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「で? お前らは最近どうよ」

酒に強い大和さんが顔を赤くして言った。

酔うなんて、珍しい。

居酒屋の後、男女別で二次会に行くのがいつもの流れ。で、いつも通りお決まりのBarに行こうとしたが、大和さんの酔い加減を見て、俺の家で飲むことにした。

コンビニで酒とつまみを買った。

念の為に陸さんがさなえに電話をした。

潰れたら、大和さんを俺の家に泊めると伝える為に。けれど、さなえは電話に出なくて、メッセージを送っておいた。

「三、四か月じゃ何も変わんねーよ」と、陸さんが言った。

「龍也は? 女、出来たか?」

「なんか……今はいいかなと思って」

「何が?」

「女」

「まだ、あきらが好きだから?」と、陸さんが涼しい顔で言った。

俺は思わずウイスキーを吹き出しそうになった。

「図星か」

「やっぱ今日、二人で来たのか」

「違いますよ! ってか――」

「気づいてないのは、あきら本人くらいだろ」

え、マジで……?

「つーか、サークルに入ったのもあきら目当てだったのか?」

陸さんが柿ピーの袋を開けた。

「……」

気づかれているとは、思っていなかった。

サークルに入った時からあきらに彼氏がいることはみんな知っていたから、俺は態度に出ないように気を付けていた。四年間、誰にも言われなかったし、バレていないと思い込んでいた。

「俺さぁ、龍也はさなえが好きなんだと思ってたんだよ」と、大和さんが柿ピーを一握りした。

何粒かを口に入れて、ボリボリと噛む。

「知ってた。龍也に先越されないように、焦って付き合い始めたんだよな」と、陸さん。

「マジで!? 全然知らなかった」

本当に。

さなえは大和さんが好きで猛アプローチしてたから、付き合い始めたと聞いた時はさなえの努力が実ったのだと思った。

「大和はさなえが入会してきた時から気になってたんだよ。で、さなえと一緒にいるあきらを見てる龍也が、さなえを見てるんだと勘違いして、慌てて彼女と別れてさなえに告ったんだよ。な?」と言って、陸さんが大和さんを見た。

「え!? 大和さん、彼女いたんですか?」

大和さんはそっぽを向いて柿ピーを食べ続ける。

「そ。大学入ってから二年くらい? 付き合ってた一つ先輩の超美人。さなえとは正反対」

「マジか……」

「さなえは知ってたのか?」

大和さんが頷いた。そっぽを向いたまま。

「さなえに告られた時、言った。けど、さなえは諦めないって……」

それは、知らなかった。

「元カノが卒業する時に、別れ話は出てたんだよ。けど、今すぐに結論を出す必要はないだろうってことで保留になっててさ。だから、さなえに告られた時、彼女がいるって言いながら気持ちぐらっぐらでさ。そんな状態で、別れることがあったら教えてください、とか涙目で言われたら、もう無理だろ」

大和さんの顔が、酔いとは別に更に赤くなった。

「めちゃめちゃ可愛かったよなぁ、さなえ」

そっぽを向いたまま頬杖をつき、大和さんが呟いた。

「それじゃ、今は可愛くないみたいだろ」

「可愛い……とは違うんだよ」と言って、ウイスキーを飲み干す。

俺は空になった大和さんのグラスに、ウイスキーを注いだ。

「可愛いまんまじゃいられないってことは、わかってるんだけどさ」

「そりゃ、そうだ」と、陸さんも飲み干し、俺にグラスを向けた。

陸さんのグラスにも注ぎ、自分のグラスにも注ぎ足した。

「さなえは……後悔してねぇのかな」

「お前はしてるのか?」

「してねーよ! けど、結婚を決めたのも俺の勝手だったし……」

「実家に入るタイミングだろ? それは仕方なかったろ」

大和さんが実家の設計事務所を継ぐ準備のために、働いていた建設会社を辞めるタイミングで、二人は結婚した。それからは、さなえも事務所を手伝っていると聞いている。

二年前には大斗くんが生まれ、幸せいっぱいなのだと思っていた。

「それもあるけど、実際はまた俺が焦ったんだよ」

「何に?」

「さなえ、病院に就職したろ」

「ああ」

さなえはあきらと一緒に心理学科を卒業し、カウンセラーになるために病院に就職した。一人前になる前に結婚退職してしまったが。

「医者に言い寄られてたんだよ」

「マジで!?」

俺はさっきから驚いてばかりだ。

「それで、焦って結婚した、と」と、陸さんも頬杖をついて、言った。

大和さんが頷く。

「だから、さなえが後悔してるって?」

「俺と結婚してなきゃ、高収入の医者と結婚出来てたかもしれないんだぞ? 子供を保育園に預けて最低賃金でこき使われることもなかったかもしれないし、結婚してなくても、好きな仕事して悠々自適な生活をしてたかもしれない」

今日は、本当に意外なことづくしだ。

幸せそうに見えた大和さんが、そんな風に思っているなんて、思ってもいなかった。

「そんなこと言ってたら、きりがないだろ。高収入の医者と結婚しても幸せになれたかなんてわからないし、仕事だって挫折してたかもしれない。変な男に引っ掛かって、ボロボロになってたかもしれない」

「そんなこと……わかってるよ。だけど、今のさなえが幸せそうには見えないんだよ」

「毎日、私は幸せですって顔してるヤツなんかいるかよ」

二人の言葉は重みがあって、俺は黙って聞いているしかなかった。

俺にはあきらの幸せを考える余裕なんてなくて、自分の気持ちを押し付けてばかり。

「二人目作りにでも励んで、幸せを感じさせてやれ」

「……」

大和さんが黙って、テーブルに額を押し付けた。

寝てしまったのかと思った。

「それが出来れば……悩まない」

聞き取れるかどうかほどの、小声。

俺と陸さんは顔を見合わせた。

「お前ら、レスじゃねーよな?」

「……」

「え、いつから?」と、思わず聞いてしまった。

「……大斗が出来てから」と、またも小声。

「三年も!?」

大和さんがむくっと顔を上げて、ウイスキーをがぶ飲みした。

「妊娠中はずっと調子悪そうだったし、俺も何かあったらと思ったらそんな気にもならなかったんだよ。けど、生まれたら生まれたで、夜泣きはするし、大斗はさなえから離れないしで、それどころじゃなかったんだよ! ついこの前まで大斗がさなえのおっぱいを独り占めしてた上に、俺にまで人見知りみたいになってて、風呂も寝るのもさなえと大斗セットだったんだぞ!? さなえも毎日疲れて早くに寝ちまうし、セックスどころかチューも……」

興奮して早口でまくし立てた大和さんのトーンが下がっていく。と思ったら、突然大きく息を吸った。

「なんで嫁がいるのに、一人で抜かなきゃなんねーんだよ!」

宅飲みにして良かった、と思った。

「正直にそう言ってみれば?」

「言えねーよ……。朝五時に起きて、三人分の朝飯と弁当作ってんだぞ。俺が起きる頃には洗濯も終わらせて、大斗を保育園に送ってから事務所の手伝いして、買い物して、大斗を迎えに行って、晩飯作って……とか……してるさなえに、俺の欲求不満に付き合ってくれなんて言えねーだろ……」

「けど、言わなきゃわかんねーだろ。それに、さなえだってタイミングが掴めないだけかもしれないぞ?」と、陸さんが言う。

「そうですよ! あんな仲良くて、いつもひっついてたんだから、さなえだって寂しいかもしれないじゃないですか」

大学時代の二人は、本当に仲が良かった。

羨ましいほど。

大和さんが卒業してからも、さなえの気持ちは揺らがなかったし、大和さんもちょくちょく俺や陸さんに連絡してきて、さなえの様子を聞いてきた。

卒業して疎遠になってしまったけれど、二人が結婚すると聞いて、本当に嬉しかった。

「女はすげーよな。子供が腹ん中にいる時から『母親』でさ。生まれてからはすげー逞しくなっちゃってさ。なんか……男は無力だなぁって思うんだよな……」

「お前、泣きたくなるようなこと言うなよ。稼いで家族を養うのだって、大変なことだろ。それくらい胸張っていられなきゃ、やりきれねーよ」

陸さんは格好いい。

大和さんのような陽気なリーダー的な存在とは違うけれど、いつも冷静で正確で、絶対的な存在。

大和さんが人を集め、陸さんがまとめる。

サークルでも二人はそれぞれの役割をきちんとこなし、息ぴったりだった。

だから、陸さんがデキ婚した時は驚いた。こればっかりは予測できることじゃないだろうけれど、それでも、らしくないなと思った。

「お前はどうなんだよ」

「何が」

「嫁とうまくいってんのか?」

「春菜《はるな》さん、でしたよね」

結婚が決まった時に、一度だけ会った。OLCのみんなでお祝いをした。

その一月後に、春菜さんは流産してしまったけれど。

「偉そうに……説教なんて出来る立場じゃねーのにな」

陸さんが静かに言った。ウイスキーを水のようにゴクゴクと飲む。

「うちはレスとか通り越して、家庭内別居状態だよ」

「え?」

大和さんと俺は目を丸くして陸さんを見た。酔いも吹っ飛ぶ気がした。

「もともと、結婚とか考えて付き合ってたわけじゃなかったんだ。妊娠した以上、協力して育てていくために結婚したけど」

陸さんはEMPIRE HOTELで支配人をしている。奥さんは同じホテルのパティシエだと聞いた。

「年上だよな? 子供の話とかでないのか?」

確か、三、四歳年上の奥さん。

「本当は子供を持つ気なんてなかったんだよ、春菜は」

陸さんの表情が、陰る。

無理やり笑う口元が、痛々しい。

「同居人……って感じだな。一週間や二週間、顔を合わせないこともしょっちゅうだし」

初めて、聞いた。

今まで、飲み会の席で奥さんの話題が出なかったわけじゃない。

けれど、陸さんは『まぁ、それなりに上手くやってる』とか言っていた。

もともと自分のことを話したがる人ではないから、誰もそれ以上は聞かなかった。

流産から二年近くも経っているのに子供が出来ないのは、流産が原因かもしれないと、みんな口を噤んでいたし。

「お前は麻衣とまとまると思ってたな」

「え!?」と、俺はすっとぼけた声を出してしまった。

大和さんがウイスキーを飲み干し、グラスにお茶を注ぐ。

「お前の麻衣への態度は、千尋やあきらとは全然違ったろ。同級だからかもしれねーけど、見るからに大事にしてた」

はははっ、と陸さんが笑った。

「麻衣の男運の悪さは折り紙付きだ。見た目云々を差し引いてもな。けど、お前なら――」

「俺と付き合ってうまくいかなかったら、誰が麻衣を支える?」

陸さんの声はいつも通り冷静だけれど、なぜか少し苛立っているように感じた。

「俺が麻衣を傷つけない保証なんてないだろう? 俺は、麻衣が傷ついた時、なんの不安や迷いもなく逃げ込める居場所でいたいと思ったんだよ」

知らなかった。

陸さんが麻衣さんのことをいつも気にかけて、大事に思っていることは知っていたけれど、ここまで深く想っているとは知らなかった。

「麻衣が傷つくの前提か!?」と、大和さんもまた少し苛立っているように、語尾を強めて言った。

「そうだな。今、こんな話をしても意味はないよな。どうゆう状況であれ、お前は既婚者だ。俺の言葉に触発されて、うっかりでも麻衣に手を出したら、それこそ麻衣は傷つく」

「そうだ」と、陸さん。

「それに、逃げたお前は麻衣に相応しくない」

「逃げた?」

大和さんと陸さんの視線が、交差する。俺にまで飛び火しそうなほどの、火花を散らして。

大和さんはOLCの仲間をとても大切に思っていて、麻衣さんのことに限らず、きっと同じように熱くなる。

けれど、陸さんが大和さんにさえ敵意を持つのは、きっと麻衣さんのことだから。

「お前は麻衣から逃げたんだよ。『いつか』傷つける『かもしれない』なんて不確定なことを、さも正当化して」

「勝手なことを――」

「らしくねぇだろ! 何を怖がってるか知らねぇけど――」

「大和さん!」

これ以上は、マズい、と思った。

いつもの熱に、酒も混じって、このままじゃ収拾がつかなくなるような気がした。

珍しく、陸さんまで熱くなっているなら、尚更。

「麻衣さん抜きでこんな話しても、仕方なくない!?」

シン、と部屋が静まり返った。

「そうだな」と、大和さんが呟き、立ち上がった。

「悪い。帰るわ」

大和さんはそれ以上何も言わず、帰って行った。

大和さんはきっと、陸さんと麻衣さんが一緒に幸せになってくれたらいいと、思っただけだ。

大和さんはさなえが好きで、誰にも渡したくなくて、結婚した。

陸さんは麻衣さんとの関係を壊したくなくて、一番近くで守りたくて、友達に徹した。


じゃあ、俺は……?


俺が一番、中途半端なことをしている。

半端に関係を続けながら、半端に気持ちを押し付けて。

「陸さんは……後悔してないですか」

「……してるよ、ずっと」

陸さんは寂しそうに、言った。

「早く、麻衣に気持ちを伝えていたら。いい加減な感情で春菜と寝なければ。子供が出来なければ……、って」


陸さんの麻衣さんへの気持ちは、過去じゃない――。


「春菜との関係が壊れたのは、自業自得だな」

フッ、と自分を蔑むように、陸さんが笑った。

「龍也。お前は後悔するなよ」

無性に、あきらを抱きしめたくなった。

友達、時々 他人

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