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「く、詳しく聞かせてくれないか?状況が分からないんだ」
「もちろん!」
オウガノミコトは焔の隣にサランを座らせると、木の幹で即席の椅子を造り出し、彼はそれに腰掛けた。サランはまだ焔が怖いのかソファーの端っこでビクビクと様子を伺っている。目隠しや角が気になるのか、視線はそこにばかり集中しているので好奇心は強い子なのかもしれない。
「怖くない、怖くないよー。彼は見た目と違ってとっても穏やかだから」と優しく笑いながらサランに声を掛け、「さて——」と呟きオウガノミコトはスッと瞳を細めた。
「焔は、四聖獣の伝承は知っているかな?」
「あぁ、冒険者ギルドで聞いた。五ろ…… ぱぁてぃの仲間達が詳しかったおかげもあって、それなりに」
「そうか。それならそこは省こう。じゃあ、麒麟の神子がこの街ではとても重要だという事も?」
「そうみたいだな。新しい神子の就任を祝う大規模な祭りが近いから、それに間に合う様には助け出せと言われている」
「ふーん……」と言い、オウガノミコトが膝に頬杖をつく。とても冷めた目には怒りが滲み出ている。だが彼から見ればまだまだ幼い焔達の前では穏やかに話そうと気持ちを宥め、ゆっくりと深呼吸をした。
「『神子』だなんて大層な名前で呼ばれているけどね、アレの仕事はただの男娼だよ」
「……は?」とこぼす焔の横で、サランは不思議そうに首を傾げた。どうやら、焔とは違って本当に幼い彼は、その言葉の意味を知らない様だ。
「四聖獣の神官達は聖職者だからね、易々とは欲を発散したり嫁を貰う事も出来ない。だが、所詮は人間だ。どうしたって性欲はあるだろう?いくらお綺麗な事を口にしていても、シスターに手を出す神父や、聖歌隊の少年達を強姦していた者、弟子達に手を出した坊主の話だって、昔から絶えないみたいにね」
ふぅと息を吐き、話を続ける。
「大事な事だから念を押しておくけど、企画書の段階からその予定だった訳じゃ無いよ。伝承通りにただ麒麟の神子を選び、祭りを楽しむ日だったんだ。祝い事の裏話は盛大な方が断然楽しいからね。だけど代を重ねていくうちに、神官達は麒麟の神子の存在を歪曲して解釈し始めたんだ。自分達にとって都合よくね」
「麒麟の神子は、ただの好意的に思われていただけの仲介役だろう?歪曲のしようが無いんじゃ……」
「いや、神子は四聖獣達と恋仲だったんだ。四聖獣は四体とも神子に深い好意を持っていた。だから彼が仲裁に入った時に『嫁』として欲したんだ。昼間は自分達の神殿で神事に勤しみ、夜は麒麟の神殿へと通って『嫁』と愛を育む。だけどそこに性交渉は含まれてはいなかったんだよね。お互いに姿が違い過ぎたのでそもそも無理だったし。それでも四聖獣は一人の神子を、神子は四体の獣を心から愛していた。だから美談なのだし、神聖であり、後世となった今でも語られる物語になり得たんだ。なのにそれを、数十代前の神官達が『嫁』であった部分を拡大解釈して、『性交渉を含む』としたんだ」
「殺すか」
スンッと冷めた顔で焔が言う。 焔はよく、『オウガノミコトを潔癖な奴だ』と思っているが、彼から見れば焔の方が恋愛ごとに関してはより一層上だとな実感した。
「んー……や、まずは続きを聞いてね」
自分以上に殺気立ち始めた焔を慌てて宥め、オウガノミコトは更に続ける。
「『男娼』として『神子』を迎えるに当たり、代を重ねるにつれて神官らは、より美しく、より幼い子供を選び始めた。残念な事に歴代の神官達には小児性愛者が多かったのだろうねぇ……。もしくは、長く楽しみたいが故に対象年齢が下がっていっただけかもしれないけど」
「いずれにしても、クズだな」
「まぁ……クズにはクズだけど、『神官』では無い者が勝手にそれをやっている分にはまだ譲歩しようと思っていたんだ。自分はこの世界を創った担い手の一端ではあっても、本体が干渉する気も無いのに手出しは出来ないからね。それに、人間が人間である以上、綺麗事だけでは済まない裏の側面が世の中にはどうしたって存在するからさ。……だけど、神の名の下にそういった行為を、ましてや、ただの欲の吐口として扱う子に『神子』だなんて『役』を与えて、愛情の欠片も無い性行為を『神聖な儀式』だなんて嘘をついておこなっているというのには流石に目を瞑れなくてね。勢いでつい助けてしまったんだよ」
額を抑え、まいったなぁと言いたそうにオウガノミコトが項垂れる。
「……ただ、本体ならば如何様にでも天罰を下す事も出来たけど、今の私じゃやれる事は相当限られている。そこで焔に助けてもらおうと咄嗟に考え、今に至るんだ」
「つまりは神官共を殺して来たらいいんだな?」
わかったと言うように頷き、早速行動しようと焔が立ち上がろうとした。だがオウガノミコトは慌てて彼の腕を掴んで止め、もう一度座るようにと促す。
「待って待って待って!気持ちはわかるけど、異世界だろうが今はまだ、焔は人を殺めてはいけないよ。それにね、ああいった権力の権化みたいな輩は、拷問の末に命を奪うよりも、社会的に抹殺して底辺に叩き落としてからじわじわと始末する方がより一層苦しむから」
(……そっちの方が、酷くないか?)
と、瞬殺以外に何も考えていなかった焔は思ったが、その言葉はそっと胸の奥に飲み込んだ。
「ここに証拠の品も揃えた。使役を使ったりもして、報告書、証拠写真、音声データを記録した魔法具。歴代の退任した神子達の家族からの証言なども揃えてある。……残念ながら神子だった者達は皆、既に死亡していたり、心を壊していて証言者としては不適切だったので話を聞くのは断念したよ。同じく息子を持つ身として、そういうのも知ってしまうと、『不介入であろう』と思い続けるには無理があったなぁ」
悲しそうに歪む顔で、オウガノミコトが無理矢理笑顔を作ろうとする。その表情を見て焔は胸がチクリと痛んだ気がした。
「人間みたいな手法に打って出るなんて生まれて初めての経験だったから、途中からまるでテレビドラマの探偵気分になってしまってね。今回は真面目に頑張っちゃった」
「その姿でよくまぁ」
「街の中でなら変化の術くらいは使えるからね。神殿の廃墟から出るととても疲れるから短時間しか使えないが、調査するくらいはまぁなんとかなったよ」
「大変だったな。んで結局俺は神官達を殺せないのなら、何をしたらいいんだ?じわじわと社会的にというのは苦手どころか、そもそも手段が浮かばないんだが」
「焔にはまず、これらの証拠一式を冒険者ギルドに提出してもらいたい。この街の管理者は神官達の息がかかっていて話しても無駄だが、ギルドは国営の組織だからね、無駄に発言力を強めている神組織の弱みを握れるとあれば喜んで協力してくれるよ。受付係のナツメ君なんか丁度適任じゃないかな、彼はとても真摯に働いている子だから」
「そこまで調べ上げているのなら直接オウガが持って行くか、送ればよかったのでは?」
「少しでも不介入を通したいから会うのはちょっと。だからといってこれらを匿名で送ったとしても、差出人不明の調査書では力が弱い。だけどこの世界の最高レベル者からの報告だとあっては冒険者ギルドも無下には出来ない。報告書を基に実態調査をする事に間違いなくなるから、焔達が出すのが一番適任なんだ」
こんなに頭を使っているオウガノミコトを初めて見た、と焔は思ったが、それもそっと言葉にせず黙っておく事にした。
「それと、もう一つ頼みがある。むしろこっちが本題だと言ってもいいかも」
「何だ?」
「サランと神官達との『縁』を完全に断ち切って欲しいんだ。完全に彼の事を忘れてしまうように、ね」
「……いいのか?ソレはあまりやらせたくない行為だったろう?」
「そうだね。だけどこのままでは自分達の行いを棚上げして神官達が何をしでかすか分からないだろう?もしかしたら処分される前に逃げる者もいるかもしれない。その時に『麒麟の神子』を誘拐しないとも言えないし、権力を失った怒りに任せて八つ当たり的に殺す可能性だってある。だから、曲解だと言われるかもだけど、これは善行だよ」
「わかった。オウガの許可が下りたのなら、いいか」
深く頷き、焔が自分の目元に巻かれた布の結び目を緩め、ゆっくりと解いていく。
離れた位置から三人の様子をソワソワとした様子でずっと見ていた五朗はその様子にかなり驚いたが、焔の素顔に興味があり目が離せないでいる。ソフィアは気を失ったままのリアンを気遣い、荷物の中からブランケットを取り出してかけてやったり、頭の下にタオルを入れたりと甲斐甲斐しく世話をしていた。
「サラン、だったか」
瞼を閉じたまま、隣に座るサランに焔が声をかけた。
「は、はい!えっと……ボクは、どうしたら……」
オロオロとしているサランの頭にぽんっと手を乗せ、焔がちょっと雑にぐりぐりと撫でる。怖くないぞ、安心しろと言いたそうだが、幼な子を相手にする機会がほぼない為扱いがわからず少し緊張してしまう。
「何もしなくていい。ただお前は……そうだな、『こうであって欲しい未来』の事でも想像しておけ」
そう言って焔は目蓋を開いた。オウガノミコトとはまた違う、キラキラとした宝石の様な真っ赤な瞳を見てサランは、『この瞳の色をボクはきっと一生忘れないだろうな』と思ったのだった。