「あきら?」
名前を呼ばれて、振り向き、呼吸を忘れた。ほんの一瞬。
「ゆう――」
思わず慣れた呼び方をしそうになって、ハッとした。
「戸松さん」
「久し振り」
記憶の中の彼より、少し落ち着いた穏やかな笑顔。
当たり前だ。
最後に会ってから四年は経っている。
「元気そうだな」
「戸松さんも」
私に『戸松さん』と呼ばれ、彼は苦笑いをした。
彼と出会ったのは十五年も前だけれど、『戸松さん』と呼んだのは初めてだった。
ずっと、『勇太』って呼んでいたから。
「髪、切ったんだ」
「うん」
腰まであった髪を切ったのは、勇太と別れてすぐ。失恋が原因なんて認めたくはなかったけれど、心機一転には必要だった。
勇太は私の長い髪が好きだった。
バッサリとショートにした私に、『すげー似合うな』と言ってくれたのは龍也だった。
「あきら」
「結婚、したんだよね?」
人生に絶望していたあの頃、龍也がいてくれなかったら、こんな風に勇太を前に穏やかな気持ちではいられなかったろう。
「遅くなったけど、おめでとう」
「……ありがとう」と、勇太は気まずそうに言った。
共通の友達から勇太の結婚を聞いたのは、三年前。デキ婚だった。
私は夜通し、龍也の腕の中で泣いた。
思い出すと、少し息苦しくなる。
『捨てられたんじゃない。お前が捨ててやったんだ』
そう言って、龍也は慰めてくれた。
あの時の言葉があるから、今、元カレ《過去》と向き合える。
「お子さん、可愛いでしょ」
「……ああ」と、勇太が素早く瞬きをしながら言った。
昔から、隠し事ややましいことがあると、瞬きが多くなっていた。
それから、少し寂しそうに微笑む。
私に子供のことを言われるのは、苦痛なのだろう。
どうして、勇太《あんた》が傷ついた表情《かお》をするのよ――。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
電話中だった教頭先生が職員室から出て来た。私たちを見て、何事かと首を傾げる。
「戸松先生?」
「高校の同級生なんです」と、勇太が言った。
「そうですか」
「じゃあ……」
私は別れを濁し、軽く会釈だけした。
「あきら!」
教頭先生の後に続いて立ち去ろうとした私は、勇太に手首を掴まれた。
「名刺……もらえないか」
「え……」
「頼む」
学校《ここ》で、教頭先生に不審がられるわけにはいかない。
私は教頭先生に渡すために出しておいた名刺を、勇太に渡した。押し付けるように。
「ありがとう」
私はフイッと顔を背け、足早に教頭先生の後を追った。
私が市役所勤務で、勇太が市内で教師をしている以上、どこかで顔を合わせる可能性はわかっていた。わかっていたけれど、私ばかり意識するのが嫌で、あえて勇太の勤務校をチェックしたりはしなかった。
それに、私自身は過去から立ち直ったつもりでいたから、会っても平気なのではないかと思っていた。
だから、実際に会ってみて、打ちのめされた。
まだ、ダメだ――。
『折角、やりたい放題になったのに、拒むとか有り得ねー』
四年前の勇太の言葉を思い出す。
『やっぱ、生《ナマ》、最高だな』
龍也に、会いたい。
教頭先生からの聞き取り調査を終えて学校を出た時、勇太に名刺を渡したことを、死ぬほど後悔した。
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教師なのになんて男(# ゚Д゚)