肉めいた言葉とともに、ふっとかすかな笑みを浮かべ、視線を薬指へ落とした。
「……もし見つからなかったら、私が指輪を買ってあげる」
「はっ!? 何で麗香が……」
「私からの贈り物。貞操や拘束を意味する結婚指輪の代わりなんかじゃなく……亜紀の新しい生活が始まる、お祝いとしてね」
「……私の新しい生活?」
「そう、亜紀の新しい生活。旦那に振り回されてるだけじゃ駄目。自分で自分の華を枯れさせちゃ駄目。……封印するには、まだ早すぎるから」
まるで呪文のように、耳元で静かに流れる麗香の声。
その誘うような声は、身体の芯にぞくりと不思議な電流を走らせる。
「麗香……」
見開いた瞳は瞬きを忘れ、かすかに震える唇は言葉を失う。
「私も見たいのよ。亜紀の狂い咲きが」
麗香はそう言葉を続けると、妖艶な微笑みを浮かべて立ち上がった。
「じゃ、お先に失礼します。また明日、宮坂先生」
私に向けた妖艶な笑みは、何事もなかったかのように、いつもの笑顔へと戻る。
「うん……また明日」
私は小さく頷き、颯爽と立ち去る彼女の背中を見送った。
診療情報提供書、注射指示、処方指示――。
明日から再び始まる忙しい日々の下準備を終え、私はパソコンを閉じた。
雨音だけが静かに響く、誰もいない日曜日の更衣室。
私服の上に羽織っていた白衣をロッカーに掛け、ビニールのかかった薄いピンク色の傘を片手に、更衣室を後にした。
職員出入口へと続く、真っ直ぐな長い渡り廊下。
「午後から上がってくるって言ってたのに……天気予報、外れたのかな」
水滴の流れる窓ガラス越しに、切れ間なく広がる灰色の空を見上げ、小さく呟く。
自動ドアの少し手前で、傘を広げようと雨空から視線を外した。
傘に掛かったビニールを外そうとした、その時。
自動ドアが閉まる音とともに、一人の人影が現れた。
「あっ! 楓ちゃん。久しぶりだね」
私は前方に視線を向けたままビニールを引き抜き、笑みを浮かべる。
目の前に現れたのは、小柄な女性だった。
「あ……亜紀先生、お久しぶりです」
突然声を掛けられて驚いたのか、女性は一瞬目を見開いたあと、にっこりと微笑み、軽く頭を下げた。
「楓ちゃん、今日はどうしたの? ……もしかして緊急オペ?」
「いえ、看護研究の統計データを入力しに来ました。平日はゆっくり時間が取れないので」
「そうなんだ。看護師さんも仕事以外にやることがいっぱいあって、大変だね」
「先生こそ、いつも遅くまで仕事をして休日出勤まで。頑張り過ぎですよ。ちゃんと休息は取れていますか?」
しとやかさの中にどこか幼さの残る可愛らしい女性は、雨に濡れた手をハンカチで拭いながら、柔らかな笑みを浮かべた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第29話読んだよ〜。 亜紀先生の日常が静かに流れてるのに、麗香さんの「狂い咲き」って言葉がずっと響いてる……。封印してたものって、やっぱりちゃんとあるんだよね。楓ちゃんが最後に出てきたのも、なんだか次の何かの予感がしたよ。雨音の雰囲気がすごく合ってて、続きが気になるな🌙