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問題はこの部屋なんだよな……。
掃除機を手に、のどかはあの謎の隠し部屋の中に居た。
何故だかこの部屋には窓はない。
そして、隙間もないようで、空気が淀んでいるのだ。
「どうやって風を通そうかなー」
「風は二ヶ所、窓を開けると、よく通るそうだぞ」
「いや、でも、窓がないんですよ」
「だから、戸をふたつとも開ければよいであろう」
「ああ、そうか。
って、向こう側は錠前が……」
そこまで話したところで、のどかは気がついた。
自分しか居ないはずのこの屋敷の中で、誰かと会話していたことに。
「誰っ?」
と振り向く。
すると、そこには、神主さんのような格好をした長髪の男が立っていた。
色が白く、ぞっとするほど端正な顔立ちをしている。
「……あ、貴方は誰なんですかっ」
もう家は建っているので、地鎮祭とかやる予定はないんですが、と思いながら、そう訊くと、男は、
「私は、お前が飼っている猫だ。
泰親という」
と言ってきた。
いや、人間の男の人にしか見えないんですけど……。
っていうか、名前がもう人間ですが、と思いながら、呆然としていると、泰親は少し屈んで、のどかに頭を見せてきた。
「見てみろ、ちょっぴり耳がある」
なるほど、さらさらの髪の中に、ふさふさの白い耳がちんまりとあった。
「っていうことは、貴方は猫の霊なんですか?」
「いいや。
私は人間の神主だったのだが。
ちょっと猫に祟られ、とり憑かれ、死んで霊になっても、猫耳がついたままなのだ」
猫に祟られるとか、なにをしたんだ、神主……。
「私は訳あって、この家を、というかこの部屋を見守っていたのだが。
特にすることもないので、眠っていたのだ。
だが、お前がせっせと餌を運んできてくれるから、なにかせねばな、と思って目覚めてみた。
それに、お前たちが此処を開け、封印を解いてしまったからな」
「……封印?」
「この部屋には、ある呪いがかかっているのだ」
せっかく見つけた安い住居だが、もう出るしかないか、とのどかが覚悟を決めたとき、ガタッと押入れの中から音がした。
「のっ、呪いっ?」
「そうだ。
これこそが、この屋敷にかかった呪い――」
ガタガタと押入れの戸が揺れ、ひっ、となんとなく泰親の陰に隠れてみたが、泰親は少し透けているので、まるで怖い番組を見るとき、手で顔を覆ってみたけど、指の隙間から全部見えてました、みたいになってしまう。
ガタガタ揺れた押入れの戸が外に向かって倒れてきた。
ひーっ、と思ったが、中から出てきたのは、霊ではなく、普通のスーツを着た若い男だった。
「なんなんだっ。
此処は何処なんだっ?」
と叫んでいる。
日焼けした肌に少し濃いめの整った顔。
テニスコートに立っているのが似合いそうな雰囲気の男だが、スーツを着ている。
そして、そのスーツは、如何にもサラリーマンが仕方なく着ている感じのもので。
貴弘や綾太が着ているような、仕立ての良いものではなかった。
こだわりがあって選んだものではなく、仕事のために仕方なく着ているといった感じだ。
そのせいだろうか、少し窮屈そうにも見える。
まあ、体格も顔もいいので似合ってはいるのだが。
でも、この人、なにかがサラリーマンっぽくはないんだけどな~、とまじまじと見つめるのどかの前で、男は言った。
「何故、俺はこんなところに居るんだっ。
お前は何処かの組織の者かっ?
何故、俺を監禁したっ」
……してません。
貴方が勝手にうちの押入れに入ってたんです。
っていうか、組織の者ってなんだ。
あんたこそ、何者だ、とのどかは思う。
「この男はそっち半分の住居に住むものだ」
と泰親が教えてくれる。
「え? お隣さん……?」
初めて見た、お隣さん。
こんな人だったのか、とのどかはその肌の浅黒いイケメンを見る。
っていうか、何故、お隣さんが押入れから。
押入れがお隣とつながっているのだろうかと思ったが、違った。
「これが、この部屋の呪いなのだ……」
と泰親が言う。
浮世離れした美しさを持つ泰親の口から、呪い、という言葉が出ると、より一層おそろしい感じがする。
やっぱり、この家を出ようっ、とのどかが思ったとき、朗々とした声で泰親が言ってきた。
「お前たちが封印を解いたせいだ。
この部屋には、この先もずっと、若く美しい男が次々と放り込まれるであろう――」
そのとき、軽快にのどかのスマホが鳴った。
「のどかー、あんた、コンパ行くー?」
と風子の声が聞こえてくる。
呪いによって押入れに閉じ込められていたらしい、お隣のイケメンを見ながら、のどかは言った。
「ごめん、お金ない」
「そうなんだー?」
という風子に、
「ねえ、うちの家、呪いがかかってたみたいなんだけど」
と言ってみたが。
コンパの人数集めで忙しいらしい風子は、いつものように適当な返事をしてきた。
「そう。
大変ねえ。
なんの呪い?」
「それがどうやら、若いイケメンが次々と投げ込まれてくる呪――」
「なにそれっ、行く行くーっ!」
言い終わらないうちに風子が叫ぶ。
「今度の休みに行くわっ。
イケメン捕獲しといてっ。
今から書類配るフリして、社内回って、コンパのメンツ集めなきゃだから、じゃあねー」
と言って、ブチッと切れた。
……綾太にチクるぞ、と思いながら、のどかは切れたスマホを見つめ、呟いた。
「なんか、コツメカワウソが居る、というより素早く飛んできそうでしたよ」
「コツメカワウソが何処に居るのだ」
と泰親に言われ、
「いやいや、物の例えです」
と言ったのどかは、隣のイケメンが呆然とこの猫耳神主、泰親を見ているのに気がついた。
「あれっ? 見えてるんですか? お隣さん」
イケメンは床に両手をつき、泰親を見上げながら、
「いや、さっきからぼんやりと見え始めて。
また幻覚かと……」
と呟く。
また幻覚ってなんなんですか。
貴方は頻繁に幻覚を見るようなヤバイ感じの人なのですか、とお隣なので、多少の恐怖を感じる。
猫耳になる程度に猫に祟られている神主は特に害はなさそうだが。
生きたお隣さんが怪しい人なのは害がありそうだ、と思ったからだ。
何者なのか知りたいが、しゃべりそうにないこんなとき。
まず、自分から自己紹介したら、向こうも反射でするだろう、と思ったのどかは彼の前に座ると、向こうが床に手をついているので、こちらもなんとなく手をつき、頭を下げた。
「私、最近、隣に越してきました、胡桃沢のどかと申します」
と挨拶する。
泰親に、
「土下座か」
と言われながら。
あ……ああ、とようやく正気に返ったらしいお隣さんは、猫耳神主から視線を引きはがすと、同じように手をつき、頭を下げてきた。
「八神遼馬だ。
そこの牛志野署の刑事をやっている」
……うししの署。
なんか楽しそうだな。
うししの署の者だっとか言っても、迫力ないしな。
っていうか、噛みそうだし。
でも、しょうがないよな~、此処、牛志野台だから。
おっと。
そんな話したら、悪いか。
100万回――
もしかしたら、容疑者にも同じこと言われてるかもしれないし、半笑いで。
此処は触れない方が良さそうだ。
この人、強面だし、犯人を怒鳴るように怒鳴られたくない。
まで考えたあとで、のどかはまた両手をつき、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「……お前が沈黙している間になに考えてたか想像つくんだが、まあ、突っ込まないでおいてやろう」
「刑事さんだったんですね」
と苦笑いして顔を上げ、のどかは言った。
「そう。
今ちょっと、忙しくてな」
できれば、警察の人は忙しくない方がいいのだが……。
意外と物騒なのだろうか、この辺り、と思うのどかに八神は更に不安になるようなことを言ってくる。
「睡眠不足になると、よく幻覚を見るんだよ。
この猫耳男も幻覚かと思った」
大変ですね、刑事さん。
でも、この猫耳男は私にも見えています、と思いながら、
「大丈夫です。
私にも見えています」
と言って、
「いや、逆に大丈夫じゃないだろう……」
と言われてしまったが。
忙しいって罪なことですね
泰親は笑いながら、
「此処の呪いにかかったものには私の姿が見えるのだ」
と言い出した。
「えっ? 私は?」
とのどかは訊いたが、
「お前はなんとなくだろう」
と言われてしまう。
なんとなくってなんなんだ……。
どんな曖昧な呪いと霊だ、と思ったとき、その呪いをかけられた八神が緊迫した様子で、泰親に訊いた。
「それで、呪いにより、此処に連れ込まれた俺はどうなるんだ……?」
「いや、特に、どうにもならないぞ。
此処に連れ込まれたことが呪いなのだ。
これで終わりだ。
帰れ」
と泰親は言い放つ。
沈黙して見上げている八神を見て、
「……なんだその不満そうな顔は、呪って欲しいのか」
と言い出した。
いや、貴方が呪っている本人なんですか?
呪いから人々を守るために此処に居たのでは……?
なにか呪いを説明する人に成り下がっているようだが、と思いながら、のどかは八神に訊いた。
「あのー、八神さん、あっさり呪いとか信じちゃってますけど。
刑事さんなのに、いいんですか?」
「いや、こういう仕事をしていると、いろいろと見るんだよ。
霊とか、呪いとか。
最初はそれに納得できる解釈をつけようとしてみてたんだが。
日々の生活に追われ、そういうものとも折り合った方がいいなと思い出したので、最近は放置だ。
こっちが幾ら調べてもわからなかった事件の犯人がいきなり、
『毎晩、被害者が夢枕に立って、首に絞められたあとが……』
と自首してきても、確かに、首にアザが残ってても、ああ、そうですかって」
「忙しいって罪なことですね……」
まともな判断能力なくすよな~、とのどかも思っていた。
年末、切羽詰まってこなしていた仕事が、深夜零時を前に終わったとき、いがみ合っている他部署の上司たちも混ざって、誰からともなく、ウェーブをやり始めたことを思い出しながら。
「八神さんも連休中、休めなかったんですね……」
「もって、他に誰が休めなかったんだ」
……誰なんでしょうね、とのどかは迷う。
あの人を人に紹介するのになんと言ったらいいのか。
……夫です。
いやいや、遠慮したい。
大家さんです。
これかな。
「此処の大家さんです」
「大家か、見たことないが……」
と八神は呟いたあとで、
「そうだ。
あの道の駅で買ってきたっぽい蕎麦、美味かったぞ。
ありがとう」
と礼を言われる。
「それじゃ、呪いも解けたみたいなんで、帰って寝るよ。
ようやく一息つけそうだからと思って帰ってたら、此処に連れ込まれたんだ。
まあ、ワープできたみたいで助かったが」
ポジティブな人だな。
「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
と言うと、
「見送らなくていいぞ。
勝手に帰るから。
じゃあ、よろしく、お隣さん」
と言って、八神は玄関に向かったようだ。
境の扉には鍵がかかっているからだ。
「靴がないっ。
呪いだっ」
と叫ぶ声が玄関から聞こえてきたが……。